(※twitterの#DC夢人外化企画にて書いたものです。)

酷く寒い。血を流しすぎたらしい。噎せ返る鉄の匂いに吐き気がする。
(僕はここで死ぬのだろうか)
何時もだったら考えない弱気な考えが頭をよぎる。
(...まぁ、それもいいかもしれないな)
ふっ、と口元だけで笑う。これだけ血が流れているのだ、助かる方が難しいだろう。それに。皆居なくなってしまった。優しく頭を撫でてくれた初恋の先生も同じ夢を抱いた友人達も。僕は独りだったのだからここでひっそり死ぬのも悪くない。だんだんと指先の感覚が失われていく。
「...君、死ぬの?」
身体の力を抜き、このままこの倦怠感に身を任せようとした矢先、女の声が聞こえた。緩慢な動作で重い瞼を開く。
「だ...」
誰だ、と問いたいのに声が掠れて殆ど吐息にしかならなかった。ぼやける視界の先には僕を見下ろす黒髪の女。腰まで届くその髪を揺らし、彼女は今一度問う。
「死ぬの?」
これを見て生きられると思うのか。馬鹿な女だ。失笑が漏れる。...彼女からは口角が震える程度の動きであっただろうが。
「死んじゃうならその命、私にちょうだい?」
言うが早いか女が膝をつく。
「ぁ...」
巫山戯るな、と口を開いた瞬間呼吸が止まる。唇に熱の塊が押し付けられている。すぐにぬるりとしたものが腔内に入り込み、舌を攫われる。触れ合うそこから優しい温もりが伝わってくる。その熱はじんわりと体全体に広がり、だんだんと瞼が落ちていく。
「1度おやすみ。目が覚めたらまた話そう。」
その意味を理解しないままにあぁ、と返事をし僕の意識は闇に溶けていった。

ふと意識が浮上する。震える瞼をゆっくり開けると眼前に見知らぬ天井が広がった。条件反射に身を起こしそうになるのを理性で押し留め、横たわったまま周囲に目を配る。古い日本家屋のようで畳が敷き詰められたその真ん中に布団が敷かれ僕はそこに転がされているらしい。室内は薄暗く月明かりが差し込んでいる。明かりの差し込む方へ首ごと視線を向けると縁側に座り煙管を吹かす和装の女が居た。後ろ姿で直感した。あの女だ。
「目が覚めた?」
こちらを振り向きもせず声を掛けてくる女にぴくりと眉を動かす。
「そう怯えないでよ、取って食ったりしないから」
ふぅ、と煙を吐き出してくすくすと笑うその女に上半身を起こし、近くに無造作に置いてあった自身の拳銃を向ける。
「ここはどこだ」
「私の庭だよ」
ふふ、と薄く笑いながら女が答える。
「では君は誰だ」
その言葉にピタリ、と動きを止めた女はくるりと此方を振り返って答える。
「魔女だよ」
そう言ってにやり、と笑ったその女の紅の双眼が美しくて僕は背筋が震えた。

「そう言えばそういうこともあったねぇ」
そう言って朗らかに笑う彼女に呆れ溜息が漏れる。
「たった数ヶ月前のことでしょう」
「あれ?そんなに経ってたっけ?」
目をぱちくりさせる彼女が腹立たしい。しかし、彼女にとっては時間はあまり気に止めるものでは無いから仕方ないと言えばそうかもしれない。何せ彼女は『永久を生きる魔女』なのだから。
「ほら、夕飯ができましたよ。あと煙草は体に悪いから辞めるように言ったでしょう。」
両手に持ったお皿を彼女の前の机に置き、するりと煙管を奪い火を消す。
「全く、私は飼い犬が欲しかったのに孫ができた気分だ」
ぶつぶつと不平を零す彼女を睨む。それに肩を竦めた彼女は大人しく手を合わせいただきます、と夕食を食べ始めた。僕は彼女の向かい側に座りじっ、と彼女を観察する。病的なまでに白い肌に艶やかな黒髪。真っ赤な紅を引いた瑞瑞しい唇は林檎のようで美味しそうだ。けれど何より僕が彼女に引き込まれるのはその左目。彼女の左目は空っぽだ。長い前髪で隠されたそこにはあるべきはずの眼球がない。

あの日、組織での取引でミスを犯した僕は取引相手の男に銃弾を数発撃ち込まれた。何とかその男を処理し取引を遂行した後失血で朦朧とするなか、誰もいないであろう廃工場へ向かった。止血しようと思ったがその時には既に体中の力が抜け仰向けに倒れ込
んだ。そして死にかけていたあの瞬間この魔女と出会ったのである。この魔女は永久を生きる魔女であるらしく本人曰く、世界で最も凄い魔女であるらしい。僕が最初に会った時、彼女は美しい紅い瞳を2つ持っていた。しかし僕を助ける時に僕の命と引き換えにその瞳を差し出し、等価交換として僕を甦らせたという。魔法というのは(彼女は魔術と呼ぶが)世界のルールを破って良いものでは無いらしい。何かと引き換えにしなくてはならないのだと彼女は笑って話していた。そして助けられた僕は彼女の飼い犬として今までの暮らしを続けながらも定期的に彼女の庭に訪れては身の回りのお世話をしたり、彼女の話し相手になったりした。なぜ彼女は僕を助けたのだろうか。なんの得にもならないのに。そう思い彼女に尋ねたことがある。彼女は笑って飼い犬が欲しかったのだと答えたが僕が怒り詰問すれば表情をなくした顔でこう答えた。
「死の迎えに安堵する君が妬ましかったのさ」

「どうした?」
ぼんやり過去を回想したいた僕を箸を銜えた彼女の声が引き戻す。
「...いえ、その左目がどうも気になって」
あと、行儀が悪いですよと注意をしておく。嘘ではない。そこから昔のことを思い出してはいたが左目が気になっていたのは本当だ。
「これ?別に魔術で保護しているから病気にもならないし平気だよ」
なんとも無い顔で言ってのける彼女に苦虫を噛み潰す。
「そういう事じゃないんですが...」
僕はたった1度しか見たことがないその双眼が赤く煌めくのがもう一度見たいのだ。窪んだか眼孔が惜しいのだ。はぁ、とため息を吐く僕を見た彼女がそうだ、と悪戯っこのように笑う。
「じゃあ、君が死んだらその目を貰い受けよう」
いいことを思いついたと鼻唄を歌わんばかりの彼女を見て僕はぱちりと目を瞬かせる。
「僕の目を...?」
「そう!私の赤色と君の青色、ふたつ揃えばさぞ綺麗だろうさ」
唄うように提案する彼女の声に背筋がびりびりと震える。それは酷く甘美な誘いだ。死してなお彼女と繋がれる確かな約束。高揚する気持ちを抑えきれず頬を緩ませる。
「えぇ、是非そうして下さい」
そんな僕を見て彼女はまるで愛し子を見るような甘く優しい瞳を僕に向けていた。