05.眠るきみに秘密の愛を

ホップ視点
ポケモンたちの寝息が深くなってきた頃、ようやく一段落ついたオレは熱くなってしまったノートパソコンをパタンと閉じた。
凝り固まってしまった肩をほぐすように思いっきり背伸びをしながら掛けられた時計を見る。

もう0時過ぎ、か…

リビングの隅にある程度固まって、でも各々自由に四肢を放り出して眠るポケモンたち。彼らの寝息や寝言がたまに聞こえてくるくらいで、とても静かな夜だ。

ナマエは…今、この家にいるんだよな…

今日から自分の家に住むことになった幼なじみ。幼い頃から恋い焦がれていた彼女を、いつも夜には別の家に送り届けては切ない気持ちでこの家に帰ってきていたから、これがもしかすると夢ではないかとふと心配になる。

本当に夢じゃなくて、ちゃんといるんだよな…?

一度気になり始めたら、ソワソワして落ち着かないのが自分の悪いところだと思っているが、こればかりは仕方ない。

オレは研究資料をさっと1つに纏めテーブルの隅にやるとロトムに頼んで部屋の電気を消してもらう。少し顔を見たらすぐ戻ってくるからとリビングのドアは開けておいた。
そのまま薄暗い廊下を進めばオレの部屋、今ではナマエの部屋。

そのドアをそっと開けた。
隙間から、部屋に一筋の光が差し込む。そのまま音を立てないよう細心の注意を払いながらナマエの眠るベッドの方へと歩み寄る。

その足下にはとても大きなもふもふの塊が蹲っていて、思わず笑みが溢れた。

「バイウールー、やっぱお前ここにいたんだな」

ナマエの近くでぐっすりと眠るバイウールーは何か美味しい食べ物が出てくる夢を見ているのか、口をもぐもぐと動かした。自分の相棒がこんなに懐いているのはオレ以外だとナマエくらいだろう。

そのナマエはと言うと、暗くてよく見えないが、こちらを向いて眠っているのは確かだ。オレはちゃんとこの家にナマエがいるという事実に安心し、ホッと息を吐いた。

そしてナマエの頭を撫でようと(これは完全に無意識だったが)、ゆっくり手を伸ばし、ナマエの頭に触れるかと思ったその時、

『っ!?!?』

突然ナマエが起き上がったかと思うと声にならない悲鳴をあげて、壁の方に後ずさった。あまりに勢いが付きすぎたのか、背中がドンッと壁に当たったせいで大きな音が鳴り、足下で熟睡していたバイウールーが「グメ!?」と飛び起きた。

そのままナマエは布団を目元まであげて震える声で、『…やめてっ!』と小さく叫んだのだ。その光景は今にも獲物に食べられてしまいそうな小さなポケモンのようだ。

「ナマエ、オレだよ」

そんなナマエが何を思いだしているのか気付いたオレは、驚かせないようにゆっくり声をかけた。下ではバイウールーが「メェ」と自身の存在もアピールするかのように小さく鳴いている。

『……ホップ…?』
「あぁ」

嫌な記憶から現実世界に戻ってきたナマエはハァ、と深いため息を吐きながら片手でクシャリと前髪を掴んだ。

「起こして悪かった」

正直にそう言ったオレにナマエは首を振る。

『ううん、私が敏感になってただけ。いつも寝てる時に、勝手に部屋に入ってきてベッドから引きずり出されてたから…』

だからホップは悪くないよ、と言うナマエの声は心なしか、まだ震えているようだった。

『それに、まだその時の夢を見るの。だから、むしろ起こしてくれてありがとう』

そういうナマエの顔色はあまり優れない。

「ナマエ、隣に座ってもいいか?」
『…うん、いいよ』

オレはギシリと軋むベッドの上を膝と肘で進み、壁にもたれかかっているナマエの隣に座るって、ナマエのように壁にもたれる。そのまま先ほど行き場を無くした右手でナマエの頭をポンポンポンと、優しく、でも何度も一定リズムで叩いていく。

