ふと、教室の窓から外を見る。 お昼頃から徐々に曇りだした空はついに大粒の雨を降らせていた。朝の晴れ模様は嘘みたいだ。ゲリラ豪雨とはこのことか。運良く鞄の中に折り畳み傘が入っているのを昼休みに確認したので、帰り道にびしょ濡れになることはまずないだろう。でも…… ーあの2人は間違いなく、傘持ってないなー 頭によぎるのは今朝玄関先で見た2つ並んだ傘と下駄箱の上に置かれたこれまた2つの折り畳み傘。このままでは弟も妹もびしょ濡れだ。しょうがない。お姉様がお迎えにあがりましょう。 「起立、礼」 「ありがとうございました」 号令が終わるやいなやそそくさと帰り支度をし、とりあえず家に帰るべく、いの一番に学校を出た。 「おーい、影山ー…あれ?影山、どこいった?」 「彩月なら、授業終わってすぐ教室出てったよ。なんか弟と妹が傘忘れていったから迎えに行くっぽいこと言ってた。」 「へーあいつ弟と妹いんだ。」 「彩月になんか用事あったの?松川。」 「いや、大したことじゃねーから今度でいいや」 「ふーん。」 「ただいまー」 折り畳み傘がその小さな威力を発揮し、若干濡れたものの無事に家に帰りつき母さんに声をかける。 「おかえり、彩月。あのさー」 「梓と飛雄君、迎えに行けばいいんでしょ?」 「さっすが、お姉ちゃん!頼みます。お母さんが車で迎えに行けばいいんだけど、今日たまたまお父さんが車で仕事行っちゃったし、しかもこれから自治会の集まりがあるから、よろしくね。あと、はい、これ。」 そう言って母さんが渡してきたのは千円札。 「雨の中弟と妹迎えに行くお姉ちゃんにお小遣い。これで、3人でコンビニスイーツでも買っておいで。お釣りはあげるよ。」 「やった!新作のコンビニシュー買いたかったんだ!じゃあ、行ってきます!」 千円札をポケットに入れ、自分の分の傘と、2人の傘を持って北川第一中学へと歩き出した。 「あ、お兄ちゃん。」 下駄箱の前で止まない雨を見つめていると、後ろから声がかかった。振り返ると、つい最近妹になった2つ年下の梓がいた。お兄ちゃん、と呼ばれると未だにくすぐったい気持ちになるが、嫌ではない。 「お兄ちゃんも、傘忘れたの?」 「てことは、お前も?」 「うん、まさか雨降るなんて知らなかったから……折り畳み傘も忘れちゃったし。」 「そうか……職員室の傘も、もう無いらしい。」 「あーあ、濡れ鼠確定かー」 ねずみが濡れるかどうかは分からないが、このままだと俺たちは確実にびしょ濡れで、下手したら風邪を引くだろう。大事な大会まであと少しだし、今は風邪なんか引いてる場合ではない。ここで雨宿りするにも、この雨は止みそうにないしな、となんとなく空を見上げ、それから正門に視線を移してみた。 そこには、見覚えのある真っ白なブレザーの女の人が立っていて、俺たちに気付いたのか、正門で挨拶をしていた先生に声をかけてこちらに歩いてきた。 「おい、梓、あれ。」 隣でぼーっとしていた梓に彼女の存在を教える。 「あ、お姉ちゃんだ!」 そうか、やっぱり彼女は姉の彩月だったか。 初めて姉に会った時、姉は無理に自分を姉だと思わなくてもいいと言ってくれた。初対面の人たちがいきなり兄弟だと言われた俺にとっては正直ありがたい言葉だ。一緒に暮らし始めてからも、姉は俺と実の妹の梓を大切な弟、妹として分け隔てなく接してくれている。 「良かったー2人が昇降口まで出てきてて。中学まで来たはいいものの、そっからどうしようかと思ったー。はい、飛雄君、梓、傘。一緒に帰ろう。」 「ありがとう!お姉ちゃん!」 「あざっす…」 「いーえ!どういたしまして!ほら、帰るよ!母さんからお金預かってるから、コンビニ寄ってなんか買おう。お腹空いた。」 「やった!私新発売の抹茶チョコレート欲しい!」 「あー、言ってたね。飛雄君は?」 「俺は、肉まん食いたい。」 「おっけー!じゃあ、コンビニへレッツゴー!」 この数ヶ月で俺の周りは劇的に変わった。毎日弁当を作ってくれる母さんに、賑やかで一緒にいると楽しい妹、雨の日に何も言わなくても迎えに来てくれる優しい姉、そして何と言っても父さんが幸せそうに笑っている。母さんのことは、弁当で色々あってから母さんと呼ぶことに違和感がなくなったが、俺は未だに姉のことを姉さんと呼んだことがない。いつか、姉さん、と俺が呼べたとき、姉さんはどんな顔をするんだろうか。 2015.12.10 prev|storylist|next |