「やべ、今日授業変更で現国が数学になったんだった……教科書持ってねぇ……」 朝練終わりの青葉城西高校バレー部の部室で我が部の次期エースと名高い男の沈んだ声が響いた。 「あっちゃ〜、やっちゃったね、岩ちゃん。俺のクラス、今日数学ないから貸せないや、ごめんね!」 「俺んとこもないわ、悪い。松は?」 「俺も持ってない。悪いな、岩泉。」 「いや、忘れた俺が悪いんだから、謝んな。授業は午後だし、他もあたってみる。」 数学の教師はやけに忘れ物にうるさく、教科書を忘れたと知れば、その時間ネチネチと問題を解かせたりするだろう。最悪の場合を想定して岩泉を不憫に思ったその時、ふと自分の後ろの席の女子生徒の存在を思いだした。あいつなら、もしかするともしかするかもしれない。 「待て、岩泉。俺、あてがあるかもしれない。」 その一言に同期3人の視線が俺に集まった。 「で、まっつん、誰が持ってんの?さっき他のクラスの子にもチラッと聞いたら、今日数学あるの5組だけらしいし。」 あいも変わらず同じメンバーで昼飯を食べている最中及川がたまらず聞いてきた。 「俺のクラスに今年から転校生入ってきたの知ってるだろ?」 「あぁ、編入試験をほぼ満点で合格して、特待生になった子?」 察しの良い花はなんとなく話が掴めたようだ。 「あ!彩月ちゃんでしょ!?」 そして、転校生の名字より先に名前が出てくる及川にちょっと引く。 「なんで、名字より先に名前が出てくんだよ!お前は!」 「だって!あんまり覚えたくない名字だったんだもん!」 「失礼なこと言うな!クソ川!」 「その子の名字なんていうの?」 「影山」 そう答えた俺の声にさっきまで騒いでいた2人の声がぴたりと止む。 「まさか、影山の姉貴、とかか?」 「なわけないじゃん!もしそうなら、俺たちが知らないはずがないよ!影山なんて、よくある名字だもんね!実際飛雄とは一ミリも似てなかったし!話したことないけど!」 影山、という名の後輩がいてそいつのことを嫌いだという及川の話は入部して、仲良くなってからなんとなく聞いたことがあった。俺と花は2人とは違う中学出身だし、実際この2人と影山に何があったのか詳しい話は知らない。 「で、なんでその影山さんは教科書持ってんの?」 「急な転校だったから教科書揃えるのに時間がかかって最近学校に届いたらしくて、一気に持って帰るの大変だからちょっとずつ持って帰るって言ってたから、もしかしたら数学もあるかなと思って聞いてみた。良かったな、岩泉。あるから貸してくれるって。」 「なるほどなー。そりゃ持ってるわ。」 「助かったー!サンキューな、松川!」 「おー、じゃあ食ったら借りに行くか。」 「影山ー!」 デカイ男4人でぞろぞろと1組に向かう。扉のところから呼んだ声に反応した影山は俺の姿を確認すると、紙袋の中から教科書を取り出し、こちらへきた。数日前と比べると紙袋に余裕ができている。運が良かったな、岩泉。 「影山、こいつら同じ部の同期。で、こいつがお前に教科書借りにきた岩泉。」 「5組の岩泉だ。悪いな、突然。」 「ううん、いいよ。気にしないで。松川から聞いてると思うけど、転校生の影山彩月です。よろしく。」 「おう、よろ「初めまして!俺は及川徹です!よろしくね!彩月ちゃん!」話を遮るな!クソ及川!」 「この2人はいつもこうだから気にしなくていいよ。 俺は3組の花巻ね。因みに好物はシュークリーム。」 「え!!私もシュークリーム好きだよ!最近はレアチーズクリームにハマってる!」 「まじで?!もしかして、あの期間限定コンビニシュー?」 「そうそう!」 気づいたら甘党で話が盛り上がっており、新たな友情が芽生えつつあった。影山も同じクラスの子とは仲良くなったが、他のクラスの子とも仲良くなりたいと言っていたので、良かった良かった。 「よし、岩泉も教科書ゲット出来たし、影山も交流広がったし、そろそろ授業始まるから戻るか。」 「そうだね!じゃあね彩月ちゃん!今度練習見においで!」 「またねー影山さん。今度、この辺の美味しいシュークリーム紹介するよー」 「ほんと、ありがとな。影山。すぐ返しに来る。」 「今週は数学ないからいつでも大丈夫だよ。及川くんと花巻くんもまたね。」 こうして、岩泉は無事に数学の授業を乗り切ることができたのだった。 「どうだった?噂の及川。」 「うーん、イケメンだとは思うけど、残念なイケメンっぽいよね、彼」 この影山の一言に俺は腹筋が捩れるほど笑いました。ほんと、まじ影山さいこー 2015.10.21 prev|storylist|next |