その手を伸ばすD

 パチリと目が覚めたセーラの正面には大きな口を開けて眠るエースの姿。
(大きくなったぁ・・・・・・)
 再会してから何度も思ったことを今日も実感してしまう。つん、と頬をつついてみると鼻提灯が弾けて「んが」と声が出た。
 起きちゃったかな、と思いきやまたすやすやと寝息を立て始めたので、エースの寝顔を眺めてふふっと笑みを零す。
(寝顔は昔から変わんない)
 するりとエースの腕から抜け出し、布団をかけ直してやってセーラは部屋からこっそりと出て行く。
 今、白ひげ海賊団が停泊している島は、無人島で宿泊施設などがあるはずもなく、寝床は船室である。昨日からエースが船に戻ってきたのでセーラは同じ部屋で眠りについた。
 廊下ですれ違う船員たちと挨拶を交わし、セーラは甲板に向かった。
 まだ包帯やら怪我が残る船員もいるが、みな動くのに支障がない範囲まで回復している。そろそろ船出も近いかも知れない。
(そうなったら寂しくなるかも・・・・・・)
 甲板に出て朝日と共に風を受ける。「ん〜」と伸びをして息を吐けば、同じように甲板に出てきたハルタとビスタがセーラに声をかけた。
「おはよう、セーラ」
「よく眠れたか?」
「ハルタ、ビスタ、おはよう。うん、久しぶりにエースと寝たから楽しかったよ」
 狭いベッドで横になって、手紙だけはわからなかった冒険を寝落ちするまで語ってくれたのだ。
 思い出して微笑むセーラを横に、ハルタとビスタは驚いて顔を見合わせた。
「オヤジのところで寝たんじゃないのか?」
「昨日まではニューゲートの部屋でお世話になってたけど、いつまでも船長さんの部屋でお世話になるのも悪いでしょう? だからエースが誘ってくれたから一緒に・・・・・・まずかったかな?」
 ニューゲートの時もエースの時も、相手から誘ってくれたからお言葉に甘えてしまったが、船員でもないのに船長や隊長の部屋に泊まるのはまずかったか。
 無遠慮なことをしてしまったと、セーラの表情が陰る。
 だが、白ひげの船員たちは今回の救出や治療で手を貸してくれたこともそうだが、以前からオヤジやマルコらが助けられたということもあり、セーラの心配するようなことは微塵もない。
 しかし、ハルタとビスタは正直に訳を言うわけにいかず言葉を濁す。
「まずいわけじゃないけど・・・・・・」
「オヤジには事前に言っていたんだろ?」
「うん」
「・・・・・・オヤジなんて言ってた?」
 ニューゲートがなんて言ったか?
 昨日のことを思い出しながらセーラが言う。
「えっと・・・・・・お世話になったお礼を言ってエースの部屋で寝るって伝えたら・・・・・・」
「伝えたら・・・・・・?」
 やけに怖い顔で続きを待つので、セーラも雰囲気に当てられてビクビクしながらも素直に口にした。
「そうかって・・・・・・」
「それだけ?」
「本当に?」
 ずいっと追撃が来たが、それ以上話せることもなく、セーラはこくりと頷いた。
 すると、今度は途端に距離を取って二人はこそこそと耳打ちをし出す。
(そりゃ息子のとこ行くなって引き留められないよね)
(ああオヤジ・・・・・・嘆かわしい・・・・・・)
 酒を持って押しかければ良かったな〜と息子二人は思った。それだったらオヤジも寂しくなかっただろう。
「どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ」
「ああ、気にしないでくれ」
「そう?」
 なんでもない態度じゃなかったけど深追いするのも失礼かとセーラは言葉を切った。きっと隊長たちの仕事などセーラには言えないこともあるだろうと。
 あまり長居をしては各々の仕事の邪魔になるかと思い、一言伝えて失礼しようと思ったとき、急に見張り台から大きな声が降りてきた。
「船が近づいてくるぞー!!」
「一隻だ!!」
 すると、声に反応したセーラが見上げるよりも早く、船影を確認したハルタとビスタが動いた。
 上背のあるビスタが迫る船からセーラを隠し、ハルタがそれを補うように障害物となる。きょとりとセーラが二度瞬く間のことだ。
