好きとキス

「名前、名前」
「……え?」
「え、じゃない。顔やばい」
「…あぁ」
「表情モロ出てるから」
「だって死ぬほど面倒」
「分かるけどここは適当に流しとこうよ。ねっ」
「テメェら全部聞こえてンだよ!」



キンキンうるさい声が中庭の空気を震わせた。頭痛くなるからやめて。ただでさえ機嫌悪いのにこれ以上どうしたいのこの人たち。ってゆーか今日で何回目。いい加減飽きたわ。



「お前ら状況わかってんの?!」
「…あんた顔可愛いのにね。残念」
「はあっ?!」
「あーもーほんとさ、なんなの毎回」
「コッチだって好きで毎回こんなことしてんじゃねぇよ!」
「じゃぁすんなよ」
「てめぇらが言うこと聞かねぇからだろーが!」



この人たちのいう「言うこと」とは、あたし達二人は即刻彼氏と別れろというものだ。人ってどうにもならなくなるとめちゃくちゃなこと言ってくるんだなって学んだ。どこで活かせるかは知らないけどひとつ大人になった。



「及川くんも花巻くんも迷惑だっての分かんないワケ?」
「迷惑だったら付き合わないと思うけどなー」
「それは二人が優しいから言えないだけだから。付き合ったのだって、断るのが可哀想だからでしょ」
「「あたしら告られたんだけどね」」



みるみるうちに顔が真っ赤になった彼女は今にもピーッと音がしそうだ。沸騰してる。さっきよりも倍近い声量で謎なことを喚き散らしてくるので、あたし達は立ち尽くすしかない。一体なにがどうしてこうなった。隣で呆れているなっちゃんは及川と付き合うことになってからこういう、所謂お呼び出しが頻繁になった。あたしはそれを大変そうだなあと眺めていたのだけれど、それから数日後、これまたなにがどうなってこうなったのか分からないけれど同じクラスの花巻貴大に告白された。まさか。それがあたしが一番最初に思ったこと。でもまぁ仲良かったし、好きかどうか分からなかったけどこれから分かればいいやと思ってOKした。そしたら、いつも笑ってお見送りしていたなっちゃんと同じ運命を辿っている。



「なっちゃん、どうしようかコレ」
「うーん。困ったねぇ」



何が困ったのかと言うと、今はお昼休みで、始まってすぐに呼び出されたからお昼ご飯をまだ食べていなくて、あたしのお腹の虫達がマジ切れしながら大合唱しているのだ。どうしてくれよう。空腹とは人をイラつかせるものだというのに、脳に響き渡る金きり声と面倒ごとに巻き込まれていることに対するイライラが募ってもう何がなんだかよく分からない。それもそのはず、相手は違えどあたし達は三日間連続でこの仕打ちを受けているのだから。面倒なことが死ぬほど嫌いなあたしにしてはよく我慢したなと思うけど、もう限界だ。そう思うなり口は勝手に動いていた。



「分かった」
「…は」
「別れれば満足なんでしょ」
「そ、そう言ってんじゃん」
「分かった。ちょっと待ってな」


シンとした空間の中、あたしは携帯に指を滑らせる。メッセージを送ってから数分して、貴大が欠伸をしながらこちらにやって来た。溜まっている女子達をみて目を丸くしたあと、「なにしてんの」と呟く。



「あたしと別れて」
「はぁ?」
「別れて」
「あぁ、まぁお前がそう言うならいいけど」
「じゃぁそーゆーことだから」
「そんだけ?」
「うん。ごめんね、わざわざ」
「いーえ。じゃぁまた教室でね、#nam1#サン」



いつもと変わらない嫌味な笑顔を残して彼はさっさと教室へ戻っていく。開いた口がふさがらないのか、先ほどまで威勢の良かった女子生徒たちは皆一様に間抜けな顔をしている。言うとおりにしたんだから礼の1つでも言えやコラ。



「もういい?これからは面倒なことしないでよね。あと、なっちゃんのこと呼び出すのもやめて。分かった?」
「……」
「分かったかって」
「わ、分かったわよ…!」
「……あと、何安心してんだか知らないけど、あたしと別れたからって花巻があんた達と付き合ってくれるなんて思わない方が良いよ」


おっと。何を言ってるんだ。これじゃぁまるで負け惜しみだ。なっちゃんの手を引っ張り教室へ急ぐ。「ねぇ、いいの…?」なっちゃんが心配そうに聞いてくる。いいも何ももう言っちゃったし、花巻も了承したんだからもう終わったのだ。あのニヤついた顔が引っかかるが、それも今日だけ。明日からはいつもどおり、仲のいいクラスメイト。面倒なことは何一つない日々が始まる。



「名前ちゃんっ!!?」
「…及川うるっせぇ」
「そんなことどうだっていいよ!なにマッキーと別れたって?!」
「何ってそのまんまだっつーのに」
「いやいや!あれで終わりはないでしょ!嘘なんでしょ?!」
「嘘じゃないってば。そんなそっこーバレる嘘なんか吐かないよ」
「クールすぎる!冷たい!」
「あんたとなっちゃんはうざいくらい熱いからプラマイゼロじゃん」
「やっぱり?」
「くたばれ」
「ひがみ!」



