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明日も依頼があるため、イルーチェとレイヴンはその日のうちに帰ることになった。ジュディスはデュランダルと徒歩で帰ると改めて告げ、カロルに心配しないよう伝えてと頼む。二人だけで天を射る弓に行ってからなんだか元気がないレイヴンは物言いたげにデュランダルを見たが、眼差しに気付いた彼が頭を撫でてやると、結局何も言わないまま戻って行った。

「・・・レイヴンと何かあったの?」
「何もないよ。あいつのことより、お前はもっと自分を気遣いなさい。明日は一日休んでいること。いいね?」

何があったか、彼は話すつもりはないらしい。話題を変えられ、不満がないわけではなかったが、ジュディスは「・・・わかったわ。」と答えた。彼は言うべきことは答えてくれる。逆に言わないと決めたことは、よほど事態が変わらない限りはけして話さない。
レイヴンとジュディスでは、側にいる時間も違い、信頼度も違う。彼には彼にしかできない寄り添いかたがあって、それはジュディスには真似できない。

「・・・おじさまにとって、レイヴンはどんな人?」

ベッドの上に座りながら、微笑みを浮かべて尋ねる。美しい様に、デュランダルは笑みを返しながら、「・・・どんな、か。」と呟いた。

「器用貧乏で、いつもどこか危うくて、目が離せない。昔からそうだった。」
「おじさまにかかれば、レイヴンも形無しね。」
「・・・最初はね、どう苛めてやろうか考えていた。それが俺とあいつの出会いだったんだが・・・、止められてね。」
「・・・?アレクセイ?」
「いや。アレクが自らの理想を叶えるために作った小隊の隊長に選ばれた女の子だよ。」
「もしかして・・・キャナリという人?」
「知っているのか、そうだよ。迷いのない真っ直ぐな目をした子でね。融通が利かなくて、可愛い子だった。ダミュロンはキャナリをいじめようとしたんだよ。」
「レイヴンはそんなことしそうにないけれど・・・?」
「あいつも若かったんだよ。」

くすくすと笑うデュランダルに、ジュディスも寝転がりながら笑う。

「可愛いキャナリを苛めた悪い子にはお仕置きをしないと、と思ったんだが、毒気を抜かれてね。待ち構えていた俺を見たあいつの第一声が確か・・・、『でかっ!かっこいい・・・、人間・・・!?』だったな。」
「ふふ、言いそうね。」
「何だか憎めない奴だと思ったよ。あいつは騎士団に入ってから訓練を怠けていたようで、戦い方がまるでなっていなかったから、キャナリに頼まれて指南するようになった。」

脳裏に今より若い頃のダミュロンが甦る。懐かしいあの頃、妻はまだ生きていて、イルーチェもユーリもフレンも幼く、小隊の仲間がいた。

「一生懸命で、可愛かったよ。情が深いから俺がどれだけしごいても嫌いになるどころか懐いて・・・。妻は身体が弱かったから、一日の大半は寝ていて、俺は帰れば家事に育児に追われていたんだが、ダミュロンがある日言ったんだ。娘さんに会ってみたいって。」
「・・・なんだか運命的よね。あの二人は、そうなるべきだったのかしら。」
「さあ、どうだろう。ただ・・・、ルーチェはすぐ懐いて、ユーリとフレンは嫌っていたから、そうなのかもしれないな。あいつは文句を言いながら、買い出しをしてくれたり、家事をしている間はルーチェの面倒を見てくれた。」

いつの間にかいるのが当たり前になり、家族の中に溶け込んだ。彼が来ると家がパッと明るくなった。

「・・・俺にとって、家族も同然だよ。昔からね。弟というのはこんな感じだろうか、なんて考えたりもした。」
「聞いたら喜ぶわ。彼、おじさまが大好きだもの。」
「妻ともアレクとも違う。あいつを見ると、安心する。この世界にダミュロンがいる限りは、俺は大丈夫だってね。」

言葉にするのは難しいが、彼にはいつも笑っていてほしいし、幸せでいてほしい。もし彼の幸せのために、自分が死ななければならないのなら、躊躇いなく死ねるくらい、デュランダルはレイヴンを信頼するし、愛していた。

「・・・だから、ルーチェがダミュロンを選んだことも、とても嬉しかったよ。ちゃんと素晴らしい男を見つけてくれたから。」
「・・・おじさまはキューピッドね。おじさまを中心に、二人は出会って、再会して、恋をしたのだもの。」
「そんな可愛らしいものではないよ。」
「おじさまは、人に幸せを届けられる人だわ。」

