春に笑う白雪
注意
・ルキア成り代わりなので、ルキアは出ません
・一護は霊力を失ってる設定








僕は今、悩んでいた。
それはつい先程浮竹隊長より賜った話について、だ。


─────十三番隊副隊長への昇進。


僕の実力が認めて貰えたのなら、これ以上なんてない話だ。会えるなら、一護に自慢してやりたいぐらい。
…だが、嬉しいのと実際にその位に就くのとは、大きな隔たりがある。


『……散歩にでも行くか』


何時までも暗い顔で隊舎には居られない。僕は気持ちを切り替える為、外に足を向けた。
雪が積もる道を、外套とマフラーをしっかりと身に着けて、歩く。


行き交う人のない、独りぼっちの白銀の世界。


さく、さく、とまっさらな雪を踏みつけ足跡を付けるのは、何でもない事だというのに楽しかった。
未だ降り続ける雪をぼんやりと見つめながら、行く宛もなく歩く。
それはそうだ、これは散歩なのだから。無理に行き先を決める必要もない。
ふらふらと雪に埋もれた道を歩いて、歩き続けた。
そして現れたものに、ぴたりと足が止まる。


『………何をしておられるのです』


寒いのは苦手な癖に、そんな所で。
外套を羽織った細身の彼は、今気付いたと言わんばかりの表情で僕を見下ろした


「雪を見てた。…そしたら、湯たんぽが来たって訳だが」


『…僕は湯たんぽじゃありませんよ、檜佐木副隊長』


「俺専用の湯たんぽだろ。上がれよ、茶の用意は出来てる」


そう言って、彼は踵を返した。
…何時、僕が此処に向かっていると気付いたのだろう。自分でも意識せずに訪れてしまった九番隊舎の前で、ほんの少し立ち尽くす。
だが縁側に上がった副隊長が此方を振り向いているのを見て、僕は慌ててそちらに向かった。
ぱたぱたと外套とマフラーに付いた雪を払い、縁側に上がる。
そのまま、真っ直ぐに進んだ先にある部屋に入った檜佐木副隊長の後を追った。


「あー、寒い。なんで冬ってヤツはこんなに寒いんだろうな」


『それは、まぁ…冬ですから』


「外套とマフラー寄越せ」


『ありがとうございます』


「適当に座って、茶淹れといてくれ」


『はい』


部屋に入った副隊長は、僕の防寒着を部屋の端にある着物掛けに預け、自分も外套を脱ぐ。
何時もの袖のない死覇装の下には、現世でいうタートルネックの黒い長袖を着込んでいるのが見えて、僕は笑みを堪えた。
この人は見掛けに似合わず寒さに弱い。猫みたいな人だと前から思っていたが、まさかそこまで猫と同じとは。まぁ見掛けとは言っても、彼は始解の関係で袖のある死覇装を着られないのだが。
片付けを終えた副隊長が、僕の隣に腰を降ろした。


「やっぱり外は冷える。…お前、寒くねぇの?」


『寒いですよ。ですが、この程度なら袖白雪で慣れています』


「ふぅん…寒さに常に当てられるなんて、氷雪系じゃなくて良かったわ、俺」


『副隊長は冷たいのが苦手ですもんね』


お茶を淹れた黒の湯飲みをそっと差し出す。礼を言いながら受け取った指先は冷えきっていて、暖房の温度を上げてはどうかと思った。


『副隊長、このままでは風邪を引きます。何か羽織るものは…』


「此処にあんだろ、湯たんぽ」


『うわっ』


隣からぎゅうっと抱き締められて、流石に吃驚した。
硬直した僕を宥める様に、冷たい手が髪を撫でる。その手付きに安心して身体から力が抜けると、頭に顎が乗せられた


「…湯たんぽ。何を悩んでるんだ?」


『……湯たんぽじゃありません』


低く静かな声は、耳に心地好い。
この人の心臓の音を聴いていると、心が穏やかになる。
長い腕に包まれるのは、心臓が駆け足になるものの、酷く心が落ち着く。


離して欲しい。でも離さないで欲しい。


毎回こうだ、檜佐木副隊長の気紛れに遭遇する度に、僕の心は掻き乱される。
俺専用の湯たんぽ、とか。きっと、そういう何気無く発したのであろう一言に、僕が乱されている事なんて、この人は知らないのだ


『…何故、僕が悩んでいると思われたのですか?』


「顔。死にそうな顔してたから」


…他に言い方はないのか、この男。
野良猫の様に愛想のない男にむっと眉を寄せつつ、僕はゆっくりと息を吐く。
目を閉じて浮かぶのは浮竹隊長の言葉。それと、あの人の笑顔。
胸がずきりと痛み、僕は目を開けた。
映るのは死覇装の黒。その黒に、自分の手を添える


