一|桔梗色

私は縁側に立ってぼんやりと庭を眺めていた。私達がこの本丸に来た頃は春とも夏とも言えない曖昧な季節だったけど、いつの間にか木々は青々と葉を広げていて、蝉がやかましく夏を主張している。誰かが下げた風鈴がちりんと鳴った。

別に景色を楽しんでるわけじゃない。ここに居るのは、誰も居ない所で最近鍛刀した刀の事を考えたかったから。
みーんみーん、ちりんちりん。少々うるさいけれど、他の場所を探す気力も今は無い。

最近鍛刀した刀。大太刀の石切丸様。
石切丸様は他の刀とは少し違う。元々神として奉られていた刀。沢山の人の信仰を受けてきた石切丸様を私ごときが従えるなんて、罪悪感で押し潰されてしまいそうだった。石切丸様に主と呼ばれる度に、私のどこか内側がきりきりと痛む。

石切丸様は私が顕現させた刀剣男士の中で最も背が高い。目測だけど、二番目に背が高い歌仙さんと比べても10センチ以上は差が有りそうだった。
私が立っている石切丸様の顔を見ようとするなら、ぐっと首を逸らさなければならない。それを哀れに思ったのか、私と話をする時にはいつも屈んで下さるのも申し訳なかった。

だけど、それだけなら恐怖まではしなかった。凄い神様が仲間になってくれたと興奮していたかもしれない。
そう、私は石切丸様に恐怖している。

「主」

石切丸様の声がして、私は血の気が引くのを感じた。近付いてくる足音に背筋がひやりとする。ゆっくりとそちらを見れば、隣まで来た石切丸様が屈もうとする所だった。

「……石切丸様」

私に目線を合わせた石切丸様の瞳は、澄みきった桔梗色。それはいっそ無機質なほどで、こんなに近くに有っても現実感が欠片も見当たらなかった。穏やかな表情も優しい声も、却って瞳の異質さを強調するばかり。

「主、何か有ったのかい?顔色が悪いよ」

桔梗色。冷たくも、暖かくもない色。
なのに、凍えそうになる。

「……いえ、大丈夫です」

寒気を払いたくて、腕を擦る。
痛いほどの日射しが、蝉の声が、風鈴の音色が、鬱陶しい位に季節を主張しているのに、私は今が夏である事すら忘れてしまいそうだった。

桔梗の上で凍つる蝶 ■夢目次■ 

凍蝶