おしくらまんじゅう


 洗濯物も終えて、昼食までの僅かな時間。
 暖かい珈琲を飲みながらキッチンで新聞をめくるセ―ラだったが、吹き込んできた冷たい風にふるりと身体を震わせた。
「・・・・・・エースたちってば玄関開けっぱなし」
 風の出どころを探れば、玄関戸が僅かに開いていた。朝食後に飛び出していった息子三人を思い出し、セーラは苦笑を宿す。
「それにしても急に寒くなったなぁ・・・・・・エースたちはまだ半袖だけど、そろそろ衣替えしないと風邪引いちゃう」
 ひょこりと顔を外に出したが、途端に冷たい風が襲ってきたのですぐに屋内に戻った。
 セーラやダダンたち大人はすでに長袖を下ろしているが、子供たちは今日も元気に半袖で駆け回っている。サボだけはトレードマークの青いジャケットを着ているからまだマシかもしれない。
 残暑が過ぎて秋らしくなったな〜と思いきや、あっという間に冬の足音が聞こえてきた。
 基本的には白いシャツに黒いパンツという軽装のセーラだが、冬はどうにも苦手で重ね着をしてはもこもこになる。
「今日辺りにカーディガンおろそうかな・・・・・・あ、ルフィ」
「母ちゃん!!」
 茂みから顔を出したのは末っ子のルフィ。このひんやりした空気の中、タンクトップに短パンという子供は風の子を体現したような格好だ。
 呼ばれて気づいたのか、セーラを見てパアッ! と輝く笑顔が可愛らしい。
 兄二人とは別行動なのか、エースとサボの姿は見えない。
 ピン! とセーラの頭にある考えが湧きたった。
「ルフィ」
「ん〜?」
 屈んで名前を呼びながら手招きをすれば、すぐに茂みから飛び出たルフィはパタパタと駆け寄ってくる。
 目の前に来た小さな身体を自身の腕の中に招き入れ、セーラはぎゅうっと抱きしめた。
「わっ! どうしたんだセーラ?」
「ちょっと寒くてね・・・・・・ふふ、やっぱりルフィはあったかいね」
 子供だから体温の高い身体は、ぽかぽかとセーラの身体にも温もりを伝える。
「シシシッ、おれ元気だからな! もっとぎゅーってしていいぞ」
 腕を伸ばしてぐるぐると自分とセーラに巻き付け、ルフィはさらにセーラの胸元に顔を寄せて笑う。
「おいルフィ、お前どこまで探しに行って・・・・・・ってお前!? 何してんだよ!?」
 同じように茂みから遅れて登場したのはエースで、抱き合うセーラとルフィを見て驚きの声を上げる。
「ルフィ、セーラのこと独り占めはダメだろ」
「へへ、セーラから俺のことぎゅーってしてきてくれたんだぞ! 俺が元気だから」
 サボは呆れた顔でルフィを窘めるが、当人は楽しそうに笑って「いいだろう」と自慢する。
「元気なら俺だってある!! ってかルフィ、どんだけぐるぐるにしてんだよ!」
 全然取れねぇ! っとエースは伸びる弟の腕を引っ張り踏ん張る。
 そんなエースの様子を笑っていたサボだが、自分も腕を解くのを手伝いだしてからは次第にその顔色が曇る。
「マジで全然取れないぞ・・・・・・ルフィ! お前よくこんなにめちゃくちゃに巻いたな」
「こうしたらセーラにずっとぎゅうして貰えるだろ?」
「限度があんだよ! この馬鹿!」
 ポカリと暢気な弟の頭をエースが叩く。
「いてぇ!? いや、おれゴムだから痛くねぇや」
 叩かれたとこをよしよしと撫でていると、そんなセーラにもエースの矛先は向いた。
「セーラも焦れよ! てか苦しくねぇのか!?」
「苦しくはないけど・・・・・・それにルフィをこうやって抱きしめるのも久しぶりだったし・・・・・・ねえ?」
「おう!! 嬉しいからずっとでもいいぞ!」
 二人で笑い合うセーラとルフィに、エースとサボはどこか疎外感を感じてムッとする。
「よし、解けた!」
「おいルフィ! どけ!」
 げしっとエースに蹴り飛ばされてルフィは簡単にセーラの膝の上を明け渡すことになった。
「おれだって元気だろ!?」
「うん、エースも暖かいね」