『ホップ、何してるの?』
「ん?ナマエの頭の中から悪い夢が出ていきますようにって」

そう言いながら、今度はナマエの頭をグシャグシャとなで回した。

『わっ!?』
「それから、ナマエがもっと賢くなりますようにって!」

冗談めかしながらハハッと笑い今度は両手でナマエの髪をグシャグシャにする。

『ちょ、ホップ…!これじゃ良くなるどころか、バカになっちゃうよ…!!』

どんどん乱れていく髪の毛とオレの笑いにつられて、ナマエも笑顔になっていく。ナマエもそのままオレの髪へと手をやってワシャワシャと撫で回し始めた。
『ホップのその頭の良さ、少しは私にも分けてよ…!」なんていいながら。


二人でケラケラと沢山笑った所でオレとナマエはゼェゼェと言いながら、また壁にもたれかかった。

『あ〜、夜中にこんなに笑うことなんて滅多にないよ』
「そうだな。流石にオレも腹筋痛いぞ」
『ホップで腹筋痛いなら私はどうなるの』

まだ引きずる笑いの尾を引きながら、オレはベッドから立ち上がった。
もう夜も遅いし、退院初日に夜更かしはよくないだろう。

「さて、と。これでもう眠れるだろ?オレはリビングに戻るな」

そのままナマエの頭に手を伸ばし、またポンポンと撫でた。

「じゃぁ、お休み」


バイウールー、よろしくな、と相棒に小さく声をかけて踵を返そうとした途端、

『行かないで…!』

という小さな悲鳴にも似たような声と共に、パシッと頭を撫でた腕を掴まれた。

振り返ってみれば、瞳を揺らしたナマエがいて。その瞳には一瞬の不安が揺らめいていたのだが、すぐに取り繕ったような困った笑顔へと変わる。

『あ…ごめん。なんでもないの。ごめんね、引き留めて』

手を離しながら困ったように笑うナマエ。
コイツはいつもそうだ。自分の気持ちに嘘をつくとき、こうやって困ったような眉を下げたような笑顔を浮かべる。そのヘラヘラしたような笑顔を何回見てきたことだろう。

「はぁ〜…」

オレはため息を尽きながら頭をガシガシと掻く。そのまま呆れたように続けた。

「お前、そういうとこだぞ」
『え?』
「そういうとこ。何でも言えって言ったろ?」
『あ……』

腰に手を当てて、ツンッナマエのおでこを人差し指で軽く押す。

「お前が寝るまで一緒にいるから」
『…いいの?』
「そういう気遣いはいらないって、家に入る前に言ったぞ」
『…うん…ありがとう』
「じゃぁ、早く横になれよ」

オレはナマエのベッドの足下に据わっていたバイウールーの隣にあぐらをかく。そのままナマエのベッドに背を預け、ナマエの方へ頭をあげると視線を彷徨わせているナマエがいた。

「寝ないのか?」
『寝るけど…』
「?なんだよ?」
『………』
「なんかあるなら言えよ。さっきもそう言ったぞ」
『…うん』
「………」
『………』
「グメッ」

一向に何も言わないナマエにバイウールーがどうしたのか、と首を傾げた。
その声に後押しされたのかナマエは、

『…一緒に寝ちゃ、ダメかな…』

と今にも消えてしまいそうな声で呟いた。



……

………いやいやいや、待て、一緒に寝るって同じ布団でじゃなくて、この部屋でってことだよな。
勘違いするなよオレ。

「オレもこの部屋でか?それは構わないけど…布団もってく、」
『ううん、そうじゃない…私と、一緒に…』

「…はぁ!?!?」

これは爆弾である、オレはナマエから爆弾を投げつけられた。
その爆弾は見事にオレの中で大爆発を起こし思考に大きな嵐を起こすしている。

一緒に寝る…!?
ナマエとオレが…!?

いやいや、待て!待てホップ。オレもナマエももう大人だぞっ!?
大体ナマエ!こういうことは気軽に言っちゃダメなんだぞ!

