心配性の理由

 今日も海を進むオーロジャクソン号。そこにまだ幼い少年の声が二つ響いた。
「いってー!」
「シャンクス、動かないで」
 赤い髪の少年――シャンクスの顔を細い指で支え、セーラが絆創膏で小さな擦り傷を塞ぐ。
「セーラ、魔法で治してくれりゃいいのにィ・・・・・・」
「バギー、なんでもかんでも治して本来の治癒力が衰えても困るでしょう? ほら、その腕の傷は治してあげるから」
 ムスッと文句を言ったバギーに、セーラは子供の腕を取り未だに血の止まらない怪我に手をかざす。
 先ほど敵船と抗争したばかりだが、ロジャーたちがいて大きな被害が出るわけでもなく、怪我をしたのは見習い二人ぐらいなもの。
 シャンクスは細かい擦り傷、切り傷がいくつか出来ているが、さして大きな怪我でもない。セーラが気になったのはバギーの手の方だ。
 一筋、刀で線を引かれたそこからは、今も絶えず出血が見え、止まる気配はない。
(意外と深い・・・・・・これは縫わなきゃいけないかも知れない)
 それならセーラが治してしまった方が早い。まだ小さな子どもの身体に傷跡を残すのも気が引けた。
 ぽう、とセーラの掌から仄かな光が零れ、バギーは自分の腕に暖かく熱を持つような感覚が宿るのがわかった。しかし、熱いと思うようなものでもなく、むしろ心地良い温いものだ。
 一分ほど手をかざしていれば、バギーの腕に出来た傷は綺麗に消え、今はまっさらな肌がのぞいている。
「はい、おしまい。他に痛いところはない?」
 訊けば、二人は顔を見合わせた後、セーラを見て「ない!」と大きく歯を見せて笑った。
「それならよかった」
 安堵しつつもセーラは眉を落とし、二人の顔に貼られた絆創膏を触れずにそっと撫でる仕草をする。
「シャンクスもバギーもまだ十にもなってないんだから、まだ戦闘に出なくてもいいんじゃない?」
「俺たちだって海賊だぜ?」
「お宝奪うなら自分の手で奪わねぇとな!」
 合わせたように胸を張って応えた二人だが、すぐにムッとした顔で口を尖らせた。
「セーラはいっつも俺たちのガキ扱いするよな」
「そうだぜ、俺たちだって立派な海賊だってのに・・・・・・」
 これぐらい屁でもねぇぞ、とさっきの泣き言はどこへやらバギーは傷のあった腕を掲げて言う。
 どうやらセーラが心配しているのは、自分たちが弱くて小さいからだと思っている二人に、セーラは目を瞬かせ次いでふっと表情を崩す。
 目線を合わせるために屈んでいた姿勢からぺたりと甲板に腰を下ろす。
 そして、トントンと正面の床を叩いて二人にも座るよう促す。首を傾げつつもシャンクスもバギーも揃って素直に座った。
「あのね、確かにバギーもシャンクスもまだ子供だから心配って言うのもあるよ。でも、私はロジャーやレイリーやギャバンのことだって心配してるんだよ?」
 こてんとセーラが首を倒して窺うように二人を見ると、思った通り不思議そうな顔をした二人。
「なんでだ?」
「船長もレイリーさんもギャバンさんだってつえーぞ?」
 拗ねていたことも忘れ、二人はきょとんと瞬きをして見つめ合っていた。
「心配にも色々あるかもしれないけど、私はね愛してるから心配なんだよ?」
 物語でも紡ぐような穏やかで、しかし軽やかで当たり前のように告げられた言葉に、シャンクスとバギーの息が止まった。じわり、と胸にインクが滲むように暖かさが広がる。
「強いとか弱いとか、大人だから子供だから・・・・・・そんなの関係ないの」
 男なのにロジャーやレイリーたちとは全然違う、真っ白で細い腕が伸び、シャンクスとバギーの手を取る。
「シャンクスのこともバギーのことも、ロジャーもレイリーもギャバンも、この船のみんなのことを愛してるから、大事だから心配しちゃうんだよ」
