『好き』という感情は分かる。但し、家族や友達に対する……だ。
但し、と置いたのには訳がある。というのも、遡ることつい十分くらい前。幼馴染である佐伯虎次郎といつもの帰り道を歩いていたところだった。
「ねえ、都」
「…ん、なに?ごめん、晩ご飯のこと考えてた」
「あはは、あのさ」
「うん?」
「好きだよ。都のこと」
「……えぇ?」
素っ頓狂な声を上げる私を見て眉を下げてくすくすと笑うサエは、そんな私の反応を予想していたかのようで少し腹が立つ。
サエは私が『好き』らしい。もちろん、私も『好き』だけれど、これは恐らく家族に対するものに近い。幼馴染として十五年程度ほぼ毎日を一緒に過ごしていれば、それはもう姉弟みたいなものだ。
つまり、返す言葉は―
「私も好きだよ」
「それは、多分…俺のとは意味が違うでしょ?」
「え〜…?なんか間違えた?」
「あのさ、都は急に友達や家族に好きだよって言う?」
「言うね、普通に」
「分かった、ちょっと考えさせて」
首を傾げたサエは私から目を逸らしうーんと考え込んでいる。友達や家族と違う『好き』となれば、残るは異性として、くらいだろう。
それが分からないほど私は鈍くはない。まあ、先程のニブイチは外したのだけれど。
「恋愛感情の好きについては分かる?」
「私を何と思って……?」
「いや、まあ。鈍いし…」
「馬鹿にしてるでしょ…。まあ、そういう感情が人間にあるのはもちろん理解してるよ。ただ分かんないかも。初恋もまだだもん」
「……えぇ?」
次はサエが素っ頓狂な声を上げてしまった。こんな間抜けなものなんだな……これからは気を付けよう。
まあ話は戻るが、実の所初恋はまだである。元来甘やかしてくれて顔の良い人が好きな私なのだけど、気付けば横にサエがいて、幼い頃にテニス部のみんなと知り合えばそんじょそこらの人間に顔が良い判定は起きず。
そうして世話焼きなサエ筆頭に幼馴染たちが頼りになりすぎるせいか、いないのである。恋愛対象になりうる男が。
「サエのせいじゃない?」
「俺のせい……俺のせいかなぁ……?」
「理解が出来てない、家族友達、あとは推しとか…それ以外の特別な好きが。純粋に、私のことがどう好きなのか聞きたい。何がどうなって恋愛感情の『好き』なの?」
「ううん……難しいな。例えばだけど、俺の場合の話」
「うん」
話がちょっと長くなりそうだ、なんて入った公園はがらんとしている。もう十八時も近くなれば子供は帰っている時間。
広い公園を独り占め。ブランコに座りギィギィと揺らせば、斜め前の柵に腰掛けたサエは口を開く。
「例えば。ふとした時、声を聞きたくなったとか、都が俺以外のヤツと喋ってると、ちょっと嫌だなって思ったり。あとは、……都のことばっかりずっと考えてる」
一瞬だけ、風が吹いた。サエの声も、遠くで聞こえる車の音も、何もかもが耳から遠ざかる。
「なにか……都は、心当たりとかある?」
「……考えさせて」
ギィギィと軽く揺らしていただけのブランコ。軽く地面を蹴って大きく揺らす。ブランコとか、何年ぶりよ。
ふとした時、声を聞きたくなるらしい。
何となくそう思った時、サエから電話のお誘いが来て、寝る間際まで話したこともあった。
私が他の男子と喋っていると嫌だって思ってしまうらしい。
まあ、仕方ないと思いつつ。サエが私以外の女の子と話している時、……つい、気になってしまうのは。
どうやら私の事ばっかり考えているらしい。
……まあ、四六時中サエと居るせいもあるけど、いや……けど。
「うう〜〜〜ん!」
「どうかした?」
「酔った、タンマ」
「三半規管弱いのにあんなに漕ぐからだろ」
何とか勢いを殺して、古いブランコからはキィ、と軋む音。
ふぅ、なんて小さく溜息をつき何となく下を向けば前がほんの少し、暗くなって。
「……なんで、前立つの」
「……いつも逃げられるから。今回は、ダメ」
「……逃げないよ。多分」
ぽつり、零せばブランコのチェーンを握った私の手をサエが上から掴んでしまい、完全に逃げられなくなってしまった。
「はは、捕まえちゃった。俺、さっき恥ずかしい思いしたんだから。次は都の番だよ」
「……サエの言う、それが『好き』なら、すき…なら」
「……なら?」
「わかんない、でも。たぶん一緒。夜、寝る間際まで電話するのはサエだけだし、他の子と話してると気にしちゃうのは、……サエだけだよ。……知らないけど」
「……ねぇ、俺。期待していいの?」
ブランコに座った私に姿勢を合わせるように少し屈んだサエは、俯いた私の顔を覗き込むように、だらんと垂れた邪魔な髪を耳にかけられる。
反射的に顔を逸らすけれど、きっと真っ赤な耳が見られてしまった。何度だって言うけれど、私だってそこまでニブチンじゃない。
懇切丁寧に説明されれば何となく、理解だってできるし恋愛漫画や恋愛小説ではぁ…?と思っていたモノが、何となく理解できた気がする。
「都」
「……なに」
「好きだよ」
「……別に、嫌いじゃないよ」
「……ふは、相変わらず素直じゃないな」
そうやって、笑われても。物心着いてからずっと一緒にいたサエのことが、恋愛対象として好きなんて急に認められるわけないだろう。
「今日は、このぐらいで勘弁してやる」
「それ都のセリフなんだ?」
「ぐええ……勘弁してください。今日はもうキャパオーバーだ」
「じゃあ。今日はこのぐらいで勘弁してやる」
こつん、と軽く頭にチョップを受けて目の前からそっと離れていくサエ。それと同時に立ち上がればブランコはキィ、とまた小さく揺れた。
「帰ろうか」
「…うん。帰る」
「急に大人しいね」
「うるさい」
俯いて横に並べばサエは機嫌が良さそうに笑っている。
うるさいうるさい、そりゃ静かにもなるでしょ。なんてひとり心の中で怒っていれば、コツンと手の甲へサエの手が当たる。
それだけでなんだか手の平が熱くなった気がして、口をへの字に曲げればするりと手を取られてしまい、思わず「ひぇ」なんて小さな悲鳴がこぼれる。
「……失礼じゃない?」
「び、びっくりしただけだもん……」
「まあ嫌だったら、振りほどいてもいいよ」
「……別に」
ふん。そうやって拗ねたようにかおをそらせば、サエの方からはクスクスと笑い声が聞こえて。
……ところで、特に何も言わなかったけれど。これはどういう関係になったのだろうか。まだ幼馴染?それとも、恋人か。分からない。
今更改めて聞くのも恥ずかしいし、まあいっか。……どうせ、これからもずっと一緒にいるんだろうし。なんてぼんやり考えながらブンブンと繋いだ手を大きく振った。