 ふん、と腕を組んでふんぞり返るエースに、セーラは微笑んでその身体を抱きしめた。途端に真っ赤になってエースは口をすぼめる。しかし、控えめにセーラの背中に腕を回すので、セーラは余計にいじらしい気持ちになった。
「ちぇ、エースに取られた」
「次は俺だからな、ルフィ。順番だぞ」
「わかってるよ〜」
 律儀に列になるように並ぶ二人を見て、セーラはエースを片膝に乗せてスペースを空けてサボを呼び寄せる。
 ちょこちょこと近づいてきたサボをもう片方の膝に乗せ、パチパチと大きな目を瞬かせていたルフィも笑みを向けて促す。
 察して嬉しそうに破顔したルフィが兄二人の真ん中にどーんと飛び込んで来たので、セーラはそのまま三人の子供たちを抱きしめる。
「シシッみんなでぎゅーだな!」
「ルフィ、絞めすぎだ馬鹿」
「はは、あったけーな!」
 セーラの腕ではすっぽりと三人を囲うことは出来ないが、その分ルフィの背にはエースとサボの腕が回り、伸びたルフィの腕が四人を一纏めにする。
 小さな丸い三つの頭に頬を寄せるように首を傾け、セーラはそっと目を閉じた。
「いつの間にこんなに大きくなっちゃったんだろうね・・・・・・」
 つい先日までもっと小さな赤ん坊だったのに。
 サボだって、すでに人生の半分はセーラと共にいる。五歳が倍の年齢になれば、手足も背丈も随分伸びる。
 常に抱っこして一緒に居て、ひょこひょこと後ろを着いてくるような小さな雛たちは、今じゃ自分の足で森に繰り出して自分の手で生き抜ける術を着々と手にしている。
(手を離れるのは、あっという間なんだろうな・・・・・・)
 あのドラゴンだって、もう子供をもつような年齢なのだから。
 子供たちの成長がしみじみと胸に広がる中で、一抹の寂しさが混じったのは見て見ぬふりをした。
 しかし、セーラの一言にその寂寥感を本能的に察した三人はこぞって声を上げる。
「言っておくけどもっとデカくなるからな!」
「セーラだって簡単に抱えられるぐらいにな!」
「おれはじいちゃんよりデカくなるんだー! そんでじいちゃんみたいにセーラのことひょいって持ち上げるんだ!」
「ジジイよりデカくか・・・・・・」
「色んな意味でハードル高そうだな・・・・・・あれよりデカい男って」
 わちゃわちゃと膝の上で語らう息子三人の姿に、僅かに目の奥に灯った熱を瞼で閉じ込め、セーラは微笑んで見せた。
「・・・・・・元気でいてくれたら、それでいいよ」
 ぎゅう、と細腕で抱きしめられぱちくりと目を瞬かせた三人だったが、その言葉が不満だったのか「絶対デカくなるんだ!」と抗議の声を上げた。


(ジジイはなんであんなにでけぇんだ?)
(ダダンもでけぇぞ)
(なんでデケぇのか聞いてみりゃいいじゃねぇか)
(馬鹿かルフィ!!)
(んなこと聞いたら恐ろしいことになるぞ!?)
(いてぇよ! 殴るなよ! セーラ〜〜!!)
((すぐ泣きつくな!!))
(そんな風に泣いてるうちは絶対セーラを抱えるなんて無理だな)
(ああ。無理だな)
(な、なんだよ、二人してぇ・・・・・・いいもん! 俺はずっとセーラに抱っこして貰うから!)
((なに言ってんだ!! この野郎!!))
(セーラも嬉しそうにしてんなよ!)
(そうだぞ! ルフィのこと甘やかし過ぎだ!)
(そ、そうかな? 別に私はエースもサボもずっと抱えてあげるよ・・・・・・ガープぐらい大きいと難しいけど)
(ぐぬぬ・・・・・・)
(へへ、やったー!)
(いや、ダメだ! 俺はセーラも守れる強い男になる!)
(俺だってセーラのよりもデカくて頼りになる男になるぞ!)
(え!? おれだってセーラのこと守れるようになる! じいちゃんには負けねぇから!)
(ほお? じゃあみっちり鍛えねばならんな!!)
(((ぎゃー!! ジジイ/じいちゃん!!?)))
(ガープ! おかえりなさい)
(おお、セーラ! 今帰ったぞ)
(わっ、急に持ち上げないで・・・・・・)
(あ! セーラのこと返せよじいちゃん!)
(悔しかったら取り返してみぃ! 今日はセーラは一日わしと一緒じゃ!)