役者だけが間違い 1-1
何の変哲もない、いつもと変わらない日常のはずだった。その日、アレクセイには依頼が入っておらず、凛々と拠点で留守を守っていた。時刻は午後を指し、凛々から昼食が出来たことを告げられる。相変わらず豪華な食事だが、材料費はかなり抑えられていて、アレクセイは「いただこう。」と席につき、ナイフを掴もうとした、その瞬間だった。 突如、下町を揺るがす爆音が響いた。 「爆発・・・!?」 「近いな。リリ、場所は分かるか?」 「・・・下町の宿付近、噴水がある場所です。」 「君は待っていなさい。様子を見てくる。」 「いえ、行きます。・・・犠牲者が既に出ているようです。」 凛々はイルーチェのように一瞬で移動することは出来ないが、広く見通す力はイルーチェ以上だ。また治癒術に関しても、この世界の誰より秀でている。拠点を空にする事態は避けたいが、緊急事態だ。アレクセイは「わかった。」と頷き、二人で拠点を飛び出した。 噴水前は酷い有り様だった。かつて魔導器によって水を吹き出していた噴水は見るも無惨に破壊され、黒煙が上がっている。野次馬が多く、二人はそれを掻き分けながら最前列に出た。 「たっ、助けてくれ!出来心だったんだ!」 「ガキにはもう何もしねえ!だから、だから頼む!殺さないでくれ!」 身震いしながら座り込んでいるのは、三人の騎士だった。身に付けている装束からして隊長ではないが、何かやらかしたのだろう。彼等が必死に命乞いをしているのは、一人の女だった。 「・・・貴様らは、家畜の声に耳を傾けるか?」 「へ・・・っ?」 「鳥や、犬や、鼠の声に、いちいち耳を傾け、その命を救うのか?」 二人からは後ろ姿しか見えないが、その声はゾッとするほど冷たい。腰まである金髪の女は、かつんと靴音を鳴らした。 「答えは否だ。貴様らは、慈悲を乞う母と子に嘲笑を浴びせ、その命を奪い、かつ追い剥ぎをしようと企てた。貴様らなど、家畜にも劣る畜生。故に、私がかけるべき慈悲はない。」 女の周囲に、輝くいくつものカードが浮かび上がる。そのひとつに触れると、三人の男は誰も触れていないのに宙に浮かび上がった。 「・・・愚かしい人間めが・・・。貴様らなど存在する価値もない。」 すう、と白い指が閃く。すると、隣にいた凛々が、「あ・・・っ!」と身震いした。 長い赤みがかった髪がふわりと舞う。彼女の瞳は七色に輝き、女が、こちらを向いた。 年齢が読みづらい、大人びた中に若々しさの満ちる美しい顔立ちの女だった。癖のある金髪、白い肌に、赤い唇。悩ましい身体つきだが胸や尻以外はすらりとしていて、無駄な肉がない。そして、女の瞳もまた、虹色に輝いていた。 (・・・あの瞳・・・、イルーチェやリリと同じ・・・!) この世界の管理者であるイルーチェと同位体である凛々の二人しか起こり得ないはずの現象に、アレクセイは目を見開いた。がくりと膝をついた凛々も気にかかるが、今は目の前の女だ。アレクセイは前に進み出ると、女と向き合った。 「理由は知らんが、これ以上は見過ごせん。その者達を解放してくれ。」 聞かぬなら実力行使もやむを得ないと右手を剣の柄にかける。だが女は動かなかった。まるで縫いつけられたようにアレクセイを見つめ、顔を歪める。違和感に眉を寄せると、女は「・・・なぜ・・・。」と呟いた。 「・・・?どうした、様子が・・・。」 「・・・嘘だ・・・、これは、夢だ・・・。」 「おい、何を---」 今にも泣き出しそうに顔を歪めた女に、アレクセイはさらに距離を詰める。すると男達が地面に投げ出された。 「アレクセイ!リリ!」 そして騒ぎを聞きつけたのだろうカロルが野次馬を掻き分けて現れる。「首領、いけません。危険です。」と声をかけると、女はカロルを見て、息を呑んだ。 「・・・ルシオ・・・。」 「え?」 「・・・ああ・・・、・・・ルシオ・・・っ!」 女はカロルを見て、何者かの名を呼ぶ。虹色の光が消え失せた、本来の翠色の瞳から、一粒涙が零れた。 ぐらりと華奢な身体が傾く。