003

無人島で途方に暮れていたあたしは偶然近くを通りかかった麦わらの一味に、次の目的地だというアラバスタまで乗せてもらうことになった。

アラバスタといえば偉大なる航路グランドラインの前半にある島だったはず。あたしは新世界から遥々こんなところまで流されてしまっていたのかと思うと、ほぼ無傷のまま流れ着いた自分を褒めてあげたくなる。

乗せてもらっているこの船はゴーイング・メリー号という名前らしい。今目の前にある船首は首のとこが折れてしまっているみたいで補強されてある。この船はモビー・ディックよりすごく小さいけどみんなの声が聞こえやすくていい。初めて海へ出たときに乗っていた船を思い出す。


それから教えてもらったク船員クルーの名前も覚えた。船長のルフィにいつも怖い顔してるゾロ、鼻の長いウソップとあたしと一歳しか違わないのにとっても大人なナミ。それから眉毛がぐるぐるしてるサンジくんに、綺麗な髪を伸ばしてるビビとカルガモのカルー。船長のルフィはどこかで聞いたことある名前で、さっきから思い出そうと頭の中フル回転してるのに全然思い出せない。絶対に聞いたことあるはずなのに。


腕を組んで必死に思い出そうとしてると、ルフィがこっちに歩いてきて隣に座った。何してんだよ、って興味ありげに聞いていたから日光浴をしてるって素直に答えた。けれど返ってきたのは既に興味を無くしたような答えだった。

「聞いてもいい?」
「なにを」
「ルフィはなんで海賊になったの?」
「海賊王になるためだ!」

にっと笑って言ったルフィの顔はあたしのよく知るエースの笑顔にそっくりで、さっきまで考えていたものの答えがぱっと浮かびあがった。

「ああっ!モンキー・D・ルフィ!エースが見せてくれた手配書の顔!」
「お前エースのこと知ってんのか!?」

前におれの弟だってエースが嬉しそうに見せてくれた手配書の笑顔と一緒だった。あたしがエースの名前を出した途端、ルフィは輝きで溢れた目を向けてきた。ルフィがエースの弟だって分かると笑った雰囲気が似てる気がしてなんだか親近感がわいてくる。

「エースはね、あたしの仲間なんだよ。ずっと一緒に海を渡ってきたんだ!」
「お前エースの仲間だったのか!いいなーエースに会いてェなー!元気にしてっかなァ?」
「元気だよ。怒ると怖いけどね!」

それからたくさん話に花が咲いて、ルフィの懐っこい性格のおかげでずいぶんと仲良くなれた。エースに感謝しなきゃ。ありがとうエース。あたしはエースの弟に拾われたよ。


「リリナちゃん!リラックスおやつ食べにおいで」
「リラックスおやつ?」

ルフィのマシンガントークにひたすら相づちを打っていたら、いつの間にか甲板に出てたサンジくんに呼ばれてついて行くと美味しそうなものがトレーに並んでいた。プチフールっていうものらしいけど、そんな素敵なもの食べたことないあたしは口にいれた途端感動した。

「美味しい!サンジくんはコックさんなの?」
「ああ。食いもんのことなら俺に任せてくれよ」

ゆっくり噛み締めながらプチフールを堪能してるあたしに優しく笑いかけてくれるサンジくん。この船一流のコックがいるんだ。モビーには普通のコックしかいなかったから、こんなもの出てきたことなかったな。そもそもおやつの時間すらなかった。

「毎日こんな美味しいの食べてたら、舌が肥えちゃうね!」
「ぶはっ!」

思ったままを言うとサンジくんは鼻血を出して倒れてしまって慌てたのに、ナミが平気な顔でいつものことだから気にしなくていいのよ、と言ってカップに口を付けた。いつものことって、これが日常茶飯事ならいつか貧血で倒れちゃうんじゃないかと不安になる。

「そんな笑顔毎日見てたらいつか貧血になっちまう……」

サンジくんが床に倒れている間におやつを食べ終わった。それに気付いたサンジくんは起きあがって、長く息を吐いて幸せそうな顔をしながら片付けを始めた。
乗せてもらってる身なのでお手伝いをしようとしたら、レディの手を汚すわけにはいかないからと断られた。それでも負けじと後ろにくっ付いてたら、それを見兼ねたサンジくんが側にいるだけ、という条件をつけてオッケーをしてくれた。ずっと一緒にいたら本当に貧血になりかねないわね、なんて言うナミの声は隣にいたビビにしか聞こえていなかった。