『…副隊長にならないかと、お話を頂きました』


「浮竹隊長からか」


『はい』


「……それで?お前は断りてぇのか?」


淡々とした問いに、一度言葉を止めた


『……判りません』


逃げる様に、目を閉ざす。
本心だった。これが、本音だった。


『確かに、お話自体は嬉しいのです。僕の力を評価して下さったのだと、誇らしく思えます。
ですが…海燕殿と同じ位に僕が就くのは、あの方の存在を否定するかの様で……』


「………」


『……海燕殿を刺してしまった僕は、副隊長には相応しくないと思えるのです』


あの日、僕があの方の命を奪った。そして敵として現れた彼を再び、僕が殺めた。
殺した事で僕が海燕殿を救ったなどとは、口が裂けても言えぬ事。


助けられてなんかいなかった。
救えてなんかいなかった。


僕はただ、身勝手な妄想を抱いて生き続けていただけだ。押し潰されそうな罪の意識から、逃げていただけなのだ。
俯いた僕の背を静かに撫でながら、檜佐木副隊長が呟いた


「……本当に、それだけか?」


『え…』


それだけとは、どういう事だろう。
ゆっくりと視線を上げる。
交わった鋭い青灰が、静かに眇められた


「…お前、海燕さんの事好きだろ」


─────言葉を失った。
その原因は、未だに胸に燻る、淡いもの。


焦がれてはいけない人だった。手を伸ばしても、届く筈のない人だった。


そんな事、彼女を見た時から理解していた。


志波都殿。
海燕殿の、奥方。


女だてらに三席の座に就いていた、強くて優しかった人。こんな僕にも良くしてくれた方。
二人が並んだ光景は、誰かが割り込む余地など無いのだと周りに知らしめていた。
僕は、二人が笑っているのを見るのが好きだった。十三隊で過ごす、賑やかで、穏やかな日々が好きだった。
二人の仲を壊す気なんてなかったから、この胸で燻るものなど、一生告げる気などなかった。
そしてこの気持ちを彼に伝える事もなく、四十余年が経つ。
─────でも、まだそれは色褪せず、勢いは弱まっているとはいえ、心の隅に、今も微かに残っているのだ。
まるで、得られぬものをせがむ子供の駄々の様に。心の隅っこで埃を被った、幼子の様な稚拙な恋心が


…だからといって、この気持ちは誰かに簡単にバレて良いものなどでは決してない


『………な、んで…そんな事を』


誤魔化そうとした。取り繕って笑おうとした。
けれど、この人にそんな嘘は通じない。
何十年も見てきたから知っている。この人のこの目は、嘘を見透かしてしまうという事を


「……何十年、俺がお前を見てきたと思ってる」


『え……』


低く吐き出された声に、妙に鼓動が跳ねた。
俺がお前を見てきた、なんて。
何で。何でそんな、含みのある言い方を…
騒ぎだした心臓を落ち着かせようと、深く息をする。そんな僕を見下ろしながら、檜佐木副隊長は薄い唇を開いた


「独月、お前の好きにすれば良い。副隊長になって一歩踏み出すか、断ってその場で留まり続けるのか」


黒猫の様な人は、僕を見てそう告げた。
それからぐいっと僕の身体が後ろに倒される。畳の上にごろりと転がった副隊長は、近くにあった毛布を引き寄せた


『な、何するんですか…』


吃驚した。
突然前触れもなく押し倒されたから、凄く吃驚した。
ドキドキと慌ただしい胸元を押さえていれば、長い腕が身体に回される。
鍛えられた胸板に僕の顔を押し付けて、毛布を掛けてきたかと思えば、彼はしれっとした顔でこう言った


「昼寝だ。湯たんぽがあるなら、やるのはそれしかねぇだろう」


『いや、仕事…』


「おやすみ」


『え』


僕の主張をまるっと無視した檜佐木副隊長は、寝る挨拶を一方的にして、目を閉じてしまった。


…え、嘘。本当に寝るの?


しっかりと僕を抱き込んで、そのまま動かなくなってしまった副隊長に慌てる。
ちょっと待て、僕は散歩で此処に来てしまっただけで、まだ仕事が終わった訳じゃないのだ。


『ふ、副隊長…!!』


なんとか拘束から抜け出そうとするものの、しなやかな筋肉の乗った腕はびくともしない。
幾ら細身でも、この人は男だ。僕よりも力が強くて当然なのである。
何度押そうと動かない腕に溜息を溢し、僕は動くのを止めた。
抵抗を止めた訳ではない。無駄な体力を使うのを止めただけ。
目の前の死覇装の黒を睨み付けながら、僕はどうしてやろうかと知恵を巡らせた。
まだ起きているであろう副隊長が腕を退けてくれなければ、僕は十三番隊に戻れない。
動かないのであれば、最終殴るか、蹴るか…と思案していると、不意に胸元に震動がきた。
伝令神機を取り出して、画面を見る。
どうやら電子書簡を通知した様で、僕は虎徹三席からのそれを開いた。
タイミング良く来た話の内容に、思わず顔を顰める。


〔今皆休憩に入ったから、朽木もちゃんと休んでね!檜佐木副隊長にヨロシク!〕


『………何故だ』


何故僕が副隊長に会う事が前提で送られているのだろうか、この文は。
いや、会ったけど。何時も通りこの人は惰眠を貪りに掛かっているけども。
でも、何時も会おうと思っている訳じゃないのに。副隊長がふらりと現れるか、僕が行った先に副隊長が居るかのどちらかだというのに。
何となく釈然としないまま、伝令神機を仕舞った。


