託児所ではなく海賊船



 海の真ん中で船が二隻、並びあう。
 オーロジャクソン号よりも一回りは小さい、新世界にいる海賊にしては小規模な小柄な船。
 そこの甲板で、この船の船長であるアパルは、白いシャツに黒い細身のズボンというシンプルな出で立ちで来訪者――ロジャーたちを出迎えていた。
 年の頃は三十に届かないような若者に見えるが、悪魔の実を食べたせいで不老人間であるアパルは、外見が老けない。すでにロジャーたちよりも十も二十も年上の男である。
「おいロジャー。ここは託児所じゃねぇんだぞ?」
 綺麗な外見とは裏腹に、その口調はひどくとげとげしく荒れていた。
 じとりとロジャーとレイリーの腕に抱かれた赤ん坊を見て、アパルは苦い顔をする。
 明らかにやっかいごとを持ってきた男たちのことを、どうしたら歓迎できるというのか。
 そもそもアパルの船だってすでに人手が足りないのだ。なんせこの船の船員は約半数が子供なのだから。
「お前に預けに来たわけじゃねぇさ。だが育てようにも俺の所じゃ子育てなんて知ってるやつはいないからな。勉強しに来た!」
「お前なぁ、便りもなく来たと思えば、ガキの面倒の見方を教えろだあ? ガキのこと考えるなら海賊船で育てるんじゃなくてどっか平和な街や村に預けな」
 海の上での生活はただでさえ幼い子供には過酷だ。しかも海賊となっては命の保証だって出来ない場面が出てくるかも知れない。子供には見せられないような状況に陥ることだってある。
 だからこそ、海賊とは関係ない平穏な小さな村や街で、預け先を探すのがアパルたちがする第一の状況打破だ。どうしても信用ならず預けることに踏み切れない、また子供が望んだ場合は船に乗せ、いつでも乗り降り自由にしているのだ。
 到底海賊とは言いがたいアパルたちの行いだが、この首に賞金がかかっている以上、海賊として扱われる。
 別に自分から海賊を名乗ったことはないのに、だ。
「もちろん、船員たちで話し合ったさ。だが俺たちで育てることにしたんだ」
 全く引く様子もないロジャーの堂々とした態度に、アパルは横に控えるレイリーとギャバンを見やる。二人揃って首を振られた。
 なるほどすでに話し合い済み。撤回する気は微塵もないらしい。
 本人たちが覚悟を決めているならいいか、とアパルはため息をついた。
 ロジャーたちがルーキーの頃から知っているが、子供にひどいことをするような者たちじゃないことは理解しているが故の判断だ。
「とりあえず、「母さん!! この前のチビが母さんのこと呼んで泣き止まねぇんだ!!」
 子供たちの中の長男坊――フィッスが慌てた様子で船内から飛び出てきた。
「フィッス! 母さんて呼ぶんじゃねぇって言ったろうが!?」
「ごめんよ、船長!!」
「チビはどこだ?」
「母さんの部屋」
「フィッス!」
「か、船長の部屋!!」
 フィッスはアパルに最初に拾われた一人であるが、ロジャーたちとそう変わらない年齢の男だ。アパルが今まで拾って育てた子の中にはフィッスのように船に残って船員になる者もいるが、成長して船を下りた者も少なくない。
 夢を追って船を下りた者。愛する人を見つけて島に永住することを選んだ者。様々だ。
 バタバタと慌ただしい喧噪と共にアパルが船室に戻っていく姿をロジャーたちは慣れた様子で見送った。
 なんせこの船でアパルが静かに一カ所にとどまっていることなどまずあり得ないので。
「ハハハ、相変わらず自分の女顔が嫌いなやつだな」
「まあ老けねぇんじゃ顔は変わらねぇしな〜」
「だがあの姿は三十の頃のものだろう? そのまま年を取っていてもそう変わらなかったと思うがな」
 ロジャーの愉快そうな声に、ギャバンとレイリーが答える。
 アパルは長い髪と生来の華奢な身体が相まって、後ろから見れば女に見間違えられることが多い。
 街に出れば背後から声をかけられる。男と分かって名残惜しげに去って行く者もいるが、男女問わず見惚れる美しい顔立ち故に、男でも構わないとしつこく付き纏われることも多い。
 そのせいで自身の女顔嫌いがより加速したとも聞く。
「どうするかな〜。なあ、シャンクス? ん?」
 腕の中の赤ん坊――シャンクスに目を向けてロジャーが声をかけると、くいっと小さな力で上着を引っ張られる感覚。