「セーラ、出来るだけ人の影に入って船室に戻れる?」
「う、うん」
 きっとセーラの姿を見られることを危惧してくれているのだろう。甲板には他にもたくさんの船員がいるし、大きな体格のものも多い。セーラはさほど身体が大きいわけでもないので、そう問題なく船室に戻れるはずだ。
「赤髪だあー! 赤髪が島に近づいてくるぞ!」
 追加の情報が降り、セーラは小さく「シャンクス?」と口をついた。しかし、警戒状態のハルタとビスタには聞こえず、二人からも更に指示が下る。
「船の中に入ったらオヤジの部屋に、いや赤髪の対応があるか・・・・・・エースの部屋の中で待ってて。外には出てきちゃダメだよ?」
 ハルタに真剣な顔で諭され、セーラは頷いた。そして、優しく肩を叩かれ、それを合図に船内へと駆け出した。
 船の接近の合図で船内からどんどん人が溢れてくる。セーラが人波に逆らって歩けば、気づいた船員たちが「外にいたのか?」「ほら早く中に入れ」と進んで道を空けて匿う。
「セーラ!」
「エース! 目が覚めたんだね」
 セーラの向かいから、船に響いた警戒の鐘で目覚めたエースが駆けて迎える。セーラを見つけたエースは、ほっと肩を落として安堵した。
「ハルタとビスタにエースの部屋にいてって言われて」
「俺も一緒にいる」
 セーラの肩を抱いてそのまま来た道を戻るエースに、「外に行かなくていいの?」と訊けば、「一人ぐらい隊長がいなくてもいいだろ」と。
「それにセーラを一人にしておけねぇし、オヤジも分かってくれる。必要なら呼びに来るだろうしな」
 海賊が他船とどういった交流をしているのかはわからない。けれど、シャンクスとニューゲート――白ひげの船は顔見知りのようだし、それほど切迫した状況ではないのかも。
 部屋に戻ると、エースが飛び起きてセーラを探したせいで布団はぐちゃぐちゃ。焦って混乱したエースが引っかき回したせいで引き出しは開けっぱなしだし、荷物は床に転がっていた。
 朝の十数分で様変わりした風景に、セーラは驚き、エースは罰が悪そうに頭を掻いた。
「片付けよっか」
「・・・・・・おう」


 部屋にある窓からは海が穏やかに揺れているだけで、甲板の様子がわかるわけではない。
「・・・・・・セーラ、気になるのか?」
 部屋を綺麗にし終えて窓を眺めるセーラに、エースが声をかける。
「何を話しているのかな〜とは思うけど、シャンクスやニューゲートのことだから争ったりとかじゃないことはわかってるから。大丈夫だよ」
 じゃあ何を考えていたんだよ、とはエースは言わなかった。
 深追いすれば、あまり聞きたくない言葉が出てきそうだったからだ。
(赤髪のこと考えてるのは決まりだろうし・・・・・・)
 弟を救ってくれたことには感謝しているが、セーラのことは話が別だ。
 というか、自分が知らぬ間に外の人間と親しくしていたというのが、エースにはどうにも気に障ったのだ。
 しかし、セーラを責めることではないし、かといって子供みたいに拗ねて機嫌を取って貰うのも今更出来ない。むむ、と数秒悩んだ末、エースは綺麗にしたベッドの上にセーラを座らせ、そこに自分は横になった。
「エース?」
 きょとりと瞬くセーラの顔を見上げ、エースは満足げに笑む。
「たまにはいいだろ?」
 ここまでの道中はルフィが独占してたんだ。サボには悪いが、せっかくの二人っきりの機会。村じゃほとんどなかった時間を楽しませて貰おう。
「いいけれど、私さっき外に出たけど布団いいの?」
「んな細かいこと気にしてたら海賊なんてやってらんねーぜ?」
 適当なことを言えば、セーラは「そっか」と納得するのだからエースは心配になる。
 海賊だから、と言えばなんでもそういうものかと飲み込みそうだ。
「・・・・・・なんだかエースとこうして二人でいるのって久しぶりだね」
 確かにそうだ。エースとセーラが二人だけだったのは、ルフィがくるまでの三年間。それ以降は時折タイミングが合ったとき、一日の中の短い時間ぐらいしかなかった。