咄嗟に支えたアレクセイの耳に、「・・・許して・・・ルシオ・・・。」と涙声が聞こえた。 「アレクセイ!大丈夫?」 「はい、私は。リリの様子が少しおかしいので、見てきていただけますか。」 「うん!」 パッと身を翻して凛々の様子を見に行くカロルを見送り、腕の中の女を見下ろす。青ざめた顔にかかる柔らかな髪を避けると、長い睫毛に縁取られた瞼が閉じられている。ひどく身体が冷たく、上着を脱いで包むと、少年が「おじちゃん。」と袖を引いた。 「おねえちゃん、大丈夫?」 「ああ。少し眠っているだけだ。それより、何があったか教えてくれないか?」 「この子があの騎士達にぶつかってしまって・・・。因縁をつけられて危ないところにその子が・・・。」 「おねえちゃん、僕を助けてくれたの。悪くないよ。」 「・・・そうか。無事で何よりだ。」 小さな頭を撫でてやると、少年は嬉しそうに笑う。そうこうするうちに市民街からフレンが現れ、「アレクセイさん!」と駆け寄ってきた。 「市民が騎士に危害を加えられていると聞きましたが・・・」 「ああ、そこの三人だ。ぶつかった子どもに危害を加えようとしたらしい。」 「・・・何てことを・・・。その三名を連行しろ。」 心得た部下が騎士達を連れていく。だいぶまともになったとはいえ、まだまだああいった輩は存在する。フレンの気苦労が絶えることは暫くないだろう。 「・・・アレクセイ様、その女性は?」 フレンと共にやって来たユエが、腕に抱いている女を尋ねる。アレクセイがどう説明したものか思案していると、凛々が歩み寄ってきて、「彼女はわたくし達で保護します。」と言った。 「体調が悪くなってしまったようですので、休ませて御自宅へお送りしますわ。」 「それは・・・、地下に関係が?」 「いいえ。彼女と面識はありません。ただ下町で起きたことですし、被害者の彼女の面倒を見させていただきたいだけですわ。」 にこりと麗しい微笑みを浮かべるが、絶世の美貌の下には、はっきりと威圧感がある。逆らうことは許さない、という凄みを受け、フレンもユエも押し黙った。 普段は家族だが、騎士団とギルドとなると立場はまるで違う。今や強大な地下ギルドの後継者となった彼女への対応を間違えれば、帝国は失われかねない。 「・・・後程、様子を見に行っても構いませんか?」 「ええ、どうぞ。・・・先生のお許しがあれば、いつでも。」 つまりこちらの用件が終わるまでは、お前達に会わせるつもりはないということだ。だが先に見つけたのが彼女達である以上、もうどうしようもない。フレンは深追いは得策ではないと判断し、「わかりました。」と微笑んだ。 「戻りましょう、アレクセイさん。早く休ませてさしあげなければ。」 「ああ。では、フレン、ユエ。また。」 「はい、お気をつけて。」 フレンはすっかり清濁併せ持つ頼もしい騎士団長の顔になり、損益をはっきり見極めている。手強い相手になってきた、と拠点への道を歩きながら思った。 いくら母子を救うためとはいえ、あれだけ街を破壊したのだ。応接室のソファに寝かせると、徐々に仲間達が帰ってくる。最後に帰ってきたイルーチェとユーリに事の次第を説明すると、ユーリはじっと女を見つめ、イルーチェは細い顎に指を当てた。 「・・・目が虹色になったんだ。」 「確かにあれは、お前やリリと同じ現象だった。」 「・・・わたくしとも共鳴をしたわ。やはり彼女は・・・」 「私達の同位体ってことになるね。」 「・・・下町で大騒ぎを起こした上に、また別世界の同位体か。二人目となると、まだいるのかな?」 「うーん、もういないと思うよ。世の中には似た人は三人いるって言うし。」 なんなんだ、その理屈はと思うが、不思議とイルーチェの直感には当たりが多い。ならば同位体は彼女が最後となるのだろう。 「星喰が現れて、時空の歪みが出来たからだけど、もうすぐ修復が終わるし、だから他にいたとしても、もう終わりだよ。」 「それはそれとして、縛ったりしなくていいわけ?下町を壊して暴れたんでしょ?」 「悪い人じゃないよ、この人。」 |