二
二、初めまして
良く晴れた土曜日の午後、花開院竜二は旅館『藤ノ宮』の前に母と立っていた。
―何が楽しくて地元の旅館に行かなきゃならんのだ―
「ほら、何ボーっと突っ立ているの竜二、早く来なさい。おまたせしたら失礼でしょう。」
母に急かされて渋々旅館の中に足を踏み入れる。純和風の内装に所々センスの良い置物や花が活けてある。柱や梁は年季を感じさせはするが手入れが行き届いているせいかボロイとは感じさせない。
―こりゃ、随分の老舗だな。一泊いくらするのやら―
内装を観察していた竜二はふっと自分がここにいる理由を思い出した。
―許嫁なんてあのじいさんも何考えてやがる。呪いのこともあるのに・・・。さっさと断って帰って昼寝でもするか―
「花開院様でございますね。」
一人これからのことを考えていた竜二は少女の声に現実に引き戻された。
「大女将からお話しは聞いております。奥の部屋へご案内いたします。」
母と自分の前に現れた一人の少女は自分と同じくらいの年齢に見える。黒い瞳の奥の濃い藤色が何故か印象深かった。
「ありがとうございます。」
母が礼を言ったのに合わせて自分も軽く頭を下げる。ふと垣間見えた母の横顔が嬉しそうに微笑んでいることに疑問を覚えた。
花開院竜二さんは随分と落ち着いている風に見えた。
ただ普通に会うのは面白くないと前日に祖母に言われ、紫は仲居に扮して花開院親子に先に会った。突然そんなことを言い出すのが祖母の悪い癖だ。
話を戻そう。彼は年に似合わず眉間に皺をよせ、醸し出す雰囲気は大人のそれだった。彼の母親は優しそうでそれでいて活発そうな方だった。表情を見る限り私が自身の息子の許嫁であることに気付いておられるだろう。
―写真か何か見たのかな?―
彼の母親ということはもしかしたら自分の姑になるかもしれない方だ。何か粗相を仕出かしていないか急に不安になった。
出迎えてくれた仲居さんが竜二の許嫁になるであろう紫さんだと一目で分かった。事前に写真を見ていたし、大女将から当日紫さんが仲居として案内すると聞いていたからだ。(竜二には先に見せたら面白くないので見せてないし、教えていない。)竜二と同い年ならばもっと弾けている年頃だろうに随分と大人しく、それでいて凛とした少女だ。仕草の一つ一つが丁寧で育ちの良さや教育の厳しさが感じられる。
―でもお義父さんも随分と竜二のドストライクを選んだものね・・・。絶対竜二のツボ押してくるわ、あの子。―
竜二の母椛は紫に好印象を抱いていた。
花開院本家に代々受け継がれてきた呪いにかかった自身の息子。生まれながらに早すぎる死を約束され、この年まで懸命に生きてきた。今まで何度、いつか手の届かないところに息子が行ってしまう恐怖で泣いたか分からない。それでもこの子が死ぬために生きるのではなく生きるために生きるよう育ててきた。周りからは随分『冷たいのではないか』と非難の声も浴びた。けれど、間違っているとは思っていない。夫が呪いによって死んだとき、私は亡骸に誓ったのだ。この子とゆらだけは私の人生をかけて守りとおすと。この縁談が持ち上がった時、正直不安でならなかった。もし紫さんと竜二が結婚したら、いつか紫さんは自分と同じように夫を失ってしまう。いやその前に紫さんが早世の竜二を受け入れて愛してくれるかが問題だ。普通の女の子ではなかなか受け入れられない。自分も夫が早世だと聞かされた時は受け入れるのに随分と時間を要した。けれど、この子の瞳を初めて真正面からみて、その考えをすぐに打ち消した。この子はとても真っ直ぐで素直な子だ。素直な心が竜二に足りないから丁度いいだろう。この子がもし竜二を愛してくれるなら、きっと支えられる、きっと支えあえる。そう確信した。
―早く落としなさいよ竜二。そして紫さんが私をお義母さんと呼べる関係までこぎ着けなさい!!―
自身の息子の気持ちは完全に無視の母であった。
客間に通され、大女将の前に母と座る。その隣に本来いるはずの俺の許嫁はいない。
「もうしばらくお待ちくださいね。少し時間がかかっているみたいで。」
「いえ、お気になさらず、女の子には時間がかかるものです。」
何故か嬉しそうに大女将と微笑みあう母。意味が分からない。
「失礼します。」
どこかで聞いたような声だ。あぁあの仲居の声に似ている。
「お入り。」
襖が静かに開いた。襖を開けた少女は淡い紫の着物に身を包み静かな動作で部屋に入る。
「遅くなって申し訳ありません。私が藤ノ宮紫でございます。」
深々と頭を下げ、そして起き上がったときに少女と目があった。
少女は妙に印象深い瞳を持ったあの仲居と同じ瞳をしていた。
―なるほど、これが母さんのあの気持ち悪い笑顔の理由ってわけか―
柄にもなくあの瞳に知らぬ間に魅せられていた自分が心の中で喜んでいる事実に随分と驚いた。
「驚かせて申し訳ありませんね竜二さん。発案は私で紫じゃありませんよ。」
「いえ、驚きはしましたが、気にしていませんので。」
「そうですか。それは良かった。あぁ、紫紹介が遅れてしまったけど、こちらがあなたの許嫁候補の花開院竜二さんですよ。」
「藤ノ宮紫です。驚かせて申し訳ありません。よろしくお願いします。」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします。」
「そしてこちらは竜二さんのお母様の、「花開院椛です。よろしくね、『紫ちゃん』って呼んでいいかしら?」
おばあ様の紹介を引き継ぐ形で椛さんが自己紹介をした。
「はい。よろしくお願いします。」
「さて、大人がいても話にならないでしょうから椛さん、私の私室にいらっしゃいませんか?」
「それがいいですね!じゃあ、あとは若い二人でごゆっくり。」
「「え!?おばあ様/母さん!?」」
二人の訴えは空しく大人二人は部屋を去って行った。
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