可笑しい。面倒なことは今日から何もないはずだったのに、一瞬にして打ち砕かれてる。こいつ面倒くせぇ。なっちゃんに会いに来たんじゃないんかよ。頼むから早く戻ってきてなっちゃん、あんたんとこの及川サンが超絶うざくて今にも殴ってしまいそうです。



「…そーいやマッキー、早速告られてたね」
「ふぅん」
「気になんないの?」
「別にー」
「ふーん」



及川の視線が気持ち悪い。確かに可笑しいと思うことはもう1つある。いつもどおり仲良しなクラスメイトに戻ったはずのあたしと花巻は、今日一度も話していない。まぁ昨日の今日だし仕方ないかと思いながらも内心、そわそわして落ち着かなかった。授業の合間の休憩時間、なっちゃんは及川の所に行ったり及川が来たりして話す隙がない。それでも一度も退屈しなかったのは、花巻が話しかけてきてくれていたからだ。いつでも、常にあたしの傍には花巻がいた。でも、いまはいない。10分の休憩が、いつもより倍以上長く感じた一日だった。



「おはよ、#nam1#サン」
「…おはよ」



あれから一週間、おかしなことは続く。まず1つ、苗字で呼ばれるとひどく心臓が痛い。最初こそ#nam1#サンと呼ばれていたものの、あっという間に名前で呼ばれるようになりそれに慣れてしまっていた。違和感しかない。なんだか距離を感じて不快になる。それからもう1つ、呼び方が気に食わないがそれでもこうして声をかけてもらうと安心した。ドキドキと胸が高鳴ってそれはそれで落ち着かない。飛び上がって叫びたい衝動に駆られる。なんとかそれを抑えるのに必死で、まともに花巻の顔を見れないでいる。



「ねー貴大ー、今日どっか寄ってこうよー」
「どっかってどこー」
「どっかー。たのしーとこー」
「ヤラシーとこー?」
「サイテー」



最後に1つ。可愛い子、美人な子普通な子。どんな子であれ女子という女子が花巻と話しているのをみるととてもイライラする。媚を売るような甘えた声でやすやすと呼び捨てにして、だらしなく開けた胸元を強調しながら擦り寄っていく女子に対してなのか、はたまたそれを嫌がりもせずむしろ喜んでいるようにも見える花巻に対してなのかは分からないけれどとにかくイラつく。あたし達が付き合ったのは半年と少しだけれど、年齢も年齢だし、まぁそれなりにすることはした。嫌ではなかったし、彼も優しかったからあたしは結構気に入っていたけれど、それをあたしではない誰かともこれからするのだろうかということを考えたらこの世の終わりを見た気がした。嫌だ、そんなの。熱っぽい視線も、吐息混じりに名前を呼ぶ声も、荒々しく掻き抱いたり、かと思えば壊れ物を扱うようにそっと優しく触れたりすることも、すべてあたしにだけがいい。誰にも渡したくない。そんなことばかり考えて沈んだりイライラしたり、思えば付き合っていた頃に呼び出されるよりも面倒なことになっているじゃないか。あたしは、あたしが思っているよりずっとずっと、貴大のことが好きだったようだ。



「ちょっと」
「あれっ、名前ちゃんじゃん」
「どした」
「花巻借りたいんだけど」
「おー。じゃぁ俺ら先戻ってっから」
「ありがと」



昼休み、バレー部であつまって屋上でお昼を取るらしいとなっちゃんから情報を得たあたしはお弁当も食べずに屋上へ向かった。たどり着けばちょうど4人が腰を下ろしてお弁当を広げようというところだった。多くを語らずとも事情を読み取ってくれた3人はそそくさと広げたものたちをしまい屋上を出て行ってくれた。今度何か奢ろう。大きな三つの背中が見えなくなってから、胡坐をかいて座っている色素の薄い髪をした彼を見下ろした。「何?」見上げた顔は、笑っていた。正面へまわり、立て膝をついて向かい合う。しばらく無言でお互いを見つめたあと、両手を床につけ四つんばいになった。グっと近くなる花巻の顔。少しだけ見上げる体勢のまま、キスできるまで数センチのところで息を吸った。



「好き」



やっていることに度胸がついていかない。予想以上に緊張していたあたしから出た言葉はカラカラに乾いていて少しかすれていた。なんとも情けない告白になってしまったものだ。どんどん上がっていく体温とじんわり熱くなる目頭。別に悲しいわけでも感極まったわけでもないのに目が潤んでいる気がするのはなんでだろう。恥ずかしさでも人は泣けるのだろうか。一瞬真顔になった花巻が、またいつもの笑顔に戻っていく。



「やっとかよ」



別れを切り出したときと同じように笑う。もしかしなくても、彼はきっとあたしの気持ちをとっくに見抜いていたのかも。こうなることなどお見通しだったからこそ、別れを了承したのか。それならばあたしはまんまとその作戦にハマってしまったということになる。腹立たしいけど、完敗だ。親指と人差し指で顎を挟み引き寄せられて、空いていた隙間がなくなった。



きとキス



「戻って来なかったらどーしよーかと思ったわ」
「…思ってないくせに」
「なんで?」
「余裕で笑ってたじゃん、あん時」
「泣きそうだったけどね」
「…ごめんね」
「いーけど」
「貴大」
「なに?」
「…呼んだだけ」
「可愛いことすんなよ」