Everyday’s feel so happy!


「え、嘘、おめさんマジかい?」
「ハハハ、苗字! 嘘をついていい日は昨日で終わりだぞ! このお茶目さんめ!」
「....」
「ハハハハ...ハハッ...........え、まさか本気か?」


新学期もまだ始まらず、全国の学生が未だ春休み気分を満喫している4月の始め。そんな時期にも関わらず、私立箱根学園高校男子自転車競技部の部室はいつもと変わらぬ賑わいを見せている。―――いや、正確には見せて‘いた’。過去形にしたのは、たった今他でもない私自身が爆弾発言をかましてしまったようで、和やかな騒がしさから一転、なんとも言えない気まずい雰囲気が漂い始めてしまったから。

唯でさえ大きな目を見開いて信じられないものを見る目で私を見た新開と、冗談で済ませようといつものムカつく高笑いをしだした東堂。異なる反応を見せた2人は、しかし無言のまま俯く私を見て確信したみたいだ。「あ、これマジなやつだ」と。それもそうだろう、きっと傍から見れば私の顔はこれ以上ないほど蒼白なはず。そんな私に新開はあちゃーとでも言わんばかりに額に手を当て、東堂に至っては高笑いを引っ込めて希に見る真顔に戻りやがった。くそう、黙っていれば美形に黙られて真顔で「有り得ないぞ」という目で見られたら想像以上にダメージがでかい。刺さる視線といたたまれない空気に心臓がちくちく痛いけれど、それ以上にこの案件について一番の被害者が無言を貫いているのが一番恐ろしい。恐る恐る視線上げるも、一番反応が知りたくて、でも知りたくない人はこちらに背中を向けていて表情が伺えない。
と、情けなく眉をハの字に下げて立ち尽くす私の眼前どアップに黙っていれば以下略の顔があらわれた。近い、近い、だから真顔をやめてよ黙っていれば以下略!


「4月2日は、荒北の誕生日だから毎年皆でお祝いしような!と約束したではないか!」


すみません大変申し上げにくいのですが。
―――そんな約束初耳です!!







オーケイ、取り敢えず冷静になろうぜ。いのちをだいじに、だ。
状況を整理しよう。私は苗字名前、どこにでもいる女子高生その1。箱根の山麓を見上げる歴史ある箱根学園高校に入学後、聞くも涙、語るも涙の諸事情あって変人揃いで有名な自転車競技部に女子マネージャーとして入部。納得がいかないまでも、本来の何事も中途半端なままでは放り出せない質が功を奏し―――もしくは災いして、気付けば変人集団の中でもう丸2年もマネージャー業をこなし、いつの間にやら変人のひとりにカウントされるようにまでなってしまった。解せぬ。
私の涙なみだの高校生活前半戦を熱く語りたいのはヤマヤマだけれど、事態収拾のため現実逃避もそろそろおしまいにしとこう。

彼ら―――「ハコガク」自転車競技部の皆と駆け抜けた2年間。汗と汗と男臭さと時々涙、そんな色気もない部活一筋の日々の中、このまま汗まみれで高校生活を終えてしまうんじゃないかと。そう思っていた時期が私にもありました。
なんとまあ、人生何が起こるかわかったものではありません。半ば諦めていた私に、ひと足早い春が訪れたのはついふた月前、まだ雪がちらついている頃。正真正銘私にとっては人生初、生まれて初めてのカレシなるものの座に収まってくれたのは、自称‘スリーピング・ビューティー’で何故かファンクラブまである東堂尽八でも、ハコガクきってのプレイボーイ(死語)・新開隼人でもなく。
元ヤン・短気・柄悪いの平凡女子ドン引き三拍子を揃えた荒北靖友くんなのでした。
とまあ、そんなこんなで世間で言う「リア充爆発しろ」と呪う側から呪われる側にジョブチェンジし、それなりにウキウキハッピーカレカノライフを満喫していた私でしたが、つい十分程前に東堂が何気なく放った一言で天国から地獄、ウキウキ(中略)ライフは突如として終了のお知らせ。それではここで、私の息の根を止める未遂を犯した罪深き東堂の一言を振り返ってみましょう!さんはい!


『荒北、今日はお前の誕生日だな!今年も盛大に祝ってあげるから、この山神の優しさに感謝するのだな!』


アラキタ、キョウハオマエノタンジョウビダナーダナーダナー...