 それもいつ他の兄弟が割り込んでくるか分からないもので、ゆっくり落ち着いた時間を過ごすというのも久しい。
(ガキの頃は、よく一緒に昼寝してくれたんだよな・・・・・・)
 よく動きよく寝る子供だったエースに付き合い、セーラも午後の陽の差す暖かな部屋で隣り合って寝ていたことがあった。
 今のようにのどかな声でエースを呼び、その華奢な白い指で壊れ物でも触るようにエースを撫でるのだ。
 そうすると、エースはすぐ眠りに入ってしまう。
(やべぇ・・・・・・また眠くなってきやがった)
 これじゃあルフィのことを馬鹿に出来ねぇや、とエースは欠伸を噛み殺して目を閉じた。
 昔、母ちゃんの手は魔法の手なんだよ! と世紀の大発見のように言ってきた弟に、エースもサボも「そりゃ魔法が使えるからな」とそっけなく返したものだ。
 伝わらないもどかしさにルフィは地団駄踏んでいたが、本当はエースもサボも分かってた。
 これは魔法じゃなくってセーラの愛なんだって。
「いいよ、寝てても。何かあったら起こしてあげるから」
 促すようにセーラの手がエースの目元を覆って影を作る。
 別にセーラに起こされなくても自身で察知して目が覚める、と言いたかった。が口から出てこなかった。別にセーラが傍にいるときの安眠具合を身をもって知っている者として、ちょっぴり不安になったと言うわけではない。
「なあ、母さん」
「ん〜?」
 珍しい母の呼称に、僅かに驚きを見せたセーラだがすぐに平静のままに息子に応える。
「来てくれてありがとな」
「・・・・・・当たり前でしょう。家族の一大事だもん。どこにいたって飛んで来るよ」
 さらさらと白い指先が、エースの黒い前髪をゆっくりと輪郭を辿るように触れる。
 額に柔らかな熱が一瞬触れる。昔からのお休みの合図――例に漏れずすり込まれたように眠りに誘われたエースだったが、そこを外からもたらされた音が引き戻す。
 ――コンコン
「エース、セーラちょっと話があるよ、い・・・・・・」
 早いノック音が二つ。そして二人が返事をするよりも先にマルコが部屋に入ってきた。
 しかし、ベッドの上でセーラの膝を枕に横になるエースを見てピタリと静止し気怠げな目をパチパチと瞬く。
 そして気まずそうにそろりと視線が動いた。
「マルコ、話って何かあったの?」
 けろりとしているのはセーラだけなのもので、エースは俊敏な動きで起き上がった。
「あー赤髪がセーラに会わせろってうるさくてな。知り合いだってのが本当なら顔出してくれるか?」
「シャンクスが? うん、今行くね」
 なにか用事があるのかな? と不思議そうにセーラはマルコに続いて部屋を出る。道中、マルコに後ろからエースが腕を回し耳打ちをした。
「マルコ」
「ん?」
「さっき見たの誰にも言うなよ」
「・・・・・・別に言わねぇが、」
 そこでマルコが考えるように視線を宙に飛ばし、ニヤリと笑ってエースに戻した。
「今日、ちっとばかしセーラと二人にしてくれ」
「やだ」
 あまりの即答具合にマルコがガクリと体勢を崩す。
「お前なぁ・・・・・・話したいことがあるんだ。なのにお前がずっと引っ付いてるからこっちは中々話も出来ねぇよい」
 責めるようにジロリと目を向けると、エースは渋い顔で口をムスッと閉じている。
(もうちょっと嫌そうなのを隠す努力をしろよい)
 素直すぎる末っ子がいつも通りでつい笑ってしまいそうになったが、マルコとて譲れないことがある。セーラにはまだ昔のことで礼も出来ていないのだ。
 傷を負っていた船員たちも今じゃみんな動ける程度に回復した。そろそろこの島での療養も終わりだ。船を出す前にけじめとしてきっちり話はしておきたい。
「別に一日時間をくれってわけじゃねぇんだ。少しだけ話をする時間が欲しいってだけで・・・・・・それに」
「ん?」
「親離れできねぇって知られたくねぇんだろうよい?」
「べ、べつに・・・・・・俺は一生セーラ離れする気ねぇし・・・・・・まあちょっとだけならいいけどよぉ」
 渋々という体を崩さず、今だってへの字に曲がった口を晒して苦い顔で言うエースを、マルコは笑い飛ばした。