『………』


どうしようか、これで僕が此処から抜け出す理由もなくなってしまった。
無理矢理脱出しなくても良くなってしまった腕の中で、僕は余分に入っていた身体の力を抜く。
こつんと額を胸に預け、静かに目を細めた。


此処は、酷く安心する場所だ。


暖かくて、良い香りがして、落ち着く。
心臓は駆け足で足踏みを繰り返すけれど、心が休まるのは確かだ。
このしなやかな檻の中ならば、僕の陰口も聞こえない。妬む視線も、恨む声も届かない。


─────朽木のコネで、隊長達に近付く女。


そんな悪口なんて聞き飽きているし、聞いた所で、心のさもしい奴だと憐れみの気持ちしか浮かばない。
…だが、そういう輩から見れば、この光景も僕が檜佐木副隊長に近付いたのだと、見えるのだろうか。
何とも言えぬ気持ちになって、広い胸にぐりぐりと額を押し付ける。
すると応える様に腕に力が込められて、また意味もなく鼓動が跳ねた。


『ひ、檜佐木副隊長…?』


だが返事はない。
頭の上からは穏やかな呼吸だけが聞こえてきて、僕は一人眉を寄せた。


何なの?なんでこう、この人は…!!


何時もそうだ。この人は僕を引っ掻き回して、そのまま放り出す。
好きな様に構うだけだから、この人は何ともないのだ。何時だって慌てているのは僕だけ、で。


『……悔しい』


檜佐木副隊長も、一度こんな思いをしてみれば良いのだ。そうすれば、きっともうこんな事をしなくなるだろう。
そこまで考えて、ふと思考が止まる。


『……有り得ぬ』


…もうこんな事をして貰えなくなったら、寂しい、なんて。
アレだ、こんなの気の迷いだ。
ぶんぶんと首を横に振って、僕は目を閉じた。
もう良い。もう寝てしまおう。
こんな体勢でうだうだ考えているから、変な事を考えてしまうんだ。
目を閉じて動きを止めてしまえば、心地好い温もりに意識が溶けていく。


『………おやすみ、なさい…』















『恋次!何処だ、恋次ー!!』


馴染みのない名が何度も鼓膜を叩き、俺は微睡みから引き摺り戻された。
頭を掻きながら木の上で身を起こし、煩わしさに顔を顰める。


折角の人の眠りを邪魔するたぁ、良い度胸だ。


声の主はどんどん此方に近付いてくる。そして片方だけ木の上からはみ出した俺の足に気付いたのか、声は怒りを孕んだものになった


『見付けたぞ、恋次!貴様、あれ程入学式の時間を忘れるなと…』


「─────誰だよ、レンジって」


騒ぐ声の主の前に、頭上から飛び降りて着地してやった。レンジレンジと喧しいそいつを見て、俺は一度目を瞬かせる。
陽を浴びてきらきらと輝く銀髪。左右で違う瞳の色。
なかなか遭遇しないであろうその配色の女に少しばかり驚かされ、それから俺は、動揺を隠して問い掛けた


「入学式って事は、一年か?」


『え?あ、ああ……貴様は?』


「今日からってのは一緒だ」


通常ならこいつと同じ様に一年だった訳だが。
疑問符を浮かべる小柄な女の頭を数回撫でて、それから俺は、捜しものは良いのかと問い掛ける


「レンジってのは、捜さなくて良いのかい?」


『あ!』


捜しものをすっかり忘れていたらしい銀髪は大きな声を上げ、辺りをキョロキョロと見回した。
だがその程度で見付かる様な場所に居なかったらしく、銀髪は肩を落とす。


『……もう知らぬ。あの様な莫迦者など』


「彼氏か?」


『あんな戯けが彼氏なものか!幼馴染だ、腐れ縁に近いがな』


ふん、と鼻を鳴らす銀髪にそうかと返し、俺は欠伸を漏らした。陽の高さからして、そろそろ霊術院に向かった方が良い時間帯だろう。
俺は未だに怒っている銀髪の肩を軽く叩き、霊術院の方角を顎で指した。


「そろそろ行かねぇと、間に合わなくなるぜ。入学式、なんだろ?」


『ああ。…そうだ、まだ名乗っていなかったな』


思い出した様にそう言って、銀髪は佇まいを正した。凛とした空藤が、俺を射抜く。


『僕は独月。桜花独月だ』


「……檜佐木修兵。これも何かの縁だ、仲良くやろうぜ」


この話し方に振る舞い方、大方何処かの貴族の子だろう。それなのに流魂街を歩き回るとは、変わった奴。
お貴族サマってヤツは、俺達流魂街の人間と関わる事を嫌うってのに。