自発的脳内エコーをBGMに、自問自答をしてみます。一体どこに、「はじめてのカレシの、つきあってはじめてのたんじょうび(はぁと)」を全力でスルーするカノジョがいるだろうか、いやいない。...いやいやいやいる!混乱のあまり古典の授業以外ではついぞ使う機会に恵まれなかった技法なんて使っちゃったけど、何言ってんだここにいるよ!いるんだよ!現在進行系なんだよなんてこったい!
あまりの失態に、正に「穴があったら入りたい」状態。タイムマシンがあったなら、何も知らずに部活の後は寮に直帰でよいこのおやすみじかんを高校生にして遵守した昨日の私をぶん殴りに行きたい。
4月2日、荒北靖友(肩書き:私の彼氏)の誕生日。脳内メモリーにインプット。もう二度と忘れない、二度と同じ失態は繰り返さない。未来に固く誓いを立てても、今この瞬間のこの状況はなにも解決しない。
いっそ知っていたよ、という何食わぬ顔をしていればまだマシだったのかな。プレゼント用意してないけど。あーでもそれは荒北を裏切っているみたいで、心苦しいことこの上ない。


「まー、新体制になってから、マネの仕事一段と忙しかったもんな?名前も、ちょっと忘れてただけなんだから靖友も怒ったりしないさ」
「や...なんというか、存じ上げませんでした...」
「あー...おめさんマジかい」


2回目の新開のおめさんマジかい頂きましたー。
軽いようでいて人の事を良く見ており、ここぞという時の気配りにおいては右に出るものが中々いない新開。そんな彼が入れてくれたさり気ないフォローをバッサリと無駄にした私のバカ正直さ・プライスレス。もうダメだ、腹をくくって正直に謝ろう。きっとカレシの誕生日を知らずにスルーしようとした彼女なんて、お役御免されちゃうんだろうけれど、荒北と過ごした短いふた月のウキウキ以下略は忘れない。ありがとう荒北、さようなら荒北。意を決して、 背中を向けたまま沈黙を保っていた荒北に近づく。


「ごめん...荒北。私、本気で知らなかったけど、おたん」
「アー」


せめて言葉だけでも、と告げようとした決まり文句は淡々とした声に遮られた。ガシガシと頭を掻いたあと、チラリと私を見下ろした切れ長の瞳には思ったよりも冷静な色が浮かんでいて。じっと見つめられて言葉につまった私から視線を逸らすと、荒北はジャージを羽織りながらしばし言葉を探すように黙り込んだ。というか今さり気なくおめでとう言うの拒否されたよね。じゃあこの次に来る言葉は「ごめんなさい誕生日も祝ってくれない女はちょっと」もしくは単刀直入に「チェンジ!」か。東堂や新開までとはいかずとも、それなりに女の子にモテる荒北である。元ヤンでも短気でも柄悪くても、自転車競技では全国でも強豪と称される我が部で、エースアシストという並大抵の人ではつけない立場についているというオプションに女の子達は食いつくらしい。私みたいな女は早々にチェンジで、私よりも可愛げがあって実際見た目も可愛いなんかふわふわした子を指名しちゃっても文句は言えない。少なくとも、私には。


「つか、別にいいんじゃナァイ?誕生日くらい、もう喜ぶ年でもないだろーが」
「何っ?荒北貴様、この俺が自ら祝ってやろうと言うのに喜びもしないとは、聞き捨てならんぞ!なんて薄情な奴なんだ!」
「ウッセ、てめーはだぁってろ東堂」


しかし、荒北の口から飛び出たのは私の想像したどの言葉でもなく。予想外の展開に思考がついていかないけれど、もしかしなくても私は今許されちゃった感じなのだろうか?怒っているようにも、悲しんでいるようにも聞こえない、なんでもない話をするような声色で、荒北は「別にいい」と言った。別にいい...いいのか?過去に17回祝われてきたのだとしても、荒北の18歳の誕生日は一生で一度しか来ないのに。
動きの鈍い頭を無理やりフル回転させて、必死に考えあぐねる私を見かねたのか、まとわりつく東堂を引きはがした荒北が私に向き直った。部活ではドロップハンドルを握る大きな手のひらが、幼子にするみたいにぽふぽふと私の頭を撫でていく。仕方ないなぁって顔で、笑いながら。


「ま、だから」


―――あんま気にすんなヨ?


ええ、ええ。不覚にもトキメキましたよ。途中から後ろで傍観決め込んでた新開が「靖友、おっとこまえー」とか言いながらぱちぱち手を叩いていたけれど、全面的に同意だよ、このやろう。

だけどひとつ、確信した事がありました。それはもう、本能的に、神さまのお告げみたいにビビビッと。
生まれて初めて出来た彼氏。素直じゃない性格が邪魔をして、普段は可愛げのない態度ばかり取ってしまうけれど。不器用な荒北のたまに見せる優しさが大好きで、大好きでたまらない。
そんな愛しの彼氏様の、付き合って初めての、記念すべき誕生日!

このままで、いい訳がないでしょが!!!


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