新月の夜

 ぽつぽつと落ち始めた滴は瞬く間に強く地面を叩きつけ、そのうち雷を伴って大きく天候を変えた。
 窓辺に立ち外の様子を窺うセーラ。しかし、窓は滝のように水が流れ視界を確保することが出来ない。
「セーラ、待ってないで寝ちまいな。あいつらだって馬鹿じゃない。この雨で動けなくなってるだけだって」
 ダダンの声に振り向き、セーラは心配を隠しもしない顔を向ける。
 そうして今朝交わした言葉を思い浮かべて目を伏せた。
 ――今日は新月の日だから夕飯の時間はいつもより早いからね
 ――おう! 分かってるよ!
「朝、家を出るときはわかったって言ったんだよ? あの子たちが約束を破ったことがあった?」
 たくさんある、とも言えずダダンはぐうと黙り込む。あの三兄弟がセーラとの約束を破ったことがないのは事実だからだ。
 新月の日は魔力の回復が出来ないため、出来るだけ生命エネルギー・・・・・・魔力を使わないためにセーラは陽が沈むと早々に眠りにつく。
 そのため、夕飯も随分と早い時間に済ませてしまうのだ。
 他のみんなを付き合わせられないと渋ったセーラを、飯は家族で食うものだ、と説き伏せたのはもちろん小さな息子たちで。
 そんな三人が夕飯の時間に帰ってこないというのはまずありえないこと。
 しかも陽が沈んでも帰ってくる気配がない。
 寝る前にセーラのおやすみのキスが貰えなくて拗ねるようなクソガキたちである。ダダンとて心配していないわけではないが、かと言ってセーラの不安を煽るようなことも言えない。
 なんだかんだ言いつつあいつらならケロッとした顔で帰ってくるだろうという信頼もあった。
 また外で真っ暗な空を割くように雷が落ちた。どんどん雨脚は強くなるばかりで、比例してセーラの我慢も限界に近くなる。
 そうして再び轟いた雷鳴とともにセーラは動き出した。
「私、あの子たちを探してくる」
「バカヤロー! 起きてるだけで辛いのに何言ってんだ!」
 止めようと手を伸ばしたダダンを躱し、セーラは外に飛び出した。
「セーラ! 戻ってこーい!!」