オレは叱ってやりたい気持ち半分と、とんでもない破壊力を受けドキドキする気持ち半分でナマエに向き直った。

「ナマエ…!年頃の女の子が男にそんなこと言っちゃ、」
『今日だけ。ホップとならきっと夢は見ない気がするの…』

ダメかな…そう言ったナマエの瞳はまた不安の色が見え隠れしていて、それを見てしまったオレの叱りたい気持ちや、ちょっとした下心からきたドキドキは一気に萎んでいったのだ。

こんなナマエを突き放せるわけがない。これはもうオレの弱みだと思う。

「……わかったよ。今日だけだぞ」
『……いいの?』
「あぁ。その代わり今日だけだけ、だぞ」
『ありがとう…!』

嬉しそうに微笑んだナマエは喜んで布団を捲る。そのまま、『ホップ壁側ね!』とオレをベッドの中へと引っ張った。オレの横でバイウールーが不満げに鼻息を荒くしていた気がするがこれは不可抗力である。

オレが布団の中に潜り込んだのを確認すると、ナマエはバイウールーを一撫でしてから同じように布団に潜り込んだ。


好きな女の子と同じ布団、しかも自分のベッドにいるなんてと少しざわつく心を抑えていることなんて露知らず、ナマエはそのままオレの方を向くと、いたずらっ子のようにクスクスと楽しそうに口元を手で隠す。

『こうやって一緒に寝るのなんて何年ぶりだろ』
「少なくとも、20年は経ってる気がするぞ」
『20年前以上かぁ…ホップはよく泣いてたよね』
「……気のせいだぞ」
『今の沈黙は絶対図星だ』
「ナマエだって男勝りでよくクラスの男子を泣かしてたぞ」
『だってアレは…』


そんなおしゃべりをどれくらい続けていただろうか。気がつけばナマエからの返答はなく。ただ規則正しい寝息だけが聞こえてきた。

寝ちゃったか…

カーテンから差し込む僅かな月明かりに照らされたその寝顔は20年前から変わらないといってもいい程あどけなくて、フッと笑いながらナマエの髪を梳いた。
足下からもバイウールーの寝息が聞こえてきて、コイツらシンクロしてるのかなんて思ってしまう。

するとナマエが横でもぞもぞと動いた。
寝返りか?と思うと、オレの胸元にピタッと何かがくっつく感触。それはナマエの額だった。しかもご丁寧にオレのシャツまで握って、オレの胸に顔を埋めている。

え、コレどういう状況?

少し下を向けば、今度はオレがナマエの頭に顔を埋めている形になり、オレが準備したナマエのシャンプーの香りがしてドギマギする。

場所は自分の家、自分のベッド、
時は深夜、好きな女の子と二人きり…

コレは…少しくらい、許されるのか…?

この状態で我慢できる男がいるなら、是非その精神力を分けて欲しい。
ちょっとした罪悪感と戦いつつオレは布が擦れる音を横耳に聞きながら、おずおずとナマエのお腹から背中に手を回してみた。

細い…

アーマーガアに一緒に乗った時にも思ったが、しっかりナマエのウエストに手を回すのは初めてかもしれない。
まずその身体に手を回してみて驚いたのはその薄さ。女優をやっているから当たり前ではあるのだが、オレからしてみれば細くて少し腕に力を入れてしまえば折れてしまうのではないかと心配になる。

そして、柔らかくて、とても温かい。

身長的にも、状況的にオレが包み込んでいるはずなのにどこかオレが包み込まれているような温かさや心地よさを自身の身体に感じて思わず目を閉じて深呼吸をすれば、うずめたナマエの髪の毛から香るシャンプーの香りで満たされる。

ソニアがいたら、「何してるのアンタ」と冷たい目で言われるかもしれないのだが、今日だけは許してほしい。

このベッドでこうやって二人眠れたらと思った日がなかったといえば嘘になる。
そしてそれはきっと叶うことはない夢だと思っていた。
それが、シチュエーションが違うとはいえ、こうして叶ったのだ。

ナマエがちゃんとここにいるという安心感と、今だけは自分の腕の中にいるという幸福感がオレの胸を満たしていく。

細くて温かい自分とは違った柔らかな身体をまるで大切な宝物を抱きしめて目を閉じた。

「おやすみ、ナマエ」

口では言えない気持ちを心の中で呟きながら。

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