(この人も大変だな)
 エースがこんなで、弟もここまでの船での様子を見たがセーラにべったりだ。こりゃサボって言ったもう一人の兄弟も同じようにこじらせてんのか、とセーラのことが心配になったものだ。
 コソコソと話す二人の後ろを着いていきながら、セーラは仲がいいな〜とのほほんと構えていた。


 甲板に出れば、ズラリと並んだ人の数にセーラは驚いた。
 船縁沿いに白ひげの船員が列を作るように避けており、船長であるニューゲートがどかりと構える向かいには、赤髪海賊団の船長――シャンクスを中心に数名の幹部が並んでいた。
 戻ってきたマルコたちの姿に一斉に視線が飛んでくる。気にし様子もなく足を進めるマルコとエースに続いて遅れて足を運べば、セーラに気づいたシャンクスがパッと顔を明るくして嬉しそうに笑う。
「セーラ! 久しぶりだな。相変わらず美人だ」
「シャンクス久しぶり。元気そうで良かった」
「ああ。まさか戦場に現れるとは思ってなくてな。驚いたよ。怪我はしてないか?」
 駆け寄ってきたシャンクスはセーラの全身を見渡した。怪我がないことを確認するとほっとしたように肩を落とし、セーラの頬を撫でて「よかった」と呟く。
「肝が冷えたぞ。元々向かうつもりではいたんだが・・・・・・まさかあんな早さで離脱するとは思ってなくてな。ここを探すのに時間がかかっちまった」
「ごめんなさい。・・・・・・心配してくれたの?」
「当たり前だろう? 平和な村にいると思ってたのに急に戦場ときたもんだ。随分焦ったさ。まあ怪我がなくて良かったが・・・・・・」
 シャンクスはそのまま耳をくすぐるようにセーラの髪に触れ、銀の流れを辿って毛先へと指を滑らせた。
 この人の姿を見るのは十年ぶりだ。
 一度みたら忘れられない美しさを持つこの人を、自分は鮮明に記憶していると思っていたが、いざ本人を前にすると記憶なんてあやふやなものだったと実感させられる。
 陽光を反射する白磁の肌も、さらさらと川のように光を流す銀の髪も、己を呼ぶ穏やかな声も。
 全てが思い出の中よりも美しい。
 男も女も関係なく見惚れるような近寄りがたい冷たさすら感じさせる美貌に、この人の心がのると途端に花がほころび己を祝福されているような気分になる。
 これまで美しいものは男女、人に限らず見てきたものだが、シャンクスにとってはこの人の美しさと尊さが至上のものだと思える。
 女のように華奢であるのにほっそりとした肉の少ない男の身体。誰にでも向けられる慈しむ瞳。
 夜の湖畔に映る自分の姿に、シャンクスは充足感を覚える。
「そういえば、私を呼んでいるって」
「ん? ああそうなんだ。セーラ、俺の船に乗らないか?」
「えっ?」
 思いもよらない言葉にセーラが訊き返すと同時、ドンと大きな衝撃と共に船が揺れた。
「わっ」
 船員のざわめきと共にセーラの身体がよろめく。正面のシャンクスに身体を支えられたが、すぐに誰かの腕が回り、後ろに引っ張られた。
「エース?」
 気づけば随分怖い顔をしたエースの腕の中だった。そのままずるずるとシャンクスと距離を開けられ、いつの間にやら白ひげの隊長たちが集まる所まで引き下げられた。
 軽くなった腕を名残惜しげに見下ろしたシャンクスだったが、この甲板で存在感を放つニューゲート――さっきの揺れの原因となった男に目を向ける。
「おい、小僧・・・・・・」
 シャンクスと視線がかち合うと、ニューゲートは低く呼ぶ。どこか甲板の空気が重苦しくなる中、シャンクスはケロリとした顔で不思議そうに言った。
「ん? セーラは別に白ひげの船員じゃあないだろう?」
「エースの家族なんだから俺たちにとっても家族だ!」
「そうだ!」
 一人が吐き出した言葉に、周りも賛同して声を上げる。
 数日一緒に過ごしただけだが、暖かい人たちなのは十分に理解している。なにより、エースが巣立っていき、ここで新しい家族が出来ているので、どこか自分は家族の枠組みから外れたのではないかと思っていたセーラには、嬉しいことだった。