「エースゥ! サボー! ルフィー!」
 雨音と雷鳴でかき消され、あまり呼びかけは当てにならない。
「どこに行っちゃったんだろう・・・・・・」
 まだ数分も外にいたわけではないのに、すでに全身びっしょりだ。寒さで身体が震える。
 もし、子供たちが雨に濡れていたら。今もどこかで寒い思いをしているかもしれない。
(こんなに暗くちゃ見つけられない)
 セーラは自分の拳を握り、すぐにパッと開いて見せた。すると拳の中から爪先ほど大きさの光がふわふわといくつも飛び出す。
 それをセーラを中心に一定の距離で灯し、どうにか視界を確保する。
 山の中、木々を掻い潜りセーラは駆ける。
 どれだけ探しただろうか。随分と下方に来てしまった。
 もしかして山を下りて村に避難しているのかと思い、一度探して見ようと村に足を向けたとき、一つの光が大きく震えて点滅した。
 何かを見つけたのだ。
 すぐにその方向に走ったセーラだが、その先には崖があり、一歩間違えれば海に落ちる。
 ゾッと血の気が引いた。
(もし、あの子たちがこの海に落ちていたら・・・・・・)
 しかもルフィは悪魔の実の能力者で泳げない。自分とそう大きさの変わらない弟を抱えてエースとサボがこの荒れた海を泳げるとも思わない。
 ひらりと飛び降りてセーラは羽を広げた。ゆっくりと下降していくが、そう広いものではないが浜辺がある。
 せめてここに落ちていてくれたら。そう願って辺りを見渡すと、岩盤に出来た小さな洞窟を見つけた。
 もしやと思い、そこに覗けば――。
「エース! サボ! ルフィ!」
「母ちゃん!!」
「セーラ!?」
 小さな影が三つ、身を寄せ合って震えていた。
 身をかがめてセーラも洞窟に入る。すると、涙をためたルフィがすぐに飛びついて「エースが! サボが!」と泣き声を上げる。
「二人とも怪我をしてるの?」
「へへ、ちょっと切っただけだって」
「そんなにひどい怪我じゃねぇよ」
 二人とも平気そうに笑っているが顔色が悪い。サボは足首からふくらはぎにかけてざっくりと切れているし、エースは腕が折れているのか青あざが出来て動かない様子。
 セーラは背中にルフィをくっつけて二人に治療を施す。
「すぐに治るから。もうちょっと我慢してね」
「俺が落ちそうになってエースとサボが助けてくれたんだ」
 背後でグスグスと泣き声交じりにルフィが言う。それにエースがぐっと顔を険しくて「いつまで泣いてんだ!」と渇を飛ばす。
「まあ結局三人揃って落ちちまったんだけどな」
 かっこわりーとサボが笑うので、セーラは「そんなことないよ」と幼い兄の頭に触れた。
「二人でルフィのこと守ったんでしょ? ルフィは傷一つないもの。格好いいお兄ちゃんだよ」
 ね、ルフィ? と後ろの末っ子に訊けばぶんぶんと首を上下に振ってルフィが大げさなほどに肯定を示した。
 サボは嬉しそうに笑い、エースはフンと無愛想にそっぽを向いて返したが照れているのはセーラには分かっていた。
「はい、終わり。頑張ったね」
 最後にもう一度二人の頭を撫で、ルフィに腕を回して前で抱え直す。
「少しの間だけ私に捕まっていられる?」
 本当は魔法で浮かせて運んであげたいが、すでに捜索中と治療で魔力を使ったせいかどうにも身体が本調子ではない。ないとは思うが、万が一に魔法が切れて揃って落下などと言うことがないよう、自身の羽根で飛ぶのが確実だ。
 頷いたエースとサボを見て、羽根を広げてスペースを作りそこに二人に捕まって貰う。
 また雨に打たれればぶるりと寒さで身体が震える。
「ルフィ、すぐおうちに帰れるからね」
 こくりと頷いた息子を見届け、セーラは一気に崖を駆けのぼった。




「ダダン!」
「セーラ!? ガキどもも一緒だね!?」
 家が近くなると、いくつも人影が見えた。そのうちの一つにセーラは呼びかけ身体を受け止めて貰う。
「探してくれてたの?」
「当たり前だろうが! 勝手に飛び出して行きやがって!!」
 怒った顔のダダン。子分たちもカッパを着てはいるがこの雨では大した意味もなくみな一様にびしょびしょだ。
 セーラをダダンが、子供たち三人を子分たちがそれぞれ抱えてあっという間に家に引き返す。
「風邪引くからこのまま風呂にいきな。沸かしてあるから」
「ダダン、ありがとう。でも、みんなも一緒に」
「まだ外にいるやつもいる。そいつら呼び戻してからだ。お前らは先に入りな」
「わかった。エース、サボ、ルフィお風呂行こう」
「やったー! セーラと風呂だ!」
 ルフィは飛び跳ねて喜び、ぐるぐると腕をセーラに巻き付けた。普段ならばそのままルフィを受け止めて抱きかかえるセーラだが、その細い肢体がふらりと揺れた。
「えっ」
「セーラ!?」
「かあちゃん!!?」
 パタリと倒れたセーラは荒く息をして肩を上下に激しく動かす。よくみると頬が赤く染まっている。
 気づいたダダンがその額に手を当てたが、すぐに「あちぃ!」と離す。
「熱があるぞ! こんな日に無茶しやがって!」
「セーラ! セーラ! 大丈夫か!?」
「エース! 大丈夫だから離れな!」
「母さん! どうしたんだ!?」
「サボも離れろ! お頭が運ぶから」
「母ちゃんなんで倒れたんだ? 死んじまうのか?」
「泣くなルフィ! 大丈夫だニー」
 阿鼻叫喚となった場から、とりあえず混乱して正気でない子供を離す子分たち。その隙にダダンがセーラを抱え上げ、部屋へと連れて行った。
 三拍子揃った母を呼ぶ声に倒れていたセーラの瞳が薄らと開く。それに気づいたダダンは「寝てな」と短く告げる。
 本来は魔力のおかげでセーラの身体は病気をすることがないが、今は回復手段のない状況で魔力を消費している。そのせいで普段ならばなんでもないはずなのに、これ以上は魔力を減らせないと身体が免疫を落としている。
 そのせいで一時的に風邪を引いているような状況なのだ。
「朝日が、昇れば・・・・・・治るから」
 か細く呟いた言葉にダダンは大きく頷く。部屋についた頃には、セーラは熱に浮かされるばかりで意識はなかった。