「アンタ、貴族だろう?わざわざこんな所に来るとは、変わってるな」


教科書を入れた包みを背負いながらそう言うと、桜花は怪訝そうな顔をした。
それから俺を見上げ、眉を寄せる


『僕は貴族ではない。此処に住んでいる者だ』


「あ?…お前が、戌吊に?」


…意外過ぎる。
嘘かと一瞬疑ったが、その瞳があまりにも堂々としていたから、疑う事すら馬鹿馬鹿しく思えた。
それにしても、こんなに流魂街に合わねぇ奴が居るとは。妙な所で感心している俺の方を見た桜花は、中性的な声で促した


『…では、行くか。このままでは僕達も入学式に間に合わなくなってしまう』


どうやら此方を同じ一回生だと判断したらしい桜花に、沸き上がる笑みを隠した。
こいつが俺を六回生だと知ったら、一体どんな反応をするのか。
それが楽しみで仕方がない。


─────思えばこの時既に、俺は独月を気に入っていたのだ。


どうせなら、俺も一回生として入れば良かった、なんて考える程度に。













霊術院の入学試験を二度落ちて、今回が三度目。やっと手にした合格だった。
入学資格を手にした俺は、一回生ではなく六回生に編入した。
理由なんて大したモンじゃない。
ただ、俺を馬鹿にした周りの奴を見返してやりたくて。
早く死神になりたくて。
…そんな下らねぇ理由で、異例と言われる六回生編入を果たしたのだと言ったら、こいつはどう思うんだろうか


『……知りませんでしたけど。六回生だなんて』


「言わなかったか?」


『ええ、一言も』


久々に見た銀色の言葉は刺々しい。
どうやら俺が六回生だと言わなかった事が、余程腹立たしい様だった。
眉間に皺を寄せる女を寝転がったまま見上げつつ、俺は顔に被せていた教科書に目を向ける。
真新しい表紙を見つめながら、ぽんぽんと隣を叩いた


「座れよ。此処、木陰で昼寝には丁度良いんだ」


『…失礼します』


素直に桜花が腰を降ろす。そのまま黙り込んだ銀色を横目で捉えつつ、身体を横向きにして、肘を着いた手を枕にした俺は、教科書をパラパラと捲った。
木陰を作っている桜の木は、夏に向けて葉を繁らせている。
時折頬を撫でる風に目を細めていれば、隣に座った桜花がぽつりと声を発した


『……二組、でした』


「……そうか」


そう告げた声は、酷く沈んでいた


『…正直、一組に入れると思っていました。でも僕は二組で…恋次は、一組でした』


レンジという単語に俺は目を細める。
あの日聞いた名前。確かそれは、こいつの幼馴染だった筈だ。
そのレンジとやらがどんな奴かは知らねぇが、膝を抱えてしまった桜花を放っておく事は、俺には出来なかった


…それは、二回試験に落ちた俺とこいつが重なるからなのか


「…知ってるか、桜花」


『……何をですか』


膝に顔を埋めたままで返事をする銀髪をちらりと見て、俺は頭上に目をやった。
木漏れ日が降り注ぐ光景は爽やかさと共に、少しの暑さを醸し出す。もう少しすれば、季節は変わる。あっという間に夏がやって来るんだろう。
肘を着いた手で頭を支えたまま、俺は口を開く


「今年の六回生筆頭はな、二回入試に落ちてるんだ」


『え……』


一文字が零れ落ちただけの反応でも十分だった。ゆっくりと顔を上げたであろう桜花に目を向けぬまま、俺は言葉を続ける


「三度目の正直ってヤツで、そいつは受かった。…そいつと比べたら、一発合格しただけ凄ぇんじゃねぇの?」


周りと自分を比べた時に感じる劣等感は、嫌という程知っている。
逃げ出したくなる苦痛も、投げ出したくなる悲しみも知っている。
だから、少しでも励ましてやりたいと思った。


「入ったモン勝ちだろ。弱点なんて、これから補っちまえば良いんだからよ」


たとえ二組だろうが、これから一組に編入する事だって出来る。
それか、二組でトップの成績を取り続ければ良い。そうすれば、一組の下位の奴より評価が高くなるから。
互いにまだ、入学したばかりなのだ。特にこいつは一回生、これからどうにだって出来るだろう。


