いいとこ取り

*もし拾ったのがロジャーだったなら軸。


「俺が右だ!!」
「今日は俺が右だ!!」
 晴天の中、穏やかな波に揺られるオーロジャクソン号の甲板に子どもの声が二つ、響き渡る。
「二人とも、喧嘩しないで・・・・・・」
 子ども――シャンクスとバギーに挟まれたセーラが仲裁しようと声をかけるが、虚しくもヒートアップした二人には届かない。
「何してるんだ、お前たちは」
 そこに現れたのはこの船の副船長――レイリーである。呆れた様子でセーラから二人を引き剥がす。
「聞いてくれよ! レイリーさん!」
 シャンクスが声を上げたが、そこにバギーが被せて大きく喚いた。
「シャンクスの野郎が言うこと気かねぇーんだ!! お前昨日右だったんだから俺に譲れ!」
「その前にバギーが二回連続だったろ! 今日は俺が右だって!」
 またお互いの髪を掴んで取っ組み合うものだから、今度こそレイリーの拳が二人に落ちた。
「いってぇー!」
 蹲って頭を押さえるシャンクスとバギーを、セーラが心配そうに屈んで様子を見る。
 すると、バギーはすかさず隠れるようにセーラの腰に抱きついた。シャンクスは先を越されて拗ねたように口をへの字に曲げる。
「さっきから右だなんだといったい何で喧嘩してたんだ? お前たちは」
「えっと、なんだか寝る場所で喧嘩してたみたいで」
「ん? 自分のベッドで寝てるんだろう?」
「それが・・・・・・」
 そう言ってセーラは二人を見下ろす。未だに頭を擦っているシャンクスが続けた。
「セーラと寝るときに左右どっちで寝るかって話してたんだ。なのにバギーが譲らねぇから」
「お前だって譲らなかっただろうが」
「私はどっちでもいいと思ったんだけど、二人には重要だったみたいで・・・・・・」
 なぜ二人がここまで喧嘩したのか理由がわからないセーラは、困惑した顔で微笑んでレイリーを見上げる。
 セーラのベッドは壁際に面しており、寝るときに左になるとセーラと壁に挟まれる形になる。そして、右側は下手したら寝返りの最中にシャンクスもバギーも落ちるので、セーラは抱きしめてストッパーとして寝るのが当たり前になっていた。
 つまり、二人はセーラに抱きしめて貰える方で寝たいが為に喧嘩していたのだ。
 しかし、セーラは全くの無意識であるため、シャンクスもバギーも本人に直接言うのは恥ずかしい。そうしてセーラは理由も分からぬ争いに巻き込まれていたのだ。
「あんまりセーラを困らせるな。この前だってどっちが一緒に風呂に入るって喧嘩してただろう」
「それはバギー/シャンクスが譲らねぇから」
 声が揃うと、ムッと同じように顔をしかめ、今度はベッと舌を出してお互いに威嚇し合う。
 どこまでも息の合う二人だ。
 セーラはそんな二人の頭を撫でて宥める。
 レイリーは相変わらずな様子に肩を竦めるしかない。
 このオーロジャクソン号において、セーラを取り合って喧嘩する子どもたちの姿は珍しいものではない。むしろ、毎日のことで他の船員たちは楽しげに眺めているだけだ。
 本当にセーラが困っていたら助け船は出すが、元気に喧嘩しているシャンクスとバギーを微笑ましげに見守っているうちは船員たちも見守り体制である。
「こうも母親離れが出来ずに困らせてばかりだと、強制的にセーラ断ちをさせるしかないな」
「へっ」
 ぐいっと腕を引かれてセーラは強制的に腰を上げた。ふらついたところを腰を抱くようにレイリーに支えられ、身体を預ける。
「セーラ、今日は私と一緒に寝るか?」
「えっと、レイリーがいいならいいけれど」
「レイリーさんひでー!」
「割り込みだ!! 勝手にセーラ取ってくなよ!」
 わちゃわちゃと二人の足元にへばりつくシャンクスとバギーの姿に目もくれず、レイリーはセーラの腰に手を回したままもう片方の手でその白く細い指に触れ、己の方に更に引き寄せる。
「私だってたまにはセーラの子守歌で気持ちよく眠りたいんだがな」
「子守歌が欲しいの? 私でよければいつでも歌うよ?」
「母さんダメだって!」
「レイリーさんの部屋に行ったらペロッと食われちまうぞ!?」
「おいおい人聞きが悪いな。セーラと仲良く布団で横になるだけさ。お前たちがいつもやって貰っていることだろうに」
