始まり 1
「どう思うよ!?」
いや、どうと言われても。
「別にいいだろ、休みの日くらい好きに行動させてやれよ。ていうか狭いから部屋帰れ。」
俺の部屋の椅子に背もたれに顎を乗せながら此方に訴えかける萩原に目もくれず、ベッドに座り予習のため教科書を読む。そんな俺の隣で景光がスマホを弄っている。そんな俺達の態度が不満なのか何やら騒がしい萩原。本当に帰れ。
「だって、松田が一人で外出だぞ!?しかも理由を聞いても『家の用事』だぞ!?絶対嘘だろ!」
「お前は松田の彼女か?」
松田に対して束縛しすぎだろ、と萩原にドン引きする。家の用事って言ってるなら家の用事なんだろう。何処から来るんだその自信。いや、答えなくていいので兎に角帰れ。五月蝿い。
「まぁ、気にならないかと言われたら気になるけどな〜。」
スマホを弄っていた景光が顔を上げる。辞めろ。火に油を注ぐな。同意をしてしまえば萩原は確実に調子に乗る。絶対だ。景光。お前、何時もなら空気読めるだろ?何故ここでそれを発揮しない?
「零だって気になるだろ?」
「...別に。」
景光に同意を求められ一瞬言葉に詰まる。確かに全く興味がないのかと言われると否定はできない。だがしかし。
「そうかそうか!やっぱ降谷も気になるよな〜。」
こうして上機嫌な萩原を見ていると嫌な予感しかしない。こいつを調子に乗せてはいけないと本能が叫んでいるのだ。だから早々に部屋に戻ってほしかったのだが。
「じゃ、次の週末は外出届出しとけよ?」 「は?」
ニヤリ、と笑った萩原が悪い顔をする。
「後、つけるぞ。」
心底楽しそうに此方を見てくる萩原に酷い頭痛がした。
事の原因は分かっている。松田の理由不明の外出だ。警察学校に入学して一月。厳しい校則や罰則の中で俺たちは性格が合ったのもありそれなりに堅い絆を築いてきた。(厳しい共同生活で必然的に築かれていったともいう。)幼い頃からの仲である景光。それから警察学校に入ってから仲良くなった萩原、松田、伊達。基本的にこのメンバーで集まる固定されてきたある日。それは起こったのだ。基本的に朝から晩までみっちりと授業や訓練が入っているため特にまだ入学したての俺たちは休日は基本体を休めるために使っていた。或いはいつものメンバーで出掛けるかであった。とはいえ予定がないなら寝て体を回復させたい、と言うのが全員共通の意見だろう。馴れない生活に馴染みきっていないが故に自分で思っているより疲労が大きいのである。そんな中、松田が一人で外出届を出したという。それに真っ先に違和感を抱いたのが松田と高校からの付き合いだという萩原だったのである。俺以上に松田と仲良いやつは居ないと言う萩原はこれは彼女に会いに行くに違いないと吠えたのだ。本気でお前は松田の何なんだ?という疑問はこの際脇におき話を進める。(ここで止まるとたぶん二度と話の本筋に戻れなくなる。)最近の松田はスマホばかり弄り、しかもそれを誰にも画面を見られないように徹底してるのだという。それらのことから萩原の主張は『松田は彼女ができて今週末、その彼女とデートをする。』と言うものであった。
「絶対オンナ以外ありえないって。」
「でも本当に家の用事かもだろ?」
「いや、あれは絶対にオンナだ。」
「心当たりの人でも居るのか。」
景光が尋ねると萩原がうーん、と唸った。
「そこなんだよなぁ。俺、あいつと長い付き合いだけどそこまで恋愛関係になりそうな親密な女友達とか居ないと思うんだよなぁ。」
男同士でソウイウ話になっても松田はなぁ、好みとか性癖とかの話してたら普通にノってくるけど具体的につき合いたい子とかは...。あいつに彼女居たのも高校が最後な気がすると口をもごもごさせる。
「萩原。要するに松田の恋愛事情は全く分からないってことだな?」
「いや、そんなこと無いぞ!?松田は巨乳好きだ!」
聞いていない。と言うか萩原。お前は何に張り合ってるんだ?
