役者だけが間違い 1-2



じっと女を見つめながらカロルはどこか確信を持って答える。


「なんでそんなことわかんのよ。」

「わかんないけど、わかる。この人は悪い人じゃないよ。」

「・・・よくわかんねえけど、オレもカロルと同意見だ。悪い奴じゃねえと思うぜ。」

「ええ、私もよ。」

「・・・不思議と俺も、この子は敵ではないと思うんだよね。」


カロルはともかく、ユーリやジュディス、さらにはデュランダルまでもが、女を擁護する。となると、別世界の彼等の同位体と親密な間柄にあった、ということになるのだろう。だが凛々は「・・・決めるのは早計ではないかと思います。」と静かに言った。


「同調した際、激しい怒りと憎しみを感じました。すべてを滅ぼしてしまいたいというほどの・・・。」

「まあ、私とリリさんがいる限りは滅多なことは出来ないし。その辺は注意して見てよう。」

「ええ。・・・不思議な術も使っていましたし・・・、・・・カロル、あまり不用意に近づかないでちょうだい。何をするか分からないわ。」


いらっしゃい、と後ろから抱き締めるが、カロルは「大丈夫だよ。」と悲しそうな顔で見上げてくる。その優しさはいいのだけど、と苦笑すると、女が「・・・う・・・、」と呻いた。


「あっ、起きるよ。」


パッと凛々から離れたカロルが女を覗き込む。焦点の合わない翠が、ゆっくりとカロルを認識すると、女は驚愕に満ちた表情を浮かべた。


「おはよ!気分はどう?どこか辛いところはない?」

「・・・っ、・・・!」

「急に倒れたんだよ。お腹すいてない?」


にこにこと問うカロルに女は震える手を伸ばす。そして滑らかな頬に触れると、女の頬に涙が伝った。


「・・・?どうしたの?なんで泣いて---」


言い終えるより早く、女はカロルを胸に抱き締めた。夢中で、もう二度と離さないと言うように。


「・・・ルシオ・・・っ、ルシオ・・・!」

「っぷあ、ね、ねえ、苦しいよ。」


ぱしぱしと背を叩くと、女は突如ハッと目を見開き、カロルを離す。そしてまじまじと見つめた。


「・・・ルシオじゃない・・・。」

「え?」

「・・・君は、誰だ・・・?」

「僕はカロル。おねえさんは?」

「そんな・・・、こんなに、似て・・・。」

「それについては説明をさせてくれないか。それから君の話を---」

「・・・パパ・・・!?」

「え---、」

「・・・それに・・・ルカ・・・、師まで・・・?なんだ・・・どうなって・・・。」


女はデュランダルをパパと呼んだ後、ユーリをルカと呼び、ジュディスを師と呼ぶ。混乱した様子の女は、最後にアレクセイを見て、「・・・ルイス・・・。」と呼んだ。


「・・・なんだ・・・ここは・・・?何が起きている・・・?」

「落ち着いてください。順に説明します。」

「とりあえずお姉さんの名前教えてよ。ね?」


凛々とイルーチェが声をかけると、女は二人をまじまじと眺め、やがて溜飲を下すように目を伏せ---、口を開いた。


「・・・ノエル・ケンバーグ。そうか、君達は私の同位体か・・・。」

「わあ、話早い・・・。」

「平行世界は確認されていないだけで、仮定はある。そもそも歴史とは様々な選択の中で分史を作り出すからな。ということは、ここは私の世界ではないのだな。」

「なんかイルーチェとも凛々とも違うタイプね。」

「・・・世話になったようだな、礼を言う。私が同位体であると分かるなら、帰る方法も分かるのだろう。すまないが、戻してくれないか。」


イルーチェが説明するまでもなく理解した様子のノエルは、カロルを優しく横にどかし、立ち上がる。凛々と同じくらいに背が高い女に、イルーチェは「えっ、ちょっと待ってよ。」と留めた。