「俺らはいいんだってば!」
 三人のやりとりを眺め、セーラはレイリーの腕の中で目を瞬かせる。
 助けてくれたと思いきや、これはレイリーが新たに加わっただけで状況は変わっていないのでは?
 ふと、そんなことが過ぎった時だ――。
「賑やかだと思えば、なにやってんだお前ら? セーラ囲って」
「ロジャー船長!」
 船内から現れたロジャーに、甲板にいた船員たちが一斉に声を上げた。それに「よお」と陽気な面持ちで手を上げて応え、ロジャーはセーラを不思議そうに眺める。
「またシャンクスとバギーがセーラを困らせていたからな。そろそろ母親離れでもさせるかと思ってな」
「そんなこと言ってレイリーさんがセーラと一緒にいたいだけだろ!」
「セーラを返せぇー!」
 ぽこぽことレイリーの足を叩くシャンクスとバギー。レイリーは変わらずしれっとした顔でセーラを腕に囲っている。
 セーラはどうしたらいいものかと目を白黒させていた。レイリーと子どもの間とを碧眼がきょろきょろと彷徨う。
 そんな四人の様子を面白そうに眺め、ロジャーはにやりと笑った。
「わっ」
「おい、ロジャー・・・・・・」
 ひょい、と早業でレイリーからセーラを奪い取り、その細い身体を抱え上げて満足そうに笑うロジャー。それをじと目で見つめ、苦い顔を晒すレイリー。
 子どもたちは突然目の前から消えたセーラに目をぱちくりさせていたが、船長の腕の中のセーラに気づけば、人攫いに挑むような顔つきでロジャーに襲いかかる。しかし、両手が塞がっていたロジャーが片足をあげて足払いをかければ、面白いほど綺麗に二人は転がった。
「最近お前とゆっくり出来なかったからな。今日は俺の部屋に来い」
「おいロジャー、私が先約だぞ」
「何言ってんだレイリー。セーラを拾ってきたのは俺だぞ? つまりこいつは俺のもの。持ち主のとこにいんのに理由がいるかよ」
 なあ、セーラ? と和やかな笑みを向けられるが、それは有無を言わさぬ威圧を持っていた。
(船に乗せられた時もこんな感じだったっけ・・・・・・)
 と、二十年ほど前のことを思い出し、セーラは懐かしい気持ちに襲われた。
 あまり返事をせずにいると、この大きな子どもは拗ねてしばらく離してくれなくなる。するとシャンクスやバギーまでムッとした顔で黙りこくってしまうので、出来ればそうなるのは遠慮したい。
「あの日から、私はロジャーのものだよ」
 これは紛れもない本心だ。
 あの日、ぶつかったセーラを一目見て気に入り、了承も聞かずに抱えあげて船に乗せた男だが、そのおかげでセーラは今、こうして賑やかな船の旅を楽しめている。
 少しずつ船員たちに心を開いていくなか、彼らが自分の胸の内を占める割合が大きくなっていく事にセーラは不安を覚えていた。
 ――自分が傍にいると、この船の人たちをいつか危険に晒してしまう。
 夜の海の上で。島にたどり着いた買い出しの途中で。みんなでの食事の最中で。
 ふとした時にヒヤリと胸を痛めた嫌な予感に、セーラがひっそり下船しようと行動を起こす度、追いかけて捕まえ、逃げられぬように抱きすくめて「俺がいるから大丈夫だ」と声をかけ続けてくれたのはロジャー……この男だった。
「そうだよな〜! じゃあ今日は一日俺と一緒だからな〜」
 一緒に寝るのは久々だ、と鼻唄でも唄いそうなほどに上機嫌な様子でロジャーは船内に足を進める。
 急に動くものだから、セーラは驚いてロジャーの首に抱きついた。
 躊躇もなく己に触れるセーラの様子を見て、ロジャーは出会った頃からの時の経過を感じ、更に笑みを深めた。
 揚々と去っていくロジャーの大きな背中を眺め、シャンクスが小さくぼやく。
「いっつもいいとこ取りだ」
 その言葉に、バギーとレイリーも無言で同意を示した。


(おいセーラ。お前この間ニューゲートとやり合ったときに窓から見てただろ)
(あ、ごめんなさい。みんなが心配で・・・・・・)
(ニューゲートが見てたみたいでな。お前に会わせろって珍しくしつけーんだあいつ)
(私は白ひげさんならいいよ? ロジャーもレイリーも信頼してる人だし)
(ばーか! 自分の宝狙うやつに見せびらかすやつがいるかってんだ。お前は大人しく俺らの宝箱に入ってりゃいいんだ)