結局は、努力したいと思える目的があるかどうかなのだから。


言い終えた所で目を向ければ、空藤の瞳は真っ直ぐに此方に向けられていた。
三角座りから正座へと姿勢を正した桜花が、大きな目を細める。


『……ありがとうございます、檜佐木先輩』


「…どーいたしまして」


その瞳に宿る光は強い。
どうやら大丈夫そうだと内心笑って、俺は仰向けになった。
丁度良い枕の上で位置を微調整して、絶妙な位置に嵌まった所で目を閉じる。


「俺は寝るぞ。一時間経ったら起こせ」


『え?いや、あの…』


「足は崩しても良い。だが俺の目が覚めねぇ様に、こっそりと崩せ」


『いや、だから…なんで僕の膝を使ってるんですか…』


困惑した声に、そっと目を開ける。視界に入った逆さまの女は頼りねぇ顔をしていて、俺は口角を上げた


「悩みに乗ってやった。あと丁度良さそうな枕だったから」


『…そんな理由で女性の膝を…』


「良いだろ。…ああ、他の奴が来たら俺の顔に教科書被せとけ。寝顔を見られるのは好きじゃねぇ」


『なんで僕がそこまで…』


後輩のぼやきを黙殺し、俺は再び目を閉じた。
閉ざされた視界の中で、ふとこいつが沈んでいた理由を思い出す


「放課後、第一修業場に来い。…自主練、付き合ってやる」


二組になったという事は、特筆する何かがない、若しくは足りなかったという事。
それならば、鍛えれば良い。白打だろうが鬼道だろうが斬術だろうが歩法だろうが、何でも良い。
何か一つ、鍛え上げてしまえば。
そうすれば、もう組を負い目に感じる事はなくなる筈だ


『…宜しいのですか?』


「ただの気紛れだよ。俺が面倒見てやる事なんか滅多にねぇからな、有り難く受け取っとけ」


困惑した声にそう吐き捨てる。
普段なら、こんなのは放っておく性質だ。
一組に上がれねぇのは、てめぇの努力が足りねぇから。そう切り捨てる性格だと、把握している。
だがこいつをそんな言葉で捨てねぇのは、何故なのか。
情が湧いたか、それとも同情か。はたまた別の理由か。
そんな言葉をつらつらと脳裏に並べ、下らねぇと一蹴する。


─────理由なんてどうでも良い。


重要なのは、俺がこの女を嫌じゃねぇと─────放っておけねぇと、感じている事なんだから


『…ありがとうございます』


控えめな声で降ってきた感謝の言葉に、一つ頷いて返す


「ん。じゃあ寝る。一時間後に起こせ」


『はい。……おやすみ、なさい』


目蓋の裏で無表情が笑っている様を想像して、俺は思わず笑った。















『ひ…檜佐木先輩っ!!』


泣きそうな顔で駆け寄ってきた銀髪に、俺はひらひらと手を振った。


「よぉ、桜花。なんつーツラしてんだよ」


現世実習の直ぐ後。顔の右半分を覆う包帯はやはり刺激が強過ぎたのか、桜花はぐっと眉を寄せて俺を見ている


『…先輩、右目は…』


「無事だ。顔の皮を裂かれただけ、らしいからな」


たとえ眼球に傷が付いていたとしても、四番隊直々の治療ならば治るだろうとも思うが。
だから安心しろと銀髪の上にぽんと手を乗せれば、桜花の顔がみるみる内にぐしゃぐしゃになった。それでも声一つ漏らさず、涙を堪える姿に思わず笑みが零れる


「ひっでぇツラ。…泣きてぇ時はちゃんと泣け」


心配してくれたのなら、素直にその感情をぶつけてくれれば良い。怒りが沸いたなら、その涙と共に撒き散らせば良い。
だが桜花の口から零れたのは、酷く細い途切れ途切れの声だった


『…ひ、ひさぎ、先輩…よかった…!!』


その言葉を皮切りとする様に、きつく閉じられた双眸からぽたぽたと涙が零れ落ちていく。


『よかった…せんぱい、生きてた…!』


嗚咽を溢しながら、それでも必死に息を詰めて涙を堪えようとする姿に、次に零れたのは呆れだった


「…ブサイク」


俺以外の誰も、この部屋には居ねぇってのに。
下手な泣き方しか出来ねぇ女を引き寄せて、胸に顔を押し付けた


「下手くそだな、泣き方」


『……うぅ…』


「泣け。ちゃんと声出せ。俺は、生きてるから」


ぽんぽんと艶のある髪を撫でながら、優しく声を掛けてやる。軈て桜花は俺の胸元を握り締め、背を震わせて泣き始めた。
声を出して泣く女に目を細めつつ、細い背を撫でる。


『あ、あ…あああああ……っ!!』


色気も女らしさもねぇ獣の声だが、何故かそれを聞く俺の心は穏やかになっていく。
六回生筆頭というちんけなプライドを粉々にされ、目の前で同期を殺され、大怪我を負わされ。


…これなら、死んだ方がマシだと思った。


ずたずたに引き裂かれた心はそれでも、この女の涙のお陰で崩壊を免れていた。


「………ありがとな、心配してくれて」


生きていた事を、此処まで喜んでくれるなら。
こんな俺の為に、泣いてくれるのなら。
それならば、少しでも報いてやりてぇと、思う。
この小さな女が泣かなくて済むのなら、俺はもっと強くなろう。こいつが崩れそうな時、俺が支えになれる様に。
綺麗な銀髪を撫でながら、俺はひっそりと心に決めた。