「えっと、ノエルさん?帰すにしても、どんな精霊が力を貸してるかわかんないと、私にもどうしようもないんだよ。ノエルさんの話も聞きたいし。」

「・・・すまないが、私はここにいたくない。」

「同位体がいらっしゃるからですか?」

「・・・そうだ。」


周囲を見ないように答えると、カロルが「ねえ、ノエル。とにかく座ろうよ。」と甘えるように抱きつく。それにノエルは顔をぐしゃりと歪め、震える手で口元を覆い---、その頬に触れた。


「・・・カロルと、言ったな。」

「うん。」

「・・・君は、今幸せか・・・?」

「うん!みんながいるし、毎日楽しいよ!」

「・・・そうか・・・。」


目線を合わせるようにしゃがみこむとノエルはカロルの顔を目に焼きつけるようにじっと見つめる。そして激しい痛みに耐えるように目を閉じ---、「・・・ならいいんだ。」と言った。


「・・・君が幸せなら、それでいいんだ・・・私は・・・。」

「・・・ノエル?」

「・・・世話になって礼も出来ず申し訳ない。帰る方法は自分で何とかする。」

「ま、待って待って!帝都をふらふらしてたら騎士団に捕まるかもしれないし、帝都を出たら魔物もいるし!」

「すべて殺せばいいだけだ。」


何の躊躇いもなく言って出て行こうとするノエルに、「待ってよ。」とカロルが追いすがる。邪険に出来ないが、側にいるのは耐えられないらしく、ノエルは「・・・君達とはいたくない。」と繰り返し言った。


「・・・仕方ありませんわね。」


小さく呟く声が聞こえた、次の瞬間、ノエルは椅子に縛られていた。「おい、リリ・・・!」とユーリが咎めるように呼んだが、「ごめんなさい。」と形ばかりの謝罪だけで、離そうという気配はない。


「わたくし達の同位体を、少なくとも帝国には渡せません。」

「・・・大人しげな顔で、ずいぶん大胆な真似をする。君のような人間が、一番恐ろしい。」

「申し訳ありません。ですがお話を聞いていただければ、きっとご理解いただけますわ。」

「君達の話に興味はないし、私のことを話す義理もない。離さないなら力づくでも出ていく。」

「では、どこへも行けないよう、手足を斬り落としましょうか。」

「ちょっと、リリさん。それはやりすぎ。」

「でもイルーチェ、彼女が帝国に渡ればギルドが危険にさらされます。カロルの身だって危うくなるのよ?」


カロルが危険に陥ると聞くと、ノエルはピクリと反応した。それを目端で捉えたリリは、「お話を聞いていただけますよね?」と微笑んだ。


「・・・卑怯な真似を。」

「お話を聞いていただくための手段を取ることは卑怯でしょうか?」


不思議そうな顔をする凛々に、ノエルは殺意のこもった眼差しを向ける。するとカロルが「やめて、リリ。」と立ちはだかった。


「カロル・・・。」

「こんな乱暴な真似、僕は嫌だ。縄は外すよ。」

「・・・でも、それでは・・・。」

「僕は大丈夫。ギルドだって何とかする。これは命令だよ。」

「・・・わかりました。首領の御意志なら・・・。」


納得いかない様子ではあったが、凛々は大人しく座り、カロルが「ごめんね。」と縄を解いた。


「でも、話は聞いてほしいんだ。僕もできたら、今は帝国と争いたくないから。そうだよね、デュラン。」

「・・・ああ、そうだね。」


カロルの頭を撫でてやったデュランダルは、ノエルの側に座り、白い手を取る。ギクリと身を強張らせた彼女に、デュランダルはそっと握った手を撫でた。


「俺の弟子がすまなかったね。だが俺も出来れば君にここに留まってほしい。どうか話を聞いてくれないか?」

「・・・あんな恐ろしい女が弟子とは、神経を疑うな。」

「わたくしより先生のほうが恐ろしいと思いますが・・・。」


頬に手を当てて不思議そうに首を傾げる。頭のネジが一本飛んでいるのではないだろうかと思いながら、ノエルは溜め息を吐いた。


「・・・話を聞けばいいんだろう。早くしてくれ。」

「わあい、やったあ。」

「こら、カロル。飛び付いてはいけないよ。」

「はあい。」


残念そうに唇を尖らせるカロルに、ノエルは辛そうに顔を歪めた。