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初めて出会った時の印象は、こんなに美しい男性がいるのね、だった。
長らく記憶を失っていたイルーチェの父デュランダルは、どこか儚げで今にも消えてしまいそうだった。イヴァンも人間か疑わしい美しさを持つ男だったが、デュランダルが持つそれは年齢を重ねたからこその豊かさに満ちて、匂い立つようだった。だがその時は、単にそれだけ。何せ彼は仲間の父だ。歳も二回り以上離れていて、いかに彼がレイヴンと同じ歳くらいにしか見えなかったとしても、恋愛の対象にはならないはずだった。
そんな彼の印象は、すぐに変わることになる。

「お父さん!」

一年に渡る旅を終え、バウルで皆を乗せ、とりあえずノルンに留めておいたデュランダルの元に向かいたいと告げたイルーチェに頷いた。ちょうど外に出ていた父を見つけたイルーチェが、嬉しそうに駆け寄り飛びつく。それを苦もなく受け止めたデュランダルは、けして小さくはない娘を軽々と抱き上げた。それが二度目。ユーリやフレンまで一瞬で子どもにしてしまうデュランダルは最初の儚げな印象などまるでなく、堂々と力強く、そこにいるだけで周囲を華やかにしていた。
イヴァンは普段から儚げで神秘的な美貌だが、デュランダルは正反対で周囲の色をすべて己で塗り替えてしまう迫力と強さ、意識を引く美しさの持ち主だった。
それからすぐにデュランダルがギルドに入り、恩赦を受けたアレクセイも続き、暫く帝都で活動することになった。依頼をこなし、少しずつ帝都での知名度を上げていたある日、ジュディスはアレクセイの様子を伝えに城へ向かったデュランダルに同行していた。

「アレクセイ、このままギルドで活動できそうね。」
「あいつはもともと生真面目で真っ直ぐだからね。騎士道を体現したような男であることは知れている。」
「でも恩赦が下されたのも早すぎたし、おじさまは何をしたの?」
「話し合いだよ、平和的にね。」

デュランダルはイルーチェの父であることが疑わしいほど、謀略に長け、狡猾で油断ならない人間だった。否、イルーチェも頭の回転は早く、あざといところがあるが、デュランダルは遥かに上をいく。
きっとアレクセイを引き込むために、軽々しく言えないようなことをしたのだろう。静かに笑む彼に、ジュディスは肩を竦めた。

「おじさまとアレクセイがお友達だったなんてね。」
「そんなおぞましい関係になった覚えはない。あいつは妻が兄のように慕っていたから、それだけだよ。」
「妻・・・、イルーチェのお母様ね。意外だわ。昔からの知り合いなの?」
「妻はもともと貴族だからね。アレクセイは婚約者だった。」
「・・・そうなの?それならおじさまは略奪してしまった・・・ということ?」
「アレクと妻は兄妹としての感情しかなかったよ。まあ、俺は欲しいものは必ず手に入れるけどね。」

にっこりと笑う顔は甘い毒のようだ。今でもこれだけ魅力的なのだから、若い頃はさらに凄かったのだろう。手に入れる云々どころか、むしろ彼を欲しがらない女はいないのではないだろうか。

「みんなおじさまを振り返って見ているものね。」
「若い子達が、こんなおじさんの何がいいんだろうね。」

悠々と自信に満ちた足取りで歩きながら横顔を笑わせる。すると道の端にいた若い女性達が勇気づけあいながら近付き、「あ、あ、あの・・・!」とデュランダルに声をかけた。

「俺かい?」
「あ、ああ、あ、そそそうです・・・っ!」
「なにかな?」

目を優しく細め、穏やかに尋ねるデュランダルに女性達は顔を真っ赤にして言葉を失う。一人がへなへなと座り込むと、彼は長身を折り曲げ、女性の手を取った。

「大丈夫かい?」
「はっ、はい・・・っ!」
「ずいぶん顔が赤いけれど、風邪かな?」

顔が赤い理由など分かりきっているだろうに、デュランダルはへたりこんだ女性の頬に触れる。女性はぴしっと硬直してしまい、周囲の女性達は黄色い悲鳴を上げた。

「気をつけないと。今日は早く帰りなさい。」
「あ、あのっ、な、名前・・・!」
「そうだな、君のお母さんがずっと帝都で暮らしているなら聞いてみるといい。」
「え?あ、あの・・・!」
「それじゃあね。気をつけてお帰り。」

大きな手で頭を撫でると、デュランダルは軽やかに立ち上がる。そのまま去ろうとしたが、彼は「ああ、そうだ。」と立ち止まった。

「もし何かあれば、ギルド『凛々の明星』をよろしく。」

しっかり宣伝まで済ませて歩き出す。ジュディスはそれを追いながら、なんて厄介な人かしらと思った。
ギルドの面々は、皆己の魅力をよく知っている。類は友を呼ぶと言うが、見事に目を引く美形揃いの派手な面々しかいない中で、デュランダルは特に己というものを知っていた。そんな彼の自信が、彼の魅力を高めている。

「おじさまは罪な人ね。」
「そうかい?」
「彼女達、期待したのではないかしら。」

勇気を振り絞り、震えながら声をかけた彼女達に優しさの大盤振る舞い。ちらりと振り返れば、彼女達は未だにうっとりとデュランダルの背を目で追いかけている。女は妻だけと心に誓っているのだから、変に期待を持たせることはないだろうに。だがデュランダルは悪びれた様子もなかった。

「女性に優しくして損なことはないからね。世の中を動かしているのは、男に見えて、実は女性だ。」
「そうかしら。」
「流行というものを生み出す多くは女性で、それを爆発的にするのも女性だ。彼女達にはうちを流行らせてもらわなければならないからね。夢くらい見せてもバチは当たらないさ。」
「いつか刺されないといいけれど。」
「それは困る。ルーチェを泣かせるわけにはいかない。」

くすくす笑う彼の中の大半を占めるのは、今や娘のことだ。彼は自らのことを多く語らないが、娘への愛が突き抜けていることだけは、聞かなくても分かる。
ただそこに在るだけで女性を魅了する彼は、愛した女の前でどう変わるのか。ふとそんな興味が湧いた。

「・・・おじさまを射止めたイルーチェのお母様って、凄い人だったんでしょうね。」
「まあ変わり者ではあったよ。あまり気持ちは強くなかったけれど、物怖じしなくて豪胆だった。ルーチェはよく似てる。あの子は中身がまるっきり妻似だからね。」
「外見はおじさまにそっくりなのにね。」
「だから変な男に好かれるんだろうね。」
「・・・否定できないわね。」
「否定できないようなことが、旅の中であったのかい?」

やれやれと言いたげに肩を竦めるデュランダルに、「・・・解決した問題ではあるけれど。」と答える。

「その相手は死んでしまったし。」
「どちらが殺したのかな。ユーリ?それともフレン?」
「ユーリじゃないかしら。フレンも知らないわけじゃないと思うわ。」
「なるほど。ルーチェがモテるのは仕方がないからね。何せ世界一可愛いから。」
「そう言いきるおじさまは、父親の鑑ね。」

何せ妻と娘の未来を得るために、簡単に己を犠牲にしてしまえるのだ。イルーチェも真実をすべて知ってからは、何も知ろうとしなかった己を恥じ、今では娘として父を愛している。
もし彼が記憶を失わず、キュモールと相対したら、殺したのはデュランダルだったかもしれない。その光景がありありと浮かんで、ジュディスは苦笑した。



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