俺が大怪我を負って、数ヵ月。
あの日誘ってから、ほぼ毎日放課後一緒に自主練している桜花は、今日も修業場にやって来た。


「縛道の六十二・百歩欄干!」


的に向かって光る杭を投げ付け、それがしっかりと分裂した事に満足する。一先ずは合格かと浅く息を吐き、それから隣で赤火砲を盛大に壁にぶつけやがった銀髪を見る。


「おい、集中出来ねぇなら止めろ。壁壊す気か」


練習に集中出来ないのなら、それはただの無駄だ。だから止めろと声を掛ければ、桜花は小さく肩を揺らした。
それから此方に目を向けて、気まずそうに頭を下げる


『…すみません』


謝る姿にも覇気がない。こりゃ重症かと溜息を吐き、俺は包みの傍に置いてあった竹筒を差し出した。


「座れ。飲め」


『…ありがとうございます』


おずおずと竹筒を受け取って、桜花はその場に座った。それを見下ろしながら、俺は桜花が水を一口飲んだのを見計らって問い掛ける


「何かあったのか?」


『……何故です?』


「死にそうな顔してる」


普段の無表情ではなく、何処と無く青い顔をしている気がするのだ。そんな顔で霊圧を乱していれば、誰だって心配するだろう。
隣に腰を降ろし、胡座をかいた太股の上で頬杖を着く。そのままの状態で視線を流せば、両手で竹筒を包み込んだ桜花がゆっくりと口を開いた。


『…朽木家に養子に入らぬかと、お話を頂きました』


「……朽木?四大貴族のか?」


『はい』


朽木といえば、この尸魂界で絶大な影響力を持つ四大貴族の一つだ。瀞霊廷に巨大な屋敷を持ち、護廷十三隊にも数々の人材を輩出している。
…そんな家が、流魂街の出の小娘を養子に取りたがるだろうか


「……理由は聞いたか?」


『…僕が、朽木家当主白哉様の前妻…緋真様に、似ているからだ、と』


…何だその理由は。
意味が判らねぇ。妻にというならまだ判るが、養子に、なんて。
眉を寄せた俺をちらりと見て、それから桜花は再び視線を竹筒に向けた


『…白哉様は、それほど緋真様を愛していたという事なんでしょうね。ただ見た目が似ているだけの小娘を、養子に迎えたいなんて』


こいつを映しゆらゆらと揺れる水面は、まるで今の桜花の心境をそのまま表しているかの様だった。


『…朽木家に来れば、霊術院を今直ぐ卒業させてやる、直ぐに入隊もさせてやる、と』


「………」


『……恋次には、羨ましいと言われました。…でも、僕は……』


「─────好きにしろ。俺からは、そうとしか言ってやれねぇぞ」


言葉を遮る様にして言い放てば、桜花は傷付いた顔をした。
大きく開かれた目を見つめながら、けどな、と俺は言葉を続ける


「前に言っただろ、入ったモン勝ちだって」


『…それは…』


「例え朽木家の力だとしても、護廷に入隊出来るんだ。それならそれを、遠慮なく利用しちまえば良い。入っちまえば此方のモンだろ。実力も仕事も、努力すればどうにでもなる」


陰口を叩かれても仕方がない。だがそんな僻みの所為で、折角のチャンスを逃すのはあまりにも惜しいだろう。
そう、チャンスなのだ。
俺と共に自主練をして着実に腕を上げているとはいえ、まだ一組には手の届かない、こいつにとっては。
だからこそ、揺らいでいるとも言えるのだろう


「勿論、恨み妬み嫉みは集中砲火だろうよ。けど、こんなチャンスも滅多にねぇ」


護廷隊に入り、地位を確立していくのは己自身。
この微温湯で学んでいたものは、きっと大して役に立たねぇ。精々鬼道と戦い方程度で、後は入隊した先で学んでいく事になる。
そういう事を踏まえても、俺は悪くねぇ選択だと思う訳だが


「…ま、決めるのはお前だ。残るも行くも、好きにしな」


ぽんと銀色の頭を叩き、俺は立ち上がった。
的当てを再開しようと手を翳した時、女の声が鼓膜を揺らす


『…もし、朽木という名字になっても』


「………」


『…檜佐木先輩は、変わらず僕と話して下さいますか…?』


冷たい風が吹き抜ける。
数秒の静けさ。その間に前髪を揺らす風に目を細めながら、俺は不安げな声に平然と返してやった


「当たり前だ。誰がオメーなんぞに様なんて付けるか」


振り向いてべーっと舌を出す。
俺の顔を目を丸くして見つめていた桜花は、軈てその大きな目を柔らかく細めた。


『っ…ふふ、ありがとうございます』


「舌出されて礼なんて、変な奴だな」


微笑んだ桜花の雰囲気は、最初と違って柔らかい。暗いものを感じさせない今なら、もう鬼道を使っても大丈夫だろう。
再び的に向き直り、俺はまた口を開く


「そういやアレか。名字変わるんなら、もう桜花って呼べなくなるな」


朽木を名乗るなら、今の名字は不要となる。
故にそう言えば、桜花は小さくあ、と声を漏らした


「じゃあ休憩終わりな、独月。もう十分休んだろ」


何気無い体を装いつつ、呼び名を変える。
案の定、奴は反応が遅れた


『え……先輩、今…』


後ろの銀髪が霊圧を揺らした事に小さく笑いつつ、俺は振り返らない。
どうせ独月は間抜け面なんだろうし。
…それに俺も、今は振り向ける顔じゃない


「独月、早くしろ」


『は、はいっ!』


ばたばたと慌てる音を聞きながら、俺は掌に霊圧を込める。
─────ずっと、名を呼びたかったなんて言ったら、お前は笑うんだろうか。















ぱちり、と目を開ける。
視界一杯に広がったのは黒で、まだ寝惚けているんだろうか、なんて思わず何度も瞬きをした。
だが目の前は真っ黒なまま。暗いけど、暖かいものが直ぐ傍にあって、居心地が良い。
だが目が覚めたからには、起きなければ。
ぽかぽかしていて抜け出し難い空間から、僕はのそりと顔を出した。
そして、硬直する