横向きに寝転がり、穏やかに微笑むジュディスに、デュランダルは腹の底から何かが這い上がり、激しく尾を揺らして這いずり回るような感覚を覚えた。
垂らした彼女の長い髪が、清らかな水の流れのようで---
ひどく汚して、踏み荒らしたくなる---

「・・・お前を傷付けたのに?」

ぎしり・・・、と音を鳴らしながらベッドの端に手をつく。見下ろすジュディスの顔は平静だったが、その瞳は何かを探るようにデュランダルを見つめていた。

「俺は誰も幸せになんてしない。ダミュロンとルーチェは、結果幸せになっただけだ。」

真っ白で滑らかな肌。美しい頬に触れながら、デュランダルは目を細める。
美しいジュディス。
悩ましく、妖艶で、聡明な女。
強く、逞しく、自立した娘。
彼女のような存在は稀有だ。探しても、おそらくジュディスくらいだろう。男が喉から手が出るほど焦がれる、そんな女になれる。その足元に膝まずき、爪先に唇を触れられ、あらゆる権利を乞われる。そんな女に。

「・・・斬られて倒れた時、あなたの声が聞こえたわ。」
「------、」

服を押し上げながら腹に触れていた手を、思わず止める。ジュディスはやはり穏やかな眼差しで、デュランダルを見つめていた。

「・・・あなたのあんな焦った声は、初めて。ふふ・・・、・・・あなたにも、あんないじらしいところがあるのね。」
「・・・いじらしい。」
「ええ。・・・必死に私の名前を呼んで、抱き上げて・・・。・・・あなたほどの男性がそうするだけの価値があるのかと思うと、・・・堪らない優越感を覚えたわ。」
「・・・俺に心配をさせておきながら、そんなことを考えていたのかい?悪い子だ。」
「・・・だからお仕置きをしてと言ったの。・・・私はあなたに心配をかけて、それを楽しむような女だから・・・。」
「なるほど。・・・確かに、それはお仕置きが必要だ。」
「・・・ふふ、だって急所はきちんと外したもの。私が急所を晒すのは、・・・あなたにだけ。」
「俺はそれだけの男だと、お前に認めてもらえているということかな?」

下着ごと服を上へ押し上げると、上部が押さえられ、胸が上向く。大きな手で左胸を撫でると、ジュディスはぴくりと眉間を揺らした。

「・・・私、セックスが楽しいと思ったことはなかったわ・・・。ただそういうことが必要な時もあると思っていただけで・・・。」
「寂しいことを言うものだ。」
「・・・でもおじさまのせいで・・・すっかり大好きになってしまったわ。おじさまがあんまり気持ちよくするから・・・。」
「こんな風に?」
「ぁ・・・、」

胸の先を焦らすように摘ままれて、堪らず腰を揺らす。下肢が濡れ出す感覚にデュランダルの服に手をかけると、彼は「・・・駄目だよ。」と笑った。

「まだ大人しくしていないと。」
「・・・あん・・・、だ、って・・・そんなことされたら・・・濡れちゃう・・・。」
「嘘をつくな。・・・もうとっくに濡らしているくせに。」
「・・・っ、ん・・・!おじさま・・・、い、弄って・・・お願い・・・」
「・・・お仕置きが欲しかったんだろう?」

薄い腹を撫でるだけの指に、意地悪な声に、ぞくぞくと身体が震え上がる。

「お前は明日も大人しくしていなさい。もちろん今夜もだ。自分で慰めてもいけない。いいね?」
「・・・一番ひどいお仕置きをするのね・・・。」
「そういう選択をする男の相手を望んでいるのはお前だろう?」
「・・・だって私はいい子じゃないもの。」

あなたといるためには、いい子でなんていられない。平気な顔で、人の四肢を斬り落とし、首を切り札にするような残酷な人でもあるあなたに、ついてはいけない。

「・・・トレーニングでもしようかしら。おじさまの絶倫具合についていけるように。」
「ええ・・・?俺はどちらかといえば、あまり鍛えていないほうがいいんだが・・・。」
「おじさまが細いから、必死なのよ。」
「お前は痩せすぎだ。俺はもう少しふくよかなほうがいい。」
「絶対に嫌。」
「残念だ・・・。」

心底残念そうなデュランダルにくすくすと笑う。身体の奥では、燻る熱が解放を求めて疼いていた。




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