04.それぞれの夜

ナマエ視点
ホップがリビング出て行ったあと、私はホップがつけっぱなしたテレビを見ながら髪の毛を乾かしていた。ドライヤーの騒々しい音の間、テレビの中から自分の名前を呼ぶ声がしてふと手を止める。
そこに映し出されていたのはかつて自分が出演していた映画タイトルだった。

視聴者が選んだ、[今見たいあの映画タイトル]1位に輝いたらしく、どうやらその再放送らしい。画面に映るコメンテーター達がうんうんと頷き合いながら番組を進めていく。

「この映画はとても人気になりましたよねぇ」
「異例の期間を延ばしての上映でしたからね」
「今回、この映画を再放送するに当たって、視聴者の皆様から素敵なコメントを沢山いただいているので、一部を読み上げます」

[バウタウン在住女性 ナマエさんが主演だったこの作品、本当に大好きです!もう一度みたいと思って投票しました!]
[ラテラルタウン在住女性 ナマエちゃんがでるもの全部好き!活動休止しちゃったけど、元気になったらまたテレビでみたいです!]
[スパイクタウン在住男性 この映画良かった!何回も映画館に通ったくらい。なんといってもナマエの演技力!堪らんね]

私ははぁ、と一息つき、ドライヤーとテレビを切った。


ある日突然、記者会見もせず突然休止になった私に今も応援してくれているファンがいるなんて、とても幸せなことだと勿論思う。中には私が子役の時だった頃からずっと応援してくれている人もいる。とてもありがたいし、ファンのことは凄く大事だ。

でも、だからこそ復帰できない。

復帰するのが怖い。今復帰すればあの事件を触れられることはおろか、怪我だってしっかり治っていない。

あの日、あの男に殴られた夢だって未だに見ている。

そんな状態で復帰してもファンをがっかりさせてしまうだけだ。

あぁもう、あの人と付き合って私の人生は大きく変わってしまった、なんて静かになった部屋で色々考えていたら段々面倒になってきて思考を放り出した途端、突然睡魔が襲ってきた。

「メッ」

うとうとし始めた私の手に押し付けられた冷たいけどぷにぷにとした柔らかい感触。うつらうつらしてた頭を上げるとバイウールーが鼻を押しつけていて、まるで寝るところはあっちだと部屋に誘導しているみたいだ。

『ありがとう』

私はそんなバイウールーの頭を撫でながら立ち上がる。

ホップも先に寝てていいぞって言ってたし、ちょっと申し訳ないけど、その言葉に甘えさせて貰おう。
ふらふらとリビングを歩けば、退院疲れか瞼だけでなく足取りも重たい。

そんな私の前をバイウールーがトコトコと歩き、時折心配するかのように振り返ってくる。

「カビィッ…」
「ガァ」
「ウォールド」

部屋を出て廊下を進んだ辺りで後ろから間延びしたような声が聞こえてきて、振り返れば先ほどいたリビングのドアからポケモンたちが眠たそうに手を振っていた。

『ふふ、おやすみ』

こんな風に誰かにおやすみを言うのも久しぶりである。なんだかくすぐったいような、それでも胸に広がる温かい何かをギュッと抱きしめ、バイウールーが立ち止まった部屋のドアをあけてベッドに倒れ込んだ。

倒れ込んだ衝撃で布団が顔に当たり、そのまま大きく深呼吸をすると太陽と美しい緑を思わせるような爽やかな匂い。

ホップの香りがする…

ぼんやりそんなことを思いながらもう一度深呼吸をしようと息を吸い込んだとき、

「メェェ」

バフッ!と音がしたと思うとベッドのスプリングが悲鳴をあげた。

『むぐっ』

突然の衝撃に驚いた私の口にもこもこしたコットンのような束が押しつけられ、ぐりぐりとベッドの端まで追いやられる。

「メェェェェ!!」

とても嬉しそうに鳴いたのは私の横で誇らしげに蹲ってるバイウールーだった。

『待って、バイウールー。ここで寝るの…?』
「ぐめっ♪」

もちろんだ!とても言いたげに鳴いたバイウールーだったのだが、考えてもみて欲しい。背が標準より高めな成人女性と1.3メートルくらいあるバイウールー。いや、身長的には問題ないのだけれども、バイウールーの場合濃密な毛がある。これでは恐らく、身動きはとれないだろう…

『…ごめんね、バイウール…私も、一緒に寝たい気持ちは山々なんだけど…』

これじゃ、バイウールーも私も寝返り打てないよ…
そう小さく呟けば、バイウールーは一瞬悲しそうな顔をしたが(とても胸が痛んだ)、すぐにベッドから飛び降り、リビングへと走って行ってしまった。傷つけてしまっただろうか…なんて気にしていたら、とっしんを使ったかのような勢いでまた部屋に戻ってきた。

『それ、私があげたブランケット?』
「グメッ」

そうだ!と言っているように鳴きながら、バイウールーは昔私がバイウールーの毛刈りで余った毛で作ったブランケットをベッドの下に敷き始めた。そのままストンと腰を落とすと「グメェェ♪」と私を見上げる。

『そこで寝るのね?』

私が笑って頭を撫でながら尋ねればバイウールーはご機嫌そうに目を細めた。



ホップ視点
甘い香りにやられた頭を冷ますかのようにオレは熱いシャワーを頭から勢いよく被る。

確かに幼なじみとしてよくうちに遊びには来ていたし、どこで遊んで来たのか分からないくらいに泥だらけになったポケモン達を洗ったあとにシャワーを貸したこともある。たまにTシャツくらいも貸してた。

でも、お風呂上がりであんな格好なのは、なんか違うだろ…

「あ〜〜…」

なんて一人で声をあげながらそのままシャンプーを髪の毛で思いっきり泡立てる。

オレのシャンプーの横に並べられたピンク色のボトルがナマエがこの家に暫く住むことを強調していて尚更泡立てる手が激しくなる。

もはや泡立てているのではなく掻きむしっていることにすら気付かず自分の頭がウールー化したところで手を止め、据わった目でお風呂のドアを開ける。

「ロトム」
「はーいロト」
「ソニアにメッセージを送ってくれ」
「なんて送るロト?」
「[オレの心臓がもたない。どうしたらいい?]」
「了解ロト!」

それだけ告げるとオレは再びドアをしめてシャワーのノズルを捻る。そこから出てきた温かい水でシャンプーを流そうとしたが、ぬるつきは一向に消えてはくれず、ここで思ったより泡立てすぎていたことに気がついたのだった。

そんなオレのお風呂が上がりに出迎えてくれたのは、
[慣れろ]
ソニアからの辛辣な、たった三文字のメッセージだった。

全くもって最近のソニアは厳しい。



「ナマエ〜?」

思ったより長くシャワーを浴びてしまっていたらしい。

あがってリビングに戻ってみれば、先ほどまでついていたはずのテレビは消えていて、ザマゼンタたちも眠ってしまっている。バチンウニなんてカビゴンのお腹の上で眠っているのだから余程気持ちが良いのだろう。その中で一匹足りないのが、

「バイウールー?」

名前を呼びながら辺りを見回してみるが返事はない。それにナマエもいない。

先に寝たのか、ちょうどオレが風呂入ってくると言ったときに先に寝てていいと言ったはずだしな。バイウールーも恐らくナマエと一緒だ。あのベッドに二人並んで寝られるかは微妙な所だが。

起こすのも悪いし今日はそっとしておこう。

オレは明日の朝締め切りの研究資料を纏めるため、ダイニングテーブルに数冊の本を開きながら長年愛用しているノートパソコンの電源を入れた。
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