 夜の海を宿す瞳は、緩やかな波で浚うようにシャンクスとバギーを映す。
 それだけで、二人の身体から力が抜ける。夜の海は真っ暗で怖いけれど、セーラの瞳に揺れる青は微塵も怖くない。
 逆に自ら身を委ねてしまいたくなるような気分になるのだ。
 だってその腕の中がどれだけ暖かくて、どれだけシャンクスとバギーを愛しているのか知っているから。
 どんなときだって自分たちのことを受け止めてくれるという確信があるから。
 胸に広がった温もりは次第に全身に巡り、今度は身体の奥からうずうずと衝動が湧き上がってくる。
 動いたのは同時だった。
 ピタリと静止してしまった子供二人にセーラは首を傾げていたが、すぐに小さな身体が飛びかかってきたので慌てて抱き留めた。
「俺もセーラのこと大好きだぞー!」
「俺だってセーラのこと好きだー!」
「俺の方が好きだ」
「俺の方が好きに決まってんだろ」
 突然叫んだと思えば、二人揃ってセーラの膝の上でぎゃいぎゃいと喧嘩を始めてしまった。
 ぽかんと二人を見下ろしていたセーラだが、いつもの光景に次第に笑いがこみ上げてくる。クスクスと控えめに笑って見守っていたが、背後に立つ複数の気配に気づき振り返った。
 そしてぎょっと驚く。
「ど、どうしたの?・・・・・・みんな・・・・・・」
 まさかロジャー海賊団の屈強な男たちが揃いもそろって顔を覆い、俯くやら天を仰いでいるやらといった異様な光景が見られるとは思ってもいなかった。
(私の知らない間に何が・・・・・・?)
 まさか気づいていなかったが誰か大けがをしていたのか? 不安になって先頭に立っていたロジャーに問おうとしたが、先にロジャーからため息交じりの声が漏れた。
「はあ〜〜・・・・・・本当にたまらねぇな・・・・・・」
 しみじみと感慨深そうに呟くものだから、パチパチと目をしばたたかせて声をかけるタイミングを見失ってしまった。
 その間、ロジャーは両隣のレイリーとギャバンをみやり、「な? な?」と同意を得ている。
 レイリーとギャバンは声を出さずに顔を覆ったままこくりと頷く。
「セーラ」
「うん?」
 ぽつりとレイリーに呼ばれた。
「今日は私の部屋に来ないか。いいワインがあるんだ」
「私でいいの?」
 他のみんなみたいにそれほど量が飲めるわけではないのだが、つまらなくないだろうか。
「いや、君と二人がいいんだ」
 肩を掴まれて真剣に言われれば頷くほかない。しかし、そこに待ったをかけたのはギャバンで。
「おいレイリー独り占めは許さん。というかロジャー以外じゃお前が一番セーラと一緒にいるんだから今回は俺に譲れ」
「お前らなに言ってんだ! セーラは俺と一緒だろうが!」
「「お前はいつも一緒にいんだろうが!!!」」
 なぜか背後で始まった大人たちの乱闘に、セーラは頭がついていかない。混乱しているセーラに、いつの間にか喧嘩を終えていたシャンクスとバギーはこっそりと呼びかけて船内に誘う。
「放っておいていいの?」
「いいんだよ。船長たちさっきのじゃ暴れ足りなかったんだろ」
「そうそう。それより部屋に行こうぜ! 今日は一緒に寝てくれよ」
 シャンクスに手を引かれ、バギーには背中を押されてセーラは足を進めるしかない。
「今日はっていつも一緒に寝てるでしょ?」
 なぜわざわざ訊くのかと問えば、二人はまたも息を揃えて答えた。
「横取りされねぇように」
 意味はよく分からなかったが、セーラはなんとなくで納得して早々に子供たちの部屋に引っ込んだのだった。

(あれ? セーラがいねぇぞ!?)
(なにぃ!?)
(ガキ共もいねぇ!!)
((あ、あいつらぁ〜〜〜!!))