第二章
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「あなたは?」
目の前にいる美女はそれはそれは美しくて、十二単がよく似合っていた。
「わが名は清音(きよね)この社の土地神をしておる。」
「土地神様?」
「そうじゃ。お主が幼い時分からここで楽を奏でておったのをいつも聴いておった。」
「私の笛を・・・?」
私の笛をずっと聴いていた人がいたなんて俄かに信じられなかった。
「信じられなくて当然じゃ。だが事実。お主も成長して妾が聴けるような笛を奏でることができるようになった。じゃが、今日はどうした?さっきから聞いておるが、お主、何に中てられた?お主から禍々しい気がするぞ。」
清音さん?の言葉にビクリとした。まさかあの人形のせいで私は笛が奏でられなくなったのか。
「話してごらん」
清音さんが優しく微笑みながら語りかけるように私に言った。
その微笑みが母さんのようで、私は口を開いたのだ。
「なるほどのう・・・。要するにお主はその人形の邪気に中てられたのじゃな。」
「でも、他の子はこんな風にはなりませんでしたよ?」
これはずっと感じていた疑問だった。あの時おかしくなったのは私だけ。
陰陽師のゆらちゃんならともかく、彼女以外の人も平気そうだった。
「やはりか・・・。お主、感受性が豊かすぎるのじゃ。」
「豊かすぎる?」
「そうじゃ。お主は自分に向けられるあらゆる感情をすべて受け止めてしまう。普通の人間ならここまですべて受け止めることはあまりない。そう、例えるならば豪雨の中、傘も差さずに外にいるのと同じこと。そして今日、お主は今まで受け止めてきたことのないような大量の邪気をその身に受け止めてしまった。自分のなかの容量を越してしまい楽ができんようになったのじゃろう。お主の吹く笛は澄んだ心でないと奏でられん。」
清音さんのお話は信じがたいものだった。だけどそう考えれば辻褄が合うのだ。今日、いつもと違ったのはあの人形に会ったことだけなのだから。
「じゃあ、治らないんですか?」
「その豊かすぎる感受性は生まれつきのものじゃろうから治る見込みは無い。じゃが、お主の笛がこれから聴けんようになるのは惜しい。」
そう答えると清音さんは自分に着けていた髪紐を取り、私を手招いた。
「ここにお座り。あぁ、後ろを向いて。」
言われた通りに後ろを向いて座ると清音さんは私の髪に櫛を通した。
「綺麗な黒髪じゃのう。古来、日本女性は『一髪二姿』を心情としてきた。この髪は大事にするのじゃ。」
「はい。」
慣れた手つきで髪をまとめて清音さんがさっきまで着けていた淡い藤色の髪紐で結ばれた。
「できた。この髪紐は妾が長年身に着けておったものじゃ。土地神の気が混じっておるからのう。邪気も払われるわ。お主にやろう。」
「そんな大事なもの頂いてもいいんですか?」
「よいよい。妾にはまだまだ替えが沢山ある。それにその髪紐にも限界がある。邪気が強すぎると切れてしまうからのう。それが切れたらまた次をやろう。」
優しく微笑んで清音さんは言った。
「どうして、私にここまで・・・」
「どうして、かのぅ・・・。妾が昔、まだ人として生きておったころ娘ができなかったからかのぅ。小さなころからお主をみているとまるで自分の娘のように思えてくる。昔から、こうやって娘の髪を結うのが夢じゃった。」
そう話す清音さんの顔は母の慈愛がこもった柔らかい顔だった。
だから、そんな清音さんに私も応えたいと思ったのかもしれない。
「あの、もし良かったら、本当に、もし良かったらでいいんですが、学校に行く前にここに来るので、私の髪の毛結っていただけませんか??」
沈黙が流れる。やっぱり、迷惑だったかもしれない。
「・・・よいのか?妾でよいのか?」
不安げにそう問うてくる。
「はい!ご迷惑じゃありませんか?毎朝なんて。」
「迷惑なわけがない。嬉しいぞ。ありがとう。」
「こちらこそ、です!」
そうして二人で微笑みあった。
「そういえばお主、名はなんという。年は?」
「あ、紫です。藤ノ宮紫。今年の5月で13になります。」
「紫か、良い名じゃ。して、13とはまた目出度い。妖の世では成人の年じゃな。」
「妖の世界のにも成人なんてあるんですね。」
「もちろんじゃ。さぁ紫、今日はここまでじゃ。じきに暗くなる。何が出るかも分からん世の中じゃ。はよう、家に帰りなさい。」
「はい。今日はありがとうございました。じゃあ、また明日。」
「また、明日。」
二人目のお母さん
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