 見れば、五つにもならないような小さな女の子が一人。きょとりとロジャーを見上げていた。
「ん? どうしたお嬢ちゃん」
「ママはー?」
「ママは中に行っちまったぞ? なんでもチビが呼んでるとかでな」
 屈んでもなお下にある少女に向かって、ロジャーは怖がらせないようにニカッと笑った。
 しかし、少女はロジャーの言葉を聞くとムスッと顔をしかめた。
「ん〜? どうした、怖い顔して」
「ロジャー、お前の顔が怖いから怯えているんじゃないのか?」
「うっせぇ! レイリー、お前のひげ面の方が怖がってんだよ」
「おいおい、二人ともこれ以上怖がらせるなよ。アパルに殺されるぞ」
「ギャバン! おめぇだってそう変わらねぇだろうが!」
 がやがやと男三人が言い合いをする中で、ぽつりと少女が零す。途端にロジャーたちは動きを止めて耳を傾けた。
「ママってば最近あの子ばっかり・・・・・・前までは私が一番下だったから私のことずっと抱っこしてくれてたのに」
 なるほど、顔が強ばっていたのは怖がっていたからではなく、拗ねていたかららしい。
 静かに眼を合わせた三人は、揃って少女を囲うように屈んで声をかける。
「なんだ、寂しいのか?」
「さ、寂しいけど・・・・・・でも、ママは忙しいから我慢しなきゃ・・・・・・最近はよく他の船が攻めてきてママ疲れてるし」
「なに〜?」
 聞き捨てならない言葉にロジャーから低い声が漏れる。
「最近は赤ん坊を拾ったとも聞かねぇから隈があるのが不思議だったが・・・・・・」
 納得がいったと、シャンクスを片腕で抱え直してロジャーは顎をさする。
「アパルたちが恨みを買うとは思えないがな」
「ああ」
 賞金首であるアパルが船を率いているので海賊の括りに入れられるが、同業者を襲うことも民間人に被害を出すこともない。強いて言うなら、子供を拾っては育て上げている育児海賊団である。
 海賊と言うよりは気ままな旅人たちだ。
 懸賞金も五億を超えるので、そう簡単に余所から喧嘩を貰うとも考えにくい。
 しかし、そこでレイリーがあることを思い出した。
「もしかして、この前更新された手配書のせいじゃないのか?」
「手配書? ああそういや金額がちょっと上がってたな」
「ロジャーが気に入って部屋に持ってっちまったやつだろ」
「馬鹿やろー! あの顔は同じ船に乗ってるガキどもしか見れねぇレアものだぞ!? そりゃ持ってくだろ」
 飄々とした様子で語るので、ギャバンはロジャーの髭を引っ張った。シャンクスを抱えたロジャーは、碌な抵抗も出来ず好き勝手されている。
「その写真のせいで狙われてるんじゃないのか?」
 レイリーの言葉に、ロジャーとギャバンは「ああ〜」と頷く。
 アパルの手配書は、以前はその美しい顔を横から取ったものだった。と言っても、ツンとすました真顔だったので、冷酷そうに見えていたのだが、少し前に手配書の金額が更新され、その際に写真も入れ替えられたのだ。
 それが、赤ん坊を胸に抱いてあやしている微笑み顔だったので、一時期は噂になっていたものだ。
 もしかしたら畏怖の欠片もない姿に、アパルならば勝てると思ってけしかけてきているのか、それとも写真を見て手籠めにするために狙ってきた者たちか。
 どちらにしろアパルからしてみれば面倒なことこの上ないのだろう。
 なんだって海軍はあんな写真を採用したのか。
 アパルと親交のあったロジャーたちは、ごく少数の者が知るその顔を全世界に広められたことが不満だった。
 ちなみに、手配書が出されてすぐの頃。たまたま近海にいたニューゲートが、わざわざアパルに苦言を呈しに来たのはロジャーの知らぬ話。
「そういや、ここに来る途中で船影を見たな・・・・・・」
「なんだ海賊船か?」
「ああ。もしかしたらまだ近くにいるかもな」
「ほぉ〜」
 いいことを聞いたとロジャーが笑う。それに嫌な予感がしたレイリーとギャバンは顔を見合わせてやれやれと肩を竦める。
「もしそいつらがアパルを攻めてきたらウチで蹴散らすか」
「怒ると思うぞ。勝手なことしやがって! って」
 つまり、ロジャーはアパルを攻めた他船を沈めることで、アパルたちのバックにロジャー海賊団がいると思わせる、といっているのだ。