「あー、俺は脚だな。」
「惜しい、俺はお尻派!」
おい、景光。何ナチュラルに参加してるんだ。ここは性癖暴露大会じゃないんだぞ。
「零は手とか指好きだよな。」
オイ、景光。
「おー、マニアックなとこいくな〜。」
これは全然マニアックじゃないだろ。
そんなこんなで僕、萩原、景光の三人で松田の後をつけることになった。本当は伊達も来るはずだったが、緊急で実家から呼び出しが掛かったらしい。萩原に伊達はいいのか、と聞くと奴はけろっとした顔で伊達の嘘はすぐ分かるから良いという。言いたいことはわかるが。伊達は良くも悪くも真っ直ぐな奴だからな。
「お、ターゲット確認。」
景光の声に僕と萩原も物陰から顔を覗かせる。
「あ、あれは...!!」
松田をみた萩原が震え出す。景光と顔を見合わせ萩原をみる。別に松田に変なところなどなかったはずだが。
「どうした?」
「今日の松田、きまってる...!!」 「「は?」」
萩原の言動に意味が分からず眉根を寄せると俺の予想は間違ってなかった!と萩原が嬉々として話し出した。昔かは洋服に頓着しない松田はよっぽど大事な用事(彼女とデートとか)でなければそこら変にあるシャツにパンツで出歩くらしい。本当に適当に選ぶため運が悪ければ周囲がどん引きするような格好の時もあるらしい。まじ顔が良いだけにそれも周りからあれ...?と思われる程度に留まっており、周囲に止める奴が居なかった。萩原もまたそれが面白くて止めなかったらしい。一応松田の名誉のために言えば彼は決してセンスが悪いわけではない。事実彼の買う服や小物は別段悪趣味と感じない。寧ろ趣味が良いと言えるだろう。これは偏に松田が組み合わせに興味がないゆえに引き起こされる惨劇なのである。
そんな松田の本日の服装は完璧の部類にはいるだろう。どう見ても適当に組み合わせた服装とは思えない。あの松田が己の意志で服をコーディネートして出掛けている。これはきな臭くなってきた。ごくり、と唾を飲み三人で顔を見合わせ一つ頷く。尾行続行だ。
真っ直ぐと駅へ向かう松田の後ろをこそこそと追いかける。上機嫌に歩いていく松田に警戒心が足りないと言ってやりたい所だ。それほど浮かれているのか、それとも純粋に尾行されるとは思っていないのか。普段は勘のいい松田がこうも僕達に一切気付かず振り向きもしないのをみると後者より前者が大きな理由であるとしか思えない。やはりオンナなのか。萩原の思考に毒されたのか僕までそんな気がして来た。ふと我に返ると何故僕が貴重な休日を松田のために費やさなくては鳴らないのか、という疑問が湧いてきた。いや、考えるのは止めよう。虚しくなるだけだ。一人遠い目をしていると先頭に居た景光が足を止める。
「松田が止まったぞ。」
「何だ?」
「アクセサリーショップを見てる。」
景光の言葉に僕と萩原も少し身を乗り出すと松田がファンシーな見た目のアクセサリーショップの前で立ち止まっていた。
「待て待て、お前がそこにはいるのか!?」 「ほら見ろ!彼女へのプレゼントだろこれ!!」
「そこは零くらいの顔じゃないと一人ではいるのキビシくないか!?」
聞こえてるぞ景光。どういう意味だ?場合によっては分かってるな? 此方の同様などお構いなしに松田が一人で店内へ足踏み入れる。なんだお前勇者か?あまりに堂々としているからか、周囲も何も違和感を抱かないらしい。女子高生くらいの女の子に混じって髪飾りを選んでいる姿は此方から見ればかなりシュールである。それに腹を抱えて笑う萩原と笑いながらもスマホでそれを連写する景光。お前鬼だな。後で送ってくれ。ぐっと親指をたてて応える景光に萩原は息も絶え絶えである。
