夜の独り占め
真っ暗な一室に、小さな子供の寝姿が三つ並ぶ姿を一瞥し、セーラは笑みを浮かべて扉を閉じた。
すでにダダンたちも酒盛りついでに寝に入ってしまったので、家の中は静かなものだ。
ダダンたちが寝落ちしている居間の方にいけばいびきの合唱でむしろ目が覚めるほどだあろうが、あいにくとセーラが向かうのは居間とは逆方向にある台所だ。
静かな夜の空気の中、テーブルに置かれたランプをつけて小さな灯りの中で縫い物の続きに励む。
そうしていくら経った頃だろうか。
ふいに床の軋む音に顔を上げれば、眠そうに目元を擦る末っ子の姿が見えた。
「ルフィ」
呼びかけると、小さな身体をよたよたと揺らしてルフィが緩慢な動作でこちらへ寄ってきた。
セーラも手元の針や布を遠くに置き、椅子にかけたまま身体の向きをずらしてルフィに両手を広げる。
しょぼしょぼした目のまま飛び込むようにセーラの身体にのしかかった子供の身体を抱え上げて膝の上に座らせる。
目元を指の腹で撫でると、ルフィの目がようやく開き始めた。
「どうしたの? トイレ?」
ふるふると首が振られる。少し間を開けて「いなかったから」と言葉が続いた。
「セーラがいなかったから・・・・・・」
眠気のせいで半分ぐらいの音が溶けて聞こえた。しかし、言わんとすることは理解できた。
どうやら私の姿が見えなかったから探しに来たらしい。
つい先月までは、セーラも三人と共に枕を並べていた。しかし、エースが「もう子供じゃねーから」と大人と一緒に寝ることを拒否。
ちょっぴりショックだったのは内緒だ。
まさかまだ十歳の息子に共寝を拒否されるとは思っていなかった。
(ドラゴンは海に出るまでずっと一緒の部屋だったのにな〜)
姿を見なくなって久しい一番上の息子を思う。
海に出てから片手で数えられるほどしか顔を合わせておらず、エースが来るまでは随分寂しい思いもしたものだ。
それなのに、今じゃ三人の息子のおかげでドラゴン一人の時以上に賑やかな日常を送っている。
こくりこくりと舟を漕ぐルフィを見下ろし、セーラはクスリと笑って立ち上がる。
眠りかけているのに、その両手はしっかりとセーラの胴体に回り、シャツを力強く握っているのだから愛おしい。
「ルフィ、今日はこのまま私の部屋で寝る?」
「セーラとねるぅ・・・・・・」
「じゃあ少し待ってね」
抱えたままなんとか片手で机上を片付けてランプを持つ。
ついこの間まで赤ん坊だったのに、瞬きの間に大きくなってしまった。
(そりゃエースも自分たちだけで寝るって言うような年になるか)
しかし、同じ年のサボは少々不服そうだった。ルフィは言わずもがな、嫌そうな声を出してはエースにげんこつを貰っていた。
この一ヶ月間で、夜中にセーラの元を訪れる割合はルフィが圧倒的に多い。
まだ七歳だ。やっぱり大人の気配が恋しいだろう。
音を立てずに扉を閉め、ランプはサイドデスクに置いてルフィを布団に寝かせる。
だが、その小さな手は依然としてセーラの服を掴んでいて、離そうとしても腕が伸びて終わってしまう。
「セーラ、はやくしてくれよぉ」
羽織っていたカーディガンは脱ぎたかったがこうなっては仕方がない。
ふっと吐息混じりの笑みと共に、セーラもベッドに滑り込む。すると、すぐにルフィの頭が胸元にすり寄ってきて、抱きしめられた。
「へ、へへ・・・・・・セーラ〜」
ご満悦そうなルフィの笑みに、セーラはその頭を抱えてゆっくりと撫でながら声を落とす。
「おやすみ、ルフィ」
あと何年、こうして腕の中に抱えていられるだろうか。
一抹の寂しさはすぐに子供の温かな体温に塗り替えられた。
トントンと背中を叩いて寝付かせている間に、セーラも眠り落ちた。
(ルフィ! お前またセーラのところに行ったな!?)
(い、いてーよ!エース!)
(はは、いいなルフィ。俺もセーラと寝たかったな〜)
(じゃあ今日は一緒に寝る?)
(セーラも甘やかすなよ! 俺らはもうガキじゃねーんだぞ!)
(お、俺は一緒に寝たい!)
(俺も一緒に寝たいからエースだけ別で寝るか?)
(〜〜〜! 俺だって一緒に寝てーわ!)
賑やかな子供の足音と共に朝を迎え、セーラは今日も微笑んだ。