『ふ、副隊長…!?』


─────目を閉じた檜佐木副隊長の顔が、目の前にあった。
思わず大きな声を出してしまい、それから慌てて口を手で押さえた。様子を窺うが、起きた様子はない。
…良かった、眠ってる。
口を押さえたまま、僕は静かに檜佐木副隊長の顔をまじまじと見つめた。
切れ長の目、すっと通った鼻梁、薄い唇。…あ、睫毛長い。
一通り観察し、右目の上を走る痛々しい傷痕を目にして、僕は眉を寄せる。
これは霊術院に通っていた時、現世実習で遭遇した巨大虚から受けた傷だと聞いた。あの時の僕は選りすぐりの者が集まる一組に入れなくて、何の取り柄もなかった。
二組には現世実習もなく、得意気な恋次を恨めしく見ている事しか出来なかった。
そして現世実習で虚が現れた事を知り、僕は保健室に駆け込んだ。
…その時の僕は、この人の事しか案じていなかった。あの実習には、恋次も居たというのに。


『……檜佐木、先輩』


嘗ての懐かしい呼び名は妙に擽ったい。
自分で口にしておきながら、何だか笑えた。痛々しい傷痕の残る頬に、そっと手を伸ばす。
白い頬を撫でながら、僕は小さな声で問い掛けた


『…もし、また巨大虚が現れたら…その時は』


その時は、僕に貴方の背を護らせて頂けませんか。
呟こうとして、それより先は口に出来なかった。


…海燕殿を護れず、その背を貫いた僕が、誰かの背中を護れるのだろうか。
思わず目を伏せたその時、脳裏に浮かんだのは一護だった。
何時だって、誰かを護る為に戦っていた男。隣に並び立ちたいと思った。護られるだけでは嫌だと思えた。
一護なら、どう言うだろうか。


『……一護』


こんな僕に、彼奴なら何と言うのだろうか


「…男の腕の中で他の男を想うたぁ、感心しねぇな」


唐突に鼓膜を揺らした声に顔を上げれば、檜佐木副隊長が不機嫌そうな顔で此方を見つめていた。


『檜佐木副隊長…起きていたのですか?』


「目が覚めた。ったく、俺に抱かれてんのに黒崎の名前なんか言いやがって。困った奴だ」


『ちょっ…副隊長、言い方!誤解を招きます!』


「あ?良いだろ、別に。昔はあんなに素直で可愛かったのにな、桜花」


『そ、その名字…っ!?』


欠伸を漏らしつつぎゅううっと抱き締められて、僕は目を丸くした。
密着して改めて判る胸板の厚さとか、体温とか、副隊長からふわりと香る匂いとか。
それらを意識してしまった僕の体温は一気に上がり、心臓は暴走する。
ガチガチに身体を強張らせた僕に気付いたのか、低い声は笑った。


「何だ、緊張してるな」


『慣れてないので…!』


「湯たんぽとして抱き締められてるのにか?」


『それとこれは違います!』


「そんなもんか?まぁ良いや、ならずっと慣れるなよ、面白ぇから」


『何なんですかその理由は…!』


長い腕が余裕を持って僕を抱き締めている事が、少しだけ悔しい。僕の腕じゃ、この人を包み込む事は出来ないのだ。


「良い匂いするな、お前。なんか付けてる?」


『と、特には…』


首筋ですん、と鼻が鳴り、心臓が跳ねる。
広い胸に手を付いたまま、僕は身体を強張らせた。
匂いを、匂い嗅がれた…!
完全にフリーズした僕を他所に、副隊長は鼻筋を首にくっ付けてくる。
見掛けによらず柔らかな黒髪が頬を擽って、僕は目を閉じた。途端に身体を包む自分とは違う体温をより鋭敏に感じ取ってしまい、慌てて目を開く。


『ふ、副隊長!そろそろ起きなければ!』


この状況を打破すべく、僕は声を張り上げた。
騒ぐ僕の声を聞いた副隊長は、のそりと顔を上げた。かと思えば、此方をじっと見下ろして、不思議な事を口走る


「…なかなか良い眺めだな」


『?』


眺めって、僕しか見えないだろうに。
疑問符を飛ばしていれば、副隊長はゆっくりと身を起こした。彼が離れるのと同時に身を起こし、僕は壁に掛けられている時計に目を向ける。
時刻を確認した僕は、慌てて立ち上がった


