大丈夫です。
私がそう言うと、石切丸様は眉を寄せた。人間じみたその仕草が凪いだ桔梗色を際立てて、私はもう一度腕を擦る。
「そうは見えないな。具合は?」
「だ、大丈夫です。体はなんともないです」
「じゃあ、悩み事かな。私で良かったら話を聞くけど」
「いえ、その、」
確かに悩んでいたけれど、まさか本人に言うわけにはいかなくて咄嗟に言い訳を考える。
「ただの恋煩いですから」
私は何を言ってるんだろう。確かにこれなら追及されずに済むかもしれないけど、どうして、よりによって。さっきまで石切丸様の事を考えていたからこれじゃまるで、でも確かに頭の中は石切丸様の事でいっぱいで、違う、確かにいっぱいだけどそれは恋情じゃない。ああ、何で私は混乱してるんだろう?
「ああ、恋患いか。それならお節介だったかな」
石切丸様は笑いを含んだ声でそう言いうと、曲げていた膝を伸ばして立ち上がった。桔梗色が遠くなる。
期待通り引き下がってくれたのに、少しむっとしてしまう。嘘とはいえ、笑う事はないのに。
ああ、でも、神様に、石切丸様に嘘を吐いてしまった。私はなんて罰当たりなんだろう。
「随分真剣なようだけど、あまり思い悩まない方がいいよ。もしも辛かったら、私がいつでも切って差し上げるからね」
神としての石切丸は腫れ物を切ると言う。『惚れた腫れた』もその範疇という事か。
もしもこの冷気を断ち切る事ができるのなら、それは本当に恋患いなのかもしれない。だけどこの感情は熱くはない。ただただ冷たくて、恐ろしくて、そして悲しい。
桔梗色を思い出しながら、胸に手を当ててみる。鼓動は速い。でもそれは単に緊張していただけで、恋患いなんかじゃない。
それよりも。石切丸様の瞳が、去り際に不穏な色を湛えていたのは私の見間違いだろうか。
……きっと疲れているだけ。そう思う事にして、部屋に戻って畳に寝転がり、そのまま目を閉じた。
ちりん、風鈴の音に心が凍える。
この夏はいつ終わるのかな。
そんなどうでもいい事が、何故かずっと頭を支配していた。