予兆
「おばあ様、紫です。」
「お入り。」
「失礼します。」
部屋の中に入ると桜色の長い髪を下した女がいた。おおよそおばあ様と呼ばれるような年齢には見えない。
この女こそ月華組初代総大将、桜である。彼女は奴良組初代の妻珱姫の良き理解者であり親友であった。
実はこの月華組、彼女が珱姫の疲れを癒したいと考えたのがきっかけとなり、作られた組なのだ。
「紫、奴良組のことは知ってるね?」
「はい。関東の妖怪任侠一家ですよね?」
「あぁ。ついこの間そこの初代の孫が若頭に就任したらしい。そろそろ挨拶に来いとぬらの奴がうるさいんだ。そこで明日行こうと思うが、お前さん大丈夫かい?」
「はい。わかりました。明日ですね。」
「悪いねぇ突然。まったくぬらの奴も自分で来りゃいいんだよ。」
桜は珱姫をぬらりひょんに奪われたとぬらりひょんのことを嫌っている。
「奴良組に初めて行くので楽しみです。」
「そういや紫は奴良組初めてだったねぇ。たしかあそこの若頭はあんたの二つ下だったかねぇ。」
紫はこの世界に入ってから自分と年の近いものに出会ったことはなかった。
又、自分より二つも若いのに奴良組の若頭ということは、いずれ魑魅魍魎の主になるのだろう。
まだ見ぬ若頭に紫は思いを馳せた。
「それじゃ、明日よろしくね。」
「はい。では、失礼します。」
一方その頃奴良組では、若頭のリクオがお気に入りの枝垂れ桜の上で一人杯を傾けていた。
リクオの頭の中は昨夜逢った少女のことでいっぱいだった。
何か違うことに集中しようと思っても月に照らされた美しい彼女の姿が頭を過り、まったく集中できない。
「おうリクオ。こんなところで一人、月見酒か?俺も混ぜてくれよ。」
「親父。」
その時下から唐突に声を掛けられた。声の主は奴良組二代目奴良鯉伴。現在は総大将を降りている。
「よっと・・・。で、どうしたんだいそんな惚けた面して。好きな女でもできたのかい?」
その問いに思わずリクオは赤面した。
「お?その顔は図星か?若いねぇ、バレバレだぜ?リクオ。」
「う、うるせぇ!なんで親父にんなこと言わなきゃ何ねぇんだよ!!」
「ま、ものにしたら連れてこいよ。ところで、明日月華組の初代と三代目が挨拶に来るらしいから早く帰ってこいって親父が言ってたぞ。」
「月華組?」
「なんだい、知らないのかい?月華っていや、奴良組専属の癒しを捧げる組で奴良組以外の妖怪も本家に行きゃ癒してもらえる。やってることはまぁ旅館みたいなもんだ。実際旅館もあるしな。」
「へぇーそんな組があるのかい。じゃ、奴良組の傘下なのか?」
「いや、傘下じゃねぇよ。さっき言った通り何処の組のもんでも分け隔てなく癒すからな。確か、三代目はお前の二つ年上の女だった気がするぞ。」
リクオはその言葉に驚いた。
自分はまだ若頭だが、自分と年の近い、しかも女が一つの組を背負っているなんて信じられなかった。
きっとその女はさぞ気の強い妖怪なのだろう。いや、心が強いのか。
どちらにせよ妖怪一家を背負うのは並大抵の事ではない。
リクオは月華組三代目に逢うのが今から少し楽しみになった。
ただ残念なのは昨夜の女、紫に逢いに行く時間が明日はなくなるかもしれない。
彼女は中国山地の山中の屋敷にいた者だ。いつもの散歩程度の距離ではないので、少し時間がかかる。
とはいっても人間が浮世絵町から中国山地に向かうよりは断然早くはあるが。
そう考えると昨夜何故自分があんな遠出をしたのか不思議に思った。
特にあのあたりの用事があったわけでもないのに。
―運命、かねぇ―
「おい、リクオ。なにニヤニヤしてやがる。気持ちわりいぞ。」
「うるせぇ!俺はもう寝る!残りの酒は親父にやるよ!」
「へいへい。おやすみ〜。布団蹴るなよ〜。」
「餓鬼じゃねぇ!!」
「お〜怖ぇ。」
◎おまけ
(そういや、リクオに三代目の女の子人間だって言うの忘れてたぜ。紫ちゃん、どんな子なんだろうねぇ。こりゃ明日が楽しみだ。)
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