『ね、寝過ごした…っ』


少しだけのつもりが、大分眠ってしまっていた様だ。まだ休憩時間ではあるが、早めに戻って次の準備をせねば。
頭を下げて部屋を辞そうとする僕を、欠伸をしながら檜佐木副隊長は引き留めた。


「外は寒ぃぞ。防寒具忘れんな」


『あ、そうでした』


そうだ、外は雪が降っているんだった。
僕は掛けてあった外套を身に纏い、続いてマフラーを巻こうとして、突然肩を掴まれた。
強引に身体を反転させられ、上から長身の彼が覆い被さってくる


『ふっ…副隊長!?』


見えるのは副隊長の肩だけ。
予期せぬ急接近に、また心臓が慌て出した。


「動くなよ、上手く結べなくなる」


『へ?』


彼の言葉に目を瞬かせる。
どうやら檜佐木副隊長は、僕の首の後ろで指先を動かしている様だった。
…それならそれで、言ってくれたら良かったのに。何となく、むっとした。
それでも項の辺りでごそごそと動く感覚に大人しくしていれば、直ぐ傍から低い声が聞こえてきた


「お前はもうあの時とは違う。席はねぇが、実力がある。今のお前になら、周りを見る余裕もあるだろ」


それが副隊長昇任の件だと気付き、僕は眉を潜めた


『…本当に、僕なんかに務まると思いますか?』


無席から副隊長になって、良いのか。
海燕殿を殺めた僕が、果たして十三番隊を纏められるのか。
僕に、副隊長程の席に就くだけの力はあるのか。
俯きかけた僕の耳に、優しい低音が注がれる


「決めるのはお前だ。……まぁ、俺の背を護りてぇなら、同じ場所に立って肩を並べるべきだと思うがな」


『檜佐木副隊長…』


「…よし、出来た。フードはちゃんと被れよ。風邪引くぞ」


どうやら外套の中でマフラーを結んでくれたらしい檜佐木副隊長は、僕にフードを被せた。
首もとの絞りを限界まで絞めて隙間をなくすと、失礼な事に人を見て笑い始める


「ぷっ…こんな妖怪居そうだな」


『失礼ですね、副隊長…』


きゅうっと絞められ顔だけを出した状態にされた僕は、じろりと副隊長を睨め付ける。
暫く人の事を笑った副隊長は、程好い具合に絞りを弄ってくれた。


「じゃあ、気を付けて帰れ。何かあったら連絡しろよ」


『…はい。ありがとうございました』


ぽんと頭を叩かれ、僕は深く頭を下げた。
ふらりと現れて、僕の話を聞いてくれる黒猫みたいな人。今回もきっと、僕が悩んでいる事を見抜いて部屋に招いてくれたのだ。
欠伸をする副隊長に頭を下げて部屋を出て、駆け足で九番隊を後にする。
敷地を抜け、雪景色の中を駆けていれば、不意に知った声に呼び止められた


「独月!」


『恋次か。貴様も休憩か?』


「ああ。暇なら飯でも行かねぇか?」


幼馴染の誘いに揺らぐものの、時間がない事を思い出す。取り出した伝令神機をちらりと見て、僕は眉を下げた。


『済まんな、恋次。今は時間がないのだ。また今度誘ってくれ』


「おう。仕事頑張れよ」


『ああ』


伝令神機を仕舞って身を翻す。
隊舎への道を走ろうとした所で、再び恋次に呼び止められる


「独月、お前そんな色のマフラーしてたか?」


『え?……あ…』


恋次に言われ視線を下ろすと、外套の隙間から見慣れぬ色が顔を覗かせていた。
それは普段巻いている白ではなく、青。
ひょこりと覗くその色に、黒猫みたいな人の事を思い出し、僕は笑った。


『初めて巻く色だが…似合うか?』


「お、おう。まぁ、良いんじゃねぇの?」


『そうか。…それは、嬉しいな』


青は、あの人の斬魄刀の色。
謂わば、魂の色。


…あの人の帯びる色が似合うなら、悪い気はしない。


寒がりな彼が僕のマフラーを首もとでぐるぐる巻きにしている姿を想像して、一人笑う。
檜佐木副隊長の髪は黒だし、死覇装も黒いから、白いマフラーも似合うかも知れない。
…本当に巻いてくれたら、嬉しい様な気もするが


「な、なぁ独月。オメー他の色も似合うんじゃねぇか?…た、例えば赤とか」


何故か頬を赤らめ、目を逸らしながら提案する恋次に首を傾げつつ、僕は素直に考えてみる。
赤いマフラーを巻く自分。…何だろう、違和感が拭いきれない


『提案は有り難いが、恐らく僕には似合わぬだろう。…っと、そろそろ行かねば。またな、恋次!』


「お、おう!」


恋次に手を振って、今度こそ走り出す。
彼のお陰で、少しだけ前向きに考える事が出来そうだ。
この問題が解決したら、どちらにせよ副隊長にはお礼をしよう。
意気揚々と隊舎に帰り着いた僕が、虎徹三席にマフラーの事で顔を赤くするまであと─────




雪花は風に抱かれ




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