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ジュディスが、己の予想がいかに甘く、デュランダルの過激さを知らずにいたかを思い知ったのは、それから僅か二日後のことだった。 依頼に出ていたレイヴンが厳しい表情で帰ってきて、真っ直ぐデュランダルに近付いた。 「おかえり、ダミュロン。」 「・・・あんた何したんですか。」 開口一番、どこか責めるように問い質したレイヴンに、皆は何事かと顔を見合わせたが、デュランダルはまったく慌てる様子もなく、ティーカップを置いた。 「ダミュロン。俺はおかえりと言ったよ?」 「んなこと言ってる場合じゃ・・・!」 「ダミュロン。」 ただならぬ様子のレイヴンの言葉を遮ったデュランダルに、彼はギクリと肩を揺らす。一瞬の静寂の後、デュランダルは鋭い眼差しで見上げた。 「・・・俺は礼儀礼節を欠く人間は大嫌いだ。知らないわけじゃないね?」 「・・・知ってます。」 「そう。ならわかるね?」 「・・・ただいま戻りました。」 「よろしい。座りなさい。」 いつも飄々としているレイヴンが、まるで上官を前にしたようにかしこまったのを見て皆が言葉を失う。素直にレイヴンが座ると、デュランダルは「それで?」と問いかけた。 「俺が何だって?」 「あんた、キュモールの一族に何した?」 懐かしい名前に皆が顔を強張らせる。ジュディスはつい二日前のデュランダルとの会話を思いだし、ティーカップから指を離した。 「昨日まで何事もなかったあの家が、今日になったら一族から使用人まで皆殺しになってた。・・・あんた以外、誰がそんなことするんですか。」 「し、使用人まで・・・?ほ、本当なの?デュラン・・・。」 「馬鹿なことを。俺みたいな一般市民が、貴族様に何を出来ると言うんだい?」 「あんたじゃなきゃあんな真似できねぇよ。」 確信に満ちた言葉に皆はデュランダルへ視線を集めたが、彼はくすりと笑うだけだった。 「・・・何も使用人まで殺すことないでしょ。」 「お前はよほど俺を悪者にしたいらしいが、その貴族に狼藉を働く理由が俺にはない。」 「・・・・・・。」 「それとも・・・、・・・理由があるのか?俺がそこまでする理由が。」 「・・・俺がここで言えねえって分かってて言ってんだろ・・・!」 デュランダルがキュモールの一族を、使用人まで含めて殺す理由。それはかつてイルーチェがキュモールに乱暴されたからだ。そしてそれを知る結果を作ったのはジュディス。だがあの時、ジュディスはキュモールの名前など出さなかった。彼も探ろうとはしなかった、そう思っていたのに。 「・・・お父さん・・・。」 「うん?大丈夫だよ、喧嘩じゃないからね。」 「・・・でも・・・、私のせい・・・。」 「何がお前のせいなんだい?もしかしてその貴族とやらに何かされたかな?」 「・・・っ」 「可哀想に。だけど安心だね。『誰がやったかは知らない』が、これでもう安全じゃないか。」 傍らに立った娘に、おいでと手招く。無言で、悲しそうに顔を歪めたイルーチェは父を守るように抱きついた。 「そんな怖いことがあったなら、戸締まりは厳重にしなければならないな。そうだろう?アレク。」 「・・・ああ、そうだな。」 「大将、あんた・・・!」 「レイヴン。・・・『誰がやったかは知らない』が、終わったことならば無用な詮索はすべきではない。それは騎士団の仕事だ。」 「・・・・・・。」 「そういうことだ。さ、お前も早く食事を済ませなさい。」 話は終わりとばかりに腕に抱いた娘の頭を撫でるデュランダルに、レイヴンは納得いかないと言いたげにしていたが、長い付き合いだから彼がこの事を二度と口にしないだろうことは理解できるのだろう。キッチンに姿を消したレイヴンからデュランダルに目を向ける。すると彼はジュディスの視線に気付き、にこりと微笑んだ後---、人差し指を口元に当てた。 