「あれ、今日は乱菊さんいないんですねぇ」
「お〜▲▲ちゃん待ってたよ」
こっちこっち、と手招かれるままに京楽さんの隣に座れば、ハイ。と器を差し出される。
「いただきます、」
「どうぞどうぞ」
何食べたい?何がいい?と捲し立てるように目の前に卵焼きや梅きゅうりからつまみというつまみが並べられていく。遠慮されるのは好まない性質だと察したのは御相伴に預かり出して間もない頃だった。
「おいしい〜」
「▲▲ちゃんのその一言がボクのアテだねぇ」
ぐい、と酒を煽るとところで、と不意に顔を覗き込まれて鼓動が高鳴るのを自覚する。ふわりと京楽さんの香りが鼻腔をくすぐる。
「な、んでしょう」
「ちょっとおもしろい噂を聞いちゃってね」
じりじりと尚近づく距離にしどろもどろになっていると、遂には鼻先が少し触れる。
「▲▲ちゃんがね、ボクを好きだって」
「っ、」
「その反応は、期待しちゃってもいいのかな」
私が雪崩れるように90度回った視界と、唇に触れた体温の意味を理解する頃には京楽さんの体は元の場所に戻っていた。
「き、き、」
「あらあら▲▲ちゃん、耳まで真っ赤にしちゃって」
そういう京楽さんの頬も心なしか紅潮しているように感じるのは、私がただただときめいているからだろうか。
「よ、良くないですよ!そうやって女の子を弄んで」
「うーん、そう映っちゃう?ボク的には大マジだったんだけど」
煙管がもくもくと煙をくゆらせる。その煙からほのかに香るい草のような香りは嫌いではない。
「そんなこと言って。私以外の女の子にもたくさん言ってるんでしょ、そういうこと」
「心外だなぁ。こんなこと言うのは▲▲ちゃんがハジメテだよ」
「嘘くさい!とても嘘くさいです」
「ひどいな、▲▲ちゃんは」
ハハハと笑うこの人の本心がまるでわからない。私は大勢の中のひとり?そんなの嫌だ。だけど、唇に触れた熱が今も離れず疼いている。もっと知りたいと、思ってしまっている。
「今日はなんだか弄ばれるので帰ります」
「えぇ、寂しいな」
「思ってないくせに」
「思ってるよ。あ、ボク明日非番なんだ。だから▲▲ちゃんがヒマならいつでも来ていいよ」
「朝から呑んだくれですか」
「そうじゃないよ。ボクの部屋」
声こそおちゃらけているものの、表情は真顔だった。何と返事をして良いのかもわからず、何言ってんですか、と飲み屋を後にする。
きっと私は明日、行ってしまうのだろうな。