挨拶してから、先生に家を案内してもらっていたが、急に先生の携帯電話が鳴り、慌てて仕事部屋に行く先生を見送った。
先生に渡されたテレビのリモコンでテレビをつけ、眺めてから既に数時間が経過している。
とりあえず困っている事がひとつ。
「服がない」
元の姿の服は、おそらく無花果さんに回収されたのだろう。
今は病院で着る薄緑色の検査服を着ているが、寝ているうちに汗をかいたのか、ベタベタしているようで、正直着替えたい。
だが服がないとお風呂に入れない。
お風呂入りたい。
季節は冬のようで、窓際からは冷たい冷気が感じられる。
床暖房なこの高級マンションでもたまに肌寒いので、外はとっても寒そうだ。
「服...お風呂...」
いきなり初対面の人にお願いをするのは気まずい。
が、20年以上日本人として暮らしてきた身としては、気まずくてもお願いしてしまいたい。
先生が忙しいなら、自分でまず出来ることを何とかしようと思った。
「とりあえずお風呂...」
リビングルームの扉を開け、一度案内された洗面台がある、バスルームへ向かう。
ちょうどいい高さに置いてあるバスタオルを見つけたので、服を脱ぎ、バスルームに入った。
服は最悪そのまま着ればなんとかなる。
バスルームに暖房はきいておらず、広がる冷気に身震いした。
シャワーを浴びようとして、改めて鏡に写る自分の姿をまじまじと見つめる。
病院でも感じていたが、本当に小さい。
実家のアルバムに写る幼少期の自分そのままだ。
唯一違うとすれば瞳の色だろうか。
焦げ茶色だった瞳は深い群青色になり、まるで西洋人形の瞳のようだ。
「へっくしゅんっ」
寒いので、とりあえず温まろう。
シャワーヘッドは手が届かないので、下の蛇口でお湯を浴びる。
「気持ちいい〜」
充分に温まった後、シャンプーはあるかな、と回りを見渡すとそれらしきものを見つけた。
が、先生が使用するからか、とても高い位置に置いてある。
とれるか!いやとるしかない。
浴室の台に上がり、無理矢理手を伸ばす。
しかしそこはお約束のようで。
「あ」
つるっと足が滑り、浴槽側に大きな音をたてながら転倒してしまった。
やばい、と思った束の間。
「ひよりさん!?...これは」
「すみません!すみません!」
慌てて風呂場に顔を出した寂雷先生に危ない部分を隠しながら謝るしかなかった。
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「はい、これで赤くなった所を冷やして」
「すみません...」
先生は驚き半分、焦り半分の表情を浮かべつつ、転倒した私を浴槽から抱えあげ、バスタオルでくるんで、リビングまで運んでくれた。
体を拭いた後は、怪我をしていないか問診され、血も出ておらず、頭は打ってなかった事から、転んだ部位を冷やすように、とアイスノンを渡され、現在に至る。
よくよく考えてみれば、勝手に家の風呂使われたら怒る気もする。
口数が少ない先生に焦り、思わず声が震える。
見捨てられるかもしれない気持ちでいっぱいになり、先生の顔を見ることもできない。
「本当にすみませんでした...」
「ひよりさん、顔をあげて」
「!...すみません」
恐る恐る見上げると、先生は優しげに笑っていた。
「君が無事でよかった。さっきは急な電話でね、私の方こそ申し訳ない」
「そんな!私が悪いんです...謝らないでください」
「うーん、そうだな。じゃあ、もう謝るのはよそう。ただ、君が謝る必要もなくなったという事で。...君が無事でいてくれて良かった」
「すみま...助けていただいて、ありがとう...ございます」
「うん、どういたしまして」
先生はよくできました、と頭を撫でてくれた。
先生から見た私は今は子どもであって、成人女性ではない。
子どもを安心させるためか、綺麗な容姿との距離感が近くて、ドキドキしてしまう。
「お風呂は後でまた入り直すとして、とりあえず服かな」
「あ...助かります」
正直あの検査服はもう着たくない。
バスタオルの内側は何も纏っていないので、心もとなかった。
「知り合いにつてがあってね。今日中には用意できると思うから、待っててくれるかい?」
「ありがとうございます」
それまではバスタオルマンとしてリビングで大人しくしていよう。
大きなソファに座り、隣で電話をかけ始める先生を眺める。
「...ああ、私だ。君にお願いしたいことがあってね。...君のプロデュースしているブランドに確か子ども服があったと思うのだけど、何点か見繕ってくれないかい?...ああ、親戚の子どもを預かっていてね...うん女の子で...歳?歳は...」
話ながらこちらを見つめてくる先生に「(おそらく)5歳です」と話す。
「5歳だね...ああ、わかったよ。...じゃあ、また後で」
電話を切った先生は、一息つきながら、どうやら大丈夫そうだと話してくれた。
知り合いが用意してくれる事になったが、条件があるようで、直接この先生の家に届けにくるらしい。
「私の親戚の子どもという事でよろしくね。鋭い彼は見抜いてしまうかもしれないが、君は賢いからきっと大丈夫だ」
「!はい、頑張ります」
意気込む私に笑いながら力まなくていいよ、と頭を撫でる先生。
頭を撫でるのは癖なのかもしれない。
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電話から4〜5時間だろうか、来客を告げるチャイムか鳴った。
迎えに行ってくるね。とリビングを出た先生を見送って数分後、
突如バタバタバタと大きな足音な聞こえ、廊下の方向を見る。
そのタイミングでバタン、と扉が開き、目に飛び込んできたのは人工的なピンク色。
「あー!本当に女の子がいる!かわいい!」
「飴村くん!彼女が驚くから少し落ち着いて」
「えー?だって寂雷の身内に女の子がいるなんて初耳だし!まさかこんな可愛いおねーさんだとはね〜あ、僕は飴村乱数!よろしくね!」
部屋に飛び込んできた少年?は持っていた大量の紙袋を床に下ろし、私がいるソファまで近づき、話しかけてきた。
この世界の男性はイケメンしかいないのだろうか?