そして娘の耳に何事か呟く。イルーチェは心配そうにデュランダルを見上げたが、ぎこちなく微笑んだ。 仲睦まじい親子の姿を見ていると、真実など、どうであろうといいのではないかという気になる。ジュディスは部屋へ戻り、暫くしてから入浴を済ませた。 部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、デュランダルが向こうから歩いてくる。気付いた彼は「やあ。」と微笑んだ。 「こんばんは、おじさま。今からお風呂?」 「ああ。ルーチェを寝かしつけていたからね。」 「おじさまの部屋で寝ているの?」 「ああ。もう子どもじゃないのだからと言ったんだけど、一緒にいたいと可愛い娘に言われて断れる父親はいないよ。」 優しい優しい顔で、彼はイルーチェを語る。彼が唯一敵わない存在。その愛を捧げる存在。 「・・・イルーチェは可愛いものね。」 明るく、快活で、天真爛漫で、笑顔が特に可愛い。それでいて危うく、守らなければと思わせる儚さや弱さもある。あんな可愛い娘がいれば、デュランダルほどの男も瞳を蕩かして甘やかすだろう。 部屋の扉を開けようとドアノブに手をかける。すると影がかかり、見上げると身体を引き寄せられて、驚いている間にジュディスは自室に引き入れられていた。 「・・・おじさま・・・?」 「・・・泣くのかと思って。」 長い指が頬を滑り、大きな手のひらが包む。じわりと滲む彼の体温に、ジュディスは瞳を揺らした。 喉が締め付けられて、開いた唇を閉じると、手を握った。 「お前には借りがある。泣き場所にくらいなるよ。」 「・・・やっぱり、キュモールの一族を殺したのはおじさま?」 「俺は手を下してないが、そう仕向けはした。恨みを買う貴族ほど、殺しやすい相手はいない。」 「使用人まで巻き込んで?」 「名前も知らない他人に、価値があるかい?」 「・・・なら私も、おじさまには価値のない存在かしらね。まだ半年も一緒にはいない、他人も同然だもの。」 「ルーチェが大切なものは、俺にも大切だよ。」 それは結局、イルーチェにしか価値がないと言っているのと同じで、狡い交わしだ。結局彼自身の中では、価値あるものに分類されない。 「お前も俺を責めるかい?」 「・・・私が?」 きょとりと目を丸めたジュディスは、ふ、と目を細めて笑った。 「なぜ私がそんなことを気にするの?誰が死のうと、結局は他人だわ。」 これが顔見知りなら、不幸な出来事ね、くらいは思っただろう。仲間なら自ら仇を討ちに行く。だが死んだのは、大切な仲間を傷付けた男の一族と、使用人。その使用人は不幸だった。 「・・・キュモールはイルーチェを傷付けたのよ。そんな人間を生み出した人達が死んだところで、何も感じないわ。」 「・・・・・・。」 「私はそんなに優しい女じゃないわ。」 「・・・優しいだけの女はつまらないだろう。」 満足げに笑ったデュランダルの指が、再び触れる。 「お前は素晴らしい女性だよ。強く、強かで、聡明で、賢い。それでいて仲間想いで、優しいんだから。」 「おじさまに褒めてもらえるなんてね。」 「俺はお前のような女性が好きだからね。」 「・・・おじさまが一番口にしてはいけない言葉。」 己の魅力をよく理解しているくせに、彼は時々無防備にそれを振るう。おそらくその時は無意識なのだ。彼の長年の経験がそうさせる。形の良い唇に白い指を蓋をするように重ねると、デュランダルは笑みを深め、ジュディスの手を掴んだ。 微笑む唇がこめかみに触れる。髪の上からなのに、はっきりと感触が伝わり、ジュディスは目を丸めた。 「・・・気をつけるよ。おやすみ。」 くしゃりと頭を撫でて、デュランダルは部屋を出ていく。ジュディスは彼の唇が触れたこめかみに触れながら、「・・・気をつけていないじゃない。」と呟いた。 安寧を望むことこそ愚かな身の上 |