笑いすぎて松田より、よっぽど周囲の視線を集めた僕達は先ほどよりしっかり隠れ、店を出た松田の後をつける。ここまできたら松田の彼女(仮)をみるまでは帰れない。もはや僕たちの中で、松田が今日彼女(仮)とあうことは疑いようもなかった。松田の友人として、同期としてこんな面白いネタ放っておけるか...ではなく。友人の恋路を見守らなくてはならない。三人で真顔で頷き合う。僕達には見届ける義務があるのだ。これを遂行するためには決して松田に見つかってならないのである。僕たちは今までにない程の集中力で松田の後ろに張り付く。
「あ、また止まった。」
駅前での待ち合わせなのか松田は入り口脇付近に立ち、スマホを弄っている。現在時刻は10時前。さて、松田の彼女(仮)はどんな人なのか。
「まだ来ないの?」
現在時刻は10時50分。あれから一時間近く経っているがまだ松田の彼女(仮)は来ない。その間松田は偶には周囲を見回していたが基本ずっと一人手元のスマホをずっと弄っていた。
「松田、もしかして出会い系とかやってないよな?」
「流石にそれは...。」
待ち疲れた萩原が軽く虚ろな目でぼやく。その突飛な思考を否定しきれないほどこちらも疲弊している。主に気力的な意味で。
「そこのコンビニで飲み物でも買ってくる。」
頭をすっきりさせるため何か飲もうと二人に声掛ける。
「零。俺唐揚げ。」
「あ、俺も俺も!あとコーラ。」
こいつらぶん殴ってやろうか。誰がパシリになると言った。
自分用にお茶と頼まれたものを持って(お金は後で必ず回収する)先程の場所へ戻ると二人がそれ丸見えだろ、と言うくらい身を乗り出して松田を見ていた。
「おい、買ってきたぞ。」
「降谷!!今それどころじゃない!!」
「人妻だった。」
「は?」
くわっとこちらを向く萩原と目を輝かせる景光。声がでかいぞ萩原。そしてお前は何に感動している景光。二人の言葉に僕も松田を見遣ると。
「あれ合法か?」
「多分。」
そこには松田の顔には似つかわしくない可愛らしい女の子が松田の腕に抱かれていた。その松田はというと此方からは見えないがたぶんその女の子の母親と思わしき黒髪の女性と何やら話していた。強面までは言わなくても親しみやすいとはいえない松田が信じられないほどにやけた顔をしている。その顔見せて大丈夫か?
「人妻へ自分の株を上げるために...?」
「結婚も考えているって事か?」
「と言うか、本当に人妻か?未亡人の可能性も。」
「確かに。」
二人とこそこそ会議をする。何だかんだ根が真面目な松田のことだし流石に不倫はないと思いたい。それから2、3言松田と言葉を交わしたその人は松田に抱えられたその子に声かけるとその女の子は松田に抱えられ楽しそうにしていたのが嘘のようにしょんぼりとした顔でその女性に手を振っていた。本当は嫌であることを母親に伝えまいと健気に手を振る様子が涙を誘う。それを見て片手で顔を覆う松田と女性。ついでに隣にいる二人も感動していた。その後名残惜しそうにしながらも去っていった女性をじっと見つめる女の子に松田が声をかける。するとふにゃり、と頬をゆるませ笑い短い手を回して松田の首に抱きついた。
「天使か?」
ぽつりとそれを見ていた景光がつぶやく。わかる。あれは天使だな。二人で頷き合っていると萩原がはっ、と顔を上げる。
「もしかして、未亡人を捕まえるためにあの子を懐柔しようとしてるのではなくて、あの子を我が子にするために...??」
「「!!」」
萩原の言葉にまさか、と笑う。そうだよな、と言って青い顔をして笑う萩原にははは、と笑っていた声が小さくなる。そして無言で顔を見合わせもう一度松田をみる。そこには幼女が恥ずかしそうに松田の頬にちゅ、とキスしており、それに満更でなさそうな、というか滅茶苦茶嬉しそうな松田が居た。
もう一度三人で顔を見合わせ、アイコンタクトをとる。これはだめだ、と。未来の警察官として、そしてあいつの友として俺達があいつを元の世界へ連れ戻してやるんだ。 そうしてまたしても三人で幼女を抱き抱えた松田の後ろを追うことになったのだった。
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