驚きで言葉が出ず、少年に近づいてきた先生に向かって手を伸ばしてしまった。
「せ、先生」
「! ああ、大丈夫。彼は私の友人の飴村君だよ」
安心させるためか、近くまで来てくれた先生の白衣の裾を握り、大きく深呼吸。
オーライもう大丈夫。
あちゃー、と苦笑いしてる飴村さんにおそらくひきつってしまったが、笑って自己紹介。
「はじめまして、ひよりです」
「! うん、はじめまして!」
初手は躓いてしまったが、気にしないでくれるみたいだ。
コミュ力全開なタイプで助かった。
「さて飴村君、服を選ぼうか」
「あー!そうだね、忘れてた!僕がもーっと可愛くしてあげるね〜ひよりちゃん!」
飴村さんのくるくるまわる表情は猫のようで、面白い。
お近づきの印に、と手渡されたロリポップキャンディーを舐めながら、飴村さんの様子を観察する。
「うーん、これとか、ひよりちゃんのサイズにぴったりかも!」
たくさんある紙袋はすべて子ども服らしい。
高かったんじゃ、と焦ったが、飴村さんはデザイナーらしく、サンプルの余りだから気にしないで!と笑ってくれた。
とってもいい人だ。
渡してくれたハラジュクスタイルな子ども服に冷や汗は流れたが、そう思った。
うん、例え子ども全開なデザインでも、ただでもらえるんだ。有難い。
「うーん...ひよりちゃん、こういうのよりも大人っぽいのがいい?」
「え!?いや、そんな」
思わず顔に出てしまったのか、首を横にふる。
文句が言える立場ではないのだ、大人しく肯定するのが正解だろう。
「ひよりさんは、こういった服が似合いそうだ」
「あ〜お姫様っぽいやつ!そこに入ってたんだ〜寂雷ナイス!」
可愛い。
先生が手渡してくれたシンプルなワンピースがふわりと揺れる。
小さなリボンやレースをあしらったワンピースは生地もスベスベとしていて柔らかく、着心地も良さそう。
「これが、いいです」
「うんうん!じゃあ早速着てみよっかー!あ、下着はこの袋に入ってるから好きなの着てみてね〜」
「何から何までありがとうございます、飴村さん」
「ん!乱数でいいよ?どういたしまして!」
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飴村さん改め乱数さんから他の服も見繕ってもらい、改めてお礼を言った。
「いーのいーの!アイツの面白い顔も見れたし!またね、ひよりちゃん!」
先生の面白い顔?
そんな変わった様子は見られなかったが、私が着替えている時に何かあったのだようか。
悶々と考える私の頭を乱数さんは優しく撫でて、ばいばーい!と先生の家から出て行った。
まるで嵐のような人だ。
乱数さんを外まで見送った先生が戻るまで、見送った廊下で座り込む。
外はあっという間に夜を迎えていた。
「ひよりさん、お疲れ様」
「!いえ、洋服、ありがとうございました」
改めてお礼を言うと先生は優しく笑って、私の体を抱き上げた。
おそらく190はあるだろう長身から見える視点に思わずその腕にしがみつく。
「さあ、そろそろお風呂に入って、おやすみの時間だ」
今更ながら、先生にとって私は5歳時なんだよね。
優しくされて嬉しい半面、恥ずかしい半面のまま、一日目はあっという間に過ぎていったのである。
ちなみにお風呂はどうしたって?
全力で拒否って浴槽内でシャワーを浴びさせてもらいました!