 セーラからすると、エースを助けたのは自分のためで、船員の怪我を治したのだって家族のため。当たり前のことで特別なことではない。
 そのため、なんの理由もなくエースの家族だからと受け入れてくれている気になっているが、そうではない。
 オヤジや兄弟の命を助けられただけでなく、一人一人がセーラに看病をして貰った者たちだ。その時にどういった人柄なのかは大まかに把握している。
 エースの家族だから。それだけではなく、ちゃんと自分でセーラと話し、触れあいその上で家族であり恩人だと納得しているのだ。
 まるで自分たちが人攫いのような扱いにシャンクスは困ったと頭を掻く。
(やっぱりもう少し早く来るべきだったな)
 セーラが周りと溶け込む前ならばまだ可能性はあったか。
 幼いルフィでさえああだったのだ。しかもエースには一度挨拶に来られたときにセーラの名を出しただけで凄い剣幕で見てくる始末。
(息子は強敵だと思ってたがこうも人数が多いとな・・・・・・)
 そして何より誤算だったのは、ニューゲートの反応だ。
 セーラ自身の意思を尊重して傍観に回るかと思っていたニューゲートが、誰よりも早く反応したことにシャンクスは驚いていた。
(全く困った人だなぁ、アンタは)
 自分が無償で与えるその感情が、人にとって――特に海の荒くれものたちにとってどれだけ得がたいものだか、その価値を本人はとんと理解していない。
「村を出てきたんだ。帰るつもりはないんだろう? それとも白ひげの船に乗るのか?」
 周囲からの家族の呼び名に感動していたセーラに、再び視線が突き刺さる。
 じっと答えを待つ赤髪海賊団。そして、当然だろうというように目を向けてくる白ひげの船員たち。
(ど、どうしよう・・・・・・誰の船にも乗る気はなかったんだけれど・・・・・・)
 また一人で逃亡生活に繰り出す気満々だった身としては、気まずくて口ごもる。すんなりと口に出してそれが歓迎されるものではないことぐらい、セーラにもこの雰囲気を見ればわかる。
「俺がいるんだから当たり前だろ! なあセーラ?」
 そしてすぐ傍で叫んだエースの言葉に、更に胸が痛む。
(う・・・・・・期待して貰って悪いけれど、やっぱり誰かの船には・・・・・・)
 きっとマリンフォードでの戦いでセーラのことに気づいたものは政府側にもいるはずだ。
 そうすればまた捜索の規模が大きくなり、セーラと共にいる人間に迷惑をかけてしまう。
 なにより、それが自らの愛する息子とその家族であるというのが、セーラには許せなかった。
(ダメだ。やっぱり巻き込めない)
 ぐるぐると迷う思考が一つの結論に達したとき、まるでそれを見越していたように男が口を開いた。
「なあ、セーラよぉ・・・・・・」
「ニューゲート・・・・・・?」
 シャンクスに向けていた剣呑さはどこへやら。ニューゲートは僅かな寂しさをたたえた瞳でセーラを見下ろした。
「無理にお前を縛り付けるわけじゃねぇ・・・・・・だが、一人で危ない橋を渡ろうとしてる家族を放っておけって言うのも無理な話だってお前にもわかるだろう?」
「それは・・・・・・」
 ああ、ニューゲートは私が追われていることを知っているのか。
 セーラは合点がいったように俯いた。
「それに、俺はおめぇに会ったときからお前を自分の船に乗せるのが夢だったんだ。なあ、乗っちゃくれねぇか?」
 見上げる巨体は逆光のせいではっきりと表情が見えないが、随分と寂しそうにそして哀愁の漂う声が落ちてきた。
 セーラを背後から抱きしめるエースも、肩口から子供の時のような不安そうな顔を向けてくる。
 口を開いたものの、二人のそんな様子にはっきりと言うことも出来ずセーラはまた口を閉じた。
 ぐるぐるとまた頭の中が彷徨う。しかし、シュンとした瞳が向けられエースの目が残念そうに下を向こうとしたとき、セーラはほぼ本能で口走っていた。
「ちょ、ちょっとの間で、よければ・・・・・・」
 シン、と甲板が静まりかえり、一拍の後に男たちの歓声が沸き起こる。
 赤髪海賊団は「あーあ」と頭を抱えて残念そうに息を零した。
 
(くっそお! やっぱ息子には勝てねぇか!!)