 昨夜の雷雨はどこへやら。窓からは真っ直ぐと朝日が差し込み、その明かりでセーラは目を覚ました。
「・・・・・・んっ、うん・・・・・・」
 身体が軽い。どうやら無事に回復したらしい。
 熱を出すなんて久しい感覚だったので随分と苦しんだように思う。夢うつつでダダンたちが看病をしてくれたのは覚えている。
 今日の夕飯は普段よりも豪勢にしようかな、と考えて身を起こそうとするが、重しを乗せられたように身体が動かしにくい。
 なんだろうと思い頭を上げて己の身体を見てみれば・・・・・・。
「エース・・・・・・サボ・・・・・・ルフィ」
 左右にエースとサボ。そうしてセーラの上で大の字にへばりついているルフィ。三人とも布団も掛けずに寝ている。
「どうしてここに・・・・・・」
 起き上げれば、その時の動きでルフィが目を覚ました。
「うぅ〜〜朝か? っは! 母ちゃん!」
「うん、おはようルフィ」
 ポカンと目をまん丸にしたルフィは、じわじわと潤ませセーラに飛びかかった。
「うえ〜〜〜!! 母ちゃん生きてる! よかった〜〜!!」
「私が死ぬと思ったの?」
「だっで〜〜」
 ルフィの大きな声でエースとサボも目を覚まし、眠そうに目を擦っていたが、セーラの姿を見ると揃って両脇から抱きつく。
「セーラ。もう熱下がったのか?」
「うん。すっかり」
「もう大丈夫なのかよ」
「大丈夫だよ、エース」
 よしよしと顔を埋める長男二人の頭を撫でていれば、首元で大人しくしていたルフィが自分もと頭を寄越す。
「ごめんね、心配かけて」
 夜通しセーラの傍で不安そうに集まっていた子供たちは、寝不足だったため安心すると途端に大きな欠伸をして始める。
 こてんと頭をセーラの布団に預けて今にも寝そうなので、そんな子供たちを自分の布団に招き入れセーラはとんとん、と叩いて寝かしつける。
 普段起床時刻よりも少し早い。少しだけ三人と一緒に寝てから朝食の準備に行こう。
 そう思ったが、子供たちの暖かな体温でぐっすり眠りこけたセーラは、そのまま四人とも昼近くまで布団で寝入ってしまった。
 朝だからと様子を見に来たダダンは、狭い布団で仲良く母である華奢な男に抱きついてすやすや眠る子供たちと、真ん中で幸せそうに微笑みを浮かべて寝るセーラを見やり、
「まったくしょうがないやつらだね」
 と、静かに退室したのだった。


 ぷるぷるぷる・・・・・・
(セーラー! 熱を出したとは本当か!?)
(あれ、どうしてガープが知ってるの?)
(ダダンが連絡を寄越しての。いい薬はないかと)
(そうだったんだ。あ、でももう熱は)
(すぐに持って行くぞ! 夕方には着くからな!)
(あ、ガープだからもう身体は大丈夫って)
(えぇー!? じいちゃん来んのか!?)
(今のはルフィじゃな!? なんじゃその言い草は!! 喜ばんか!! 待っとれよ今日も鍛えてやるかな!!)
(今日はセーラとのんびりするんだよ!)
(来んなジジイ!)
(サボとエースまでなに言っとる! ワシだってセーラとのんびり茶を飲みたいわ!)
(こらこらでんでん虫越しに喧嘩はやめなさい)
(うるさいよおまえら!! いつまで電話してんだ!!)
(ダダン〜みんなが喧嘩しちゃってて)
(さっさと切りゃいいだろうが!)