何度でもキス

「ねぇねぇ、それ面白い?」
「まぁ、それなりに」
「ふぅん」
「…なんですか」
「別に」


折角のオフは生憎の雨で、まぁたまにはのんびりするのもいいよねって話になったから京治を家に呼んだ。確かにのんびりしようよって誘ったのはあたしだけど、まさか本当にこんな寛がれるとは思わなかったというか。彼女そっちのけで読書にふけるってどうなの。3年のあたしは京治と学校でもそんなに会えるわけでもないから余計こういう日のこういう時間は大切なんじゃないでしょうかというのがあたしの意見でしてね。ベッドを背もたれにして座る京治の足の間に座って身体を寄せてみても無反応。あっそ、いーよもう。DVD見てやるんだから。ちょうど明日返却しないといけなかったし。


「…名前さん」
「んー」
「それ、面白いですか?」
「まぁ、それなりに」
「そうですか」
「なに?」
「いえ、別に」


ふてくされながら見ていたはずのDVDも佳境に入ってきて、結構見入ってしまっていた。京治の言葉も聞いてるような聞いてないような、そんな感じだ。とりあえず返事はしたけど噛み合ってただろうか。そんなこと考えてたのもつかの間、いよいよ主人公がヒロインに大事な事を伝える場面に。彼の出生の秘密とか、なんでヒロインをこんなになるまで守るのかとか、謎だったものがとうとう明かされる。固唾を飲んでその行方を見守っていたら、突然お腹に腕がまわって変な声が出た。びっくりさせないでおくれよ、赤葦くん。



「変な声」
「誰のせいだと」
「俺ですね」
「分かってんじゃん」
「すみません」
「気持ちこもってなかったら言わないのと同じなんだよ」


クスクスと後ろで笑う京治に気をとられて大事な部分を聞き逃してしまった。仕方ない、もう一回見よう。リモコンを手に取り先ほどより少し前の場面まで戻し再生ボタンを押した。そう、お母さんが亡くなったところまでは分かってるのよ、その先よ。そこから彼がどこに引き取られて、どうなってこうなったのかを聞きた


「ひぅっ?!」
「…どこから声出してるんです?」
「い、きなり何すんの!」
「キスしたくなったので」


さっきと同じところに差し掛かったと同時に、首筋にやわりとした感触。その際に京治の髪の毛が耳を掠めて体がビクリと震えた。なにすんのこの子!もう、またさっきの聞き逃しちゃったじゃんか!もう一度さっきと同じことを繰り返し、同じ場面からスタートさせる。今度は後ろも警戒しつつ、だ。


「んんっ…!?」
「耳弱いんでしたっけ」
「なんなの!知ってるでしょうが!」
「はい、知ってます」
「ちょっと静かにしてて!映画見れない!」
「何も喋ってないですよ?」
「そうじゃなくて!動くの禁止!」


もう絶対わざとやってる、こいつ。だってまた同じところで今度は耳噛んできたもん。なんの嫌がらせだ。もう一回同じところから再生させるべく場面を戻し、動くなと念を押してからスタートさせた。大事な場面にうつる寸前、動くなよという意味も込めて回されている腕に手をかけた。よしよし、今度はだいじょうぶ


「ひぃあ」
「…ぷっ」
「ちょっとぉぉ!」
「名前さん、そのシーン好きなんですか?もう3回目」
「誰のせいだ誰の!!」
「俺ですかね」


確かに今度は動かなかった。その代わり息を吹きかけてくるという姑息な手を使ってきやがった。そしてさっきから京治はとてもおかしそうに笑っている。なにがそんなに楽しいの。意地悪して楽しいか、ん?あまりに面白そうに笑うものだから、なんだかもう諦めがついてそのまま映画をみることにした。何も言わなくなったのをいいことに、京治は色んなところにキスをしてくる。うなじとか耳の裏とか、頭とか首とか、とにかく色んなところ。時々聞こえてくる水音が少しいやらしくて、小さく心臓が跳ねた。段々それが心地よくなってきて、あたしは目を閉じて京治の唇の柔らかさをただ感じていた。もう映画なんてこれっぽっちも見てやしない。京治もそれに気づいたのか、一層強く抱き寄せて耳を噛んだり舌を這わせたり好きなように堪能している。あぁ、きもちいいな。



「…映画、見なくていいんですか」
「見せてくれないくせに」
「気づきました?」
「うん」
「名前さんも構ってほしかったんでしょう?」
「…まぁね」
「こっち向いて」


言われたとおり顔だけを斜め上に向けると、思ったよりも近くに京治の顔があった。大人しく目を閉じて、来るであろう感触を唇で待ち構えていたのに一向にこないそれ。代わりに額に一瞬、温もりが触れて可愛らしい音と共に離れていった。目を開ければ、さっきよりもずっと楽しそうに笑う京治がいた。


「口にキスされると思いました?」
「…なんか、可愛くない、京治」
「名前さんはすごく可愛いですよ」
「……そんなの聞いてないし」
「ホラ、真っ赤。可愛い」



でもキス



「今度はちゃんとしてあげますから、こっち見てください」
「…ほんとに?」
「本当です」
「分かった」
「ただ、」
「なに?」
「キスだけで終わるかどうかは分かりません」
「じゃぁ、終わらない方でお願いします」
「了解です」