(お頭〜もっと子犬みてぇな顔しなきゃダメだろ)
(可愛げねえからなぁ、お頭。しかもちょっとかっこつけてたし)
(攻略の逆を行ったな)
(お前らちょっとはフォローしろよ!!)
(シャンクス、ありがとう。私のことを気にしてくれたんでしょう?)
(それもあるが、お頭はアンタのことを船に乗せたかっただけ(セーラ! 残念だけど仕方ねぇな。今回は諦めるから一つお願いを聞いちゃくれねぇか?)
(私に出来ることならいいけれど・・・・・・)
(ああ。セーラにしか出来ないことなんだ)
(私にしか?)
(今日、俺と一緒に寝てくれないか)
(それぐらいなら)
(ばかばか何言ってんだセーラ! おい、弟の恩人でも容赦しねぇぞ!?)
(セーラの優しさにつけ込もうとしてんじゃねぇ!!)
(なにしようとしてんだてめぇは!?)
(セーラに近づくな!!)
(いや〜俺は昔みたいに寝かしつけて欲しかっただけなんだがな〜)
(お頭、火に油だぞ)
(ん? そうか?)
(赤髪の小僧、早く自分の船に帰らねぇか)
(じゃあセーラちょっと借りていくな!)
((行かせるわけねぇだろうが!!))
 
  ◇◇◇

「ねえ、ニューゲート」
 昼間は賑やかなモビー・ディック号も、夜になれば静けさが訪れる。
 船長であるニューゲートの部屋を訪れていたセーラは、手元のグラスに目を落とし、静かに呼びかけた。
「なんだ?」
「その、本当に船にいてもいいのかな・・・・・・私は、その・・・・・・世界政府から結構執拗に追われていて・・・・・・きっと迷惑をかけると思うのだけれど・・・・・・」
 きゅっと両手でグラスを持つ手に力が入る。ニューゲートはその手が微かに震えているのを見て、最後に大きく酒を飲み下して空にするとセーラのグラスを取り上げて端に避けた。
 そして、ニューゲートに比べれば随分と小さな身体を持ち上げて自身の膝に座らせた。
「おめぇが狙われてるのは知ってる。だからこそ余計に放ってはおけねぇだろうよ」
「でも、私はそれで誰かに迷惑をかけるのは嫌だよ・・・・・・」
「家族守ることの何が迷惑だってんだ。守れねぇ方が困る」
 そう言われては、セーラも何も言えない。俯くセーラを見守り、ニューゲートはその銀髪を指先ですくってセーラの耳にかけた。
「おめぇの手配書は見た。エルフが人から狙われてるのは知ってるが、あれはお前個人を探すためのもんだろう。随分と古いが生死を問わねぇもんと、生け捕りのみの二種類あったな・・・・・・一体なぜ政府はそこまでしつこくお前を狙う? エルフだからってだけじゃねぇだろう」
 確信を問うようなものに、セーラの身体がビクリと震える。
 戦慄く口で、セーラは「言えない」と掠れた声で返した。
「別に無理に訊きゃしねぇよ。言いたくねぇならそれでいい」
「・・・・・・これは私の勝手なんだ・・・・・・私が、ニューゲートやエースたちに嫌われたくないから、言えないの・・・・・・ごめんなさい」
 自分を抱きしめるように腕をさすり、震えているセーラの身体をニューゲートは抱き寄せて腕に囲う。
 何か事情がわかれば守りやすくなるかと思ったが、きけなければそれはそれでいい。
 セーラを守ることに変わりはないのだから。
(しかし、嫌われたくねぇか・・・・・・)
 人から軽蔑されるようなことをセーラがするとは思えない。しかし本人がこうも頑なに拒否すると言うことは、嫌われると思うようなことをしたことがあるのだろう。
 ニューゲートは腕の中のセーラを見下ろし考える。
(気になることと言えば・・・・・・)
 手配書に書かれていた「虐殺者」と言う文字。
 あまりに不釣り合いな言葉に、手配書を見つけた当初は怒りに震えたものだが、セーラのこの様子を見るに、もしかして事実なのではないか。
(政府のやろう・・・・・・いったいこいつに何を背負わせやがった・・・・・・)