キッチンに行くとウソップとルフィがさっきのプチフールをがつがつ食べてたから興味を示して隣に座り眺めることにした。食べものが人の口の中に入っていく様子が面白くて自然と顔がにやける。

「お前らリリナちゃんを手荒に扱うんじゃねェぞ!ちゃんとレディとして扱えよ!」
「わーかってるよ」

そんな会話をしてる間もみんなの手は止まらないままで、サンジくんはお皿を洗ったりルフィとウソップはおやつを食べてたり、動く手は止まっていない。


キッチンをぐるりと見渡していると外からビビの慌てた声が聞こえてきた。それにつられて慌ててキッチンを出るとナミが倒れてて、ビビが言うにはひどい熱を出してるらしい。ナミの体はすぐにサンジくんに抱えられてキッチンの下の部屋に移された。お部屋には航海がどうたらっていう本がずらりと並んだ本棚や書き途中の海図が広げてある机がある。

「ナビざんじぬのがなァ!?なァビビぢゃん!」
「おそらく気候のせい。グランドラインに入った船乗りが必ずぶつかるという壁の1つが異常気候による発病。どこかの海で名をあげたどんな屈強な海賊でも、これによって突然死亡するなんて事はザラにある話。ちょっとした症状でも油断が死をまねく」

重々しく話すビビの表情でただの熱じゃないということが読みとれた。サンジくんはさっきまでの綺麗な顔が嘘のようなぐちゃぐちゃ顏で泣いてる。それにこの船にはお医者さんはいなくて、しかも医学をかじっているのは今倒れているナミだけ。だからどうしたらいいのか分からない状態。

「でももう肉食えば治るよ!病気は!なァサンジ!」
「そりゃあ基本的な病人食は作るつもりだがよ。……あくまで看護の領域だよ。それで治るとは限らねェ。そもそも普段の航海中からおれはレディ達の食事にはてめェらの100倍気を遣って作ってる。新鮮な肉と野菜で完璧な栄養配分。腐りかけた食料はちゃんとおめェらに……」
「オイ」
「それにしちゃうめェよな、うはははは!」
「とにかくおれがこの船のコックである限り、普段の栄養摂取に関しては一切問題を起こさせねェ。だが……病人食となるとそれには種類がある。どういう症状で何が必要なのか、その診断がおれにはできねェ」

全部食えばいいじゃん、と軽く言うルフィにそういうことをする元気がねェのを病人っつーんだって言ってたのを聞いて、いきなり危機を感じて涙が出てきた。でもサンジくんが言う通り、風邪引いたり具合が悪いときは確かに何かを噛む気にならないなって納得した。あたしもそういう知識はなんにも勉強しないでここまで来ちゃったし、今更だけどやっとけば良かったって後悔する。うちの船にはナースさんがいるから、そういう専門的な知識は学ばないで他の人に任せっきりだった。


騒ぐみんなをそっちのけで放心しているとナミが起きあがった。顔はさっきより赤くて息も荒い。そんな状態でもナミはこのままアラバスタに向かうと言った。デスクから新聞を取り出したビビちゃんは記事を読むと持っていた新聞をぐしゃっと握った。国王軍の兵士の半分が反乱軍に寝返ったらしい。アラバスタは今大変な事態になってるんだって。

「これでアラバスタの暴動はいよいよ本格化するわ。3日前の新聞よ、それ。ごめんね、あんたに見せても船の速度は変わらないから不安にさせるよりと思って隠しといたの。……わかった?ルフィ」
「大変そうな印象をつけた!」
「そういうことよ。思った以上に伝わってよかったわ」

それでも一度診てもらったほうがいいって心配するウソップにナミはこの体温計は壊れてるんだとか、日射病だって言って無理矢理立ち上がった。

「……とにかく今は予定通り、まっすぐアラバスタを目指しましょ。心配してくれてありがとう」
「おう。なんだ治ったのか」
「……バカ、強がりだ」

ナミは重そうな体を動かして部屋を出てった。あたしにだってナミの熱は酷くて、無理してるってことぐらい分かるくらいなのに。

「クロコダイルに乗っ取られちゃう。もう、無事に辿り着くだけじゃダメなんだ……一刻も早く帰らなきゃ。間に合わなきゃ100万人の国民が無意味な殺し合いをすることになる……!」
「100万人もいんのか人が……!」
「なんちゅうもんを背負ってんだビビちゃん!」

目的地のアラバスタには今クロコダイルがいるのか、とここ最近顔を見ていなかった顔を思い出す。アラバスタが大変なことになっているなら、あたしも何か力になれれば少しは恩を返すことが出来るかな。