 しかし、ルーキー時代を知っているが故か、未だにロジャーたちを子供扱いするアパルが、そんなことを享受するとは思えない。
 生意気だと尻を蹴られるのがオチだろう。だからこの男は、勝手にやっちまおうと言うのだ。
 既成事実は作った者勝ちだ。
 レイリーたちも後で怒られるとは言うが、止めるつもりは毛頭ない。
 なにより、世話になったあの人に寄る害虫はさっさと駆除するに限るのだ。
 虫除けにくらいいつでもなろう。
「よし、お嬢ちゃん。俺たちに任せておけ。お前のママを苦しめる悪い虫は俺らが追っ払ってやるからな!」
「本当!? そうしたらママちゃんと寝られるかな?」
「ん〜・・・・・・今は赤ん坊はいねぇんだよな・・・・・・だったら大丈夫じゃねぇか?」
 キラキラした瞳を向けて、少女はロジャーの裾をぐいぐい引っ張る。
「やったー! ありがとう、おじさんたち」
「おう。任せとけ」
 心底嬉しそうに笑う少女につられ、ロジャーたちも口を緩める。
 全く本当にこの船は海賊らしくない。しかし、この雰囲気が無性に恋しくなるときがくるのだ。
「ニーン、こんな所にいたのか」
「ママー!!」
 船室から現れたアパルに、少女――ニーンはニコニコしながらその腕に飛び込んだ。
「こら、ママじゃないだろう?」
「でも、私ママって呼びたいの。船長じゃ嫌」
 抱き上げた娘の拗ねた顔に、アパルは困ったように微笑みその髪を撫でる。
「ニーン。言ってるだろう? 俺とお前たちは家族じゃない。ただ一時的に預かっているだけだ。だからお前たちは海賊ではないし、好きなときにここを出て行っていいんだって」
 冷たく引き離すような言葉なのに、その声音は穏やかで言い聞かせるような響きの奥に愛情を感じる。
 ニーンは、わからない、と首を振ってアパルに抱きつく。顔を隠してしまったニーンに、アパルはしょうがないな、とその背中を優しい力で叩いて宥めた。
「ロジャーたちも中に入れ。遅くなって悪かったな」
「いいさ。別に気にしちゃいねぇ」
 海賊をやっていてはまず見ないだろう、親子の光景は三人の男の胸を温める。
 別に家族に対して憧れを持つわけでもないが、こうした普通なものには縁のない者たちばかりだ。たまには、自分たちの知らぬ世界を感じて心を休めたっていいだろう。
 世界も捨てたもんじゃねぇと思える。
「宝箱で拾ったあ?」
「ああ、こっちの赤いのがシャンクス。青いのがバギーだ」
「もう名前まで決めちまって・・・・・・本気なんだな?」
 じっと見据えてくる瞳に、ロジャーも真剣な眼差しを返し、頷いた。
「もちろん」
「まあこれ以上は俺が口を出すことじゃねぇしな・・・・・・ロジャー」
「ん?」
「目一杯愛してやれよ」
 ふわりと柔らかく笑んだアパルに、男たちは一瞬息を呑み、そうして頷いて見せた。
 そして、まるでタイミングを見計らったようにシャンクスが泣き出し、それに反応してバギーまで泣き出した。
 大人たちが一斉にあやしにかかる姿は、傍から見ていて面白かったとニーンは語る。


(ロジャー船長! 今度はいつ母さんのところに行くんだ?)
(ハハハ、シャンクス、お前その呼び方はアパルに拳骨落とされるぞ)
(えー、でもなんか慣れちまったしな)
(俺はちゃんとアパルさんて呼ぶぜ。あの人の拳骨いてぇんだ・・・・・・)
(なんでだよバギー! 裏切り者!)
(お前たち、また喧嘩してんのか!)
(げ、レイリーさん!!)
(よおーし、じゃあ久々にアパルの所に行くか!)


 赤と青。正反対な美しい髪を持つ子供たちが七つになる頃。オーロジャクソン号から少し離れたある島で、一人の海賊が死んだ。
 海賊らしからぬ、民間人の子供を守って頭部を撃ち抜かれ、即死だったという。
 遺体はなぜかサイファーポールに持ち出されたが、帰還する途中でロジャー海賊団と白ひげ海賊団から奇襲を受け壊滅。海賊の遺体の所在は不明。
 しかし、頭部の銃創以外は綺麗なもので、まるで眠っているようだったと目撃した街の者は語る。


 そして、時は流れ――。
 海賊王――ゴール・D・ロジャーが処刑されてから四年。
 東の海、ゴア王国に属する村の一つ。その名が表す通り村のあちこちに風車が点在するのどかな村。
 その村の中で困った顔の少年が一人。
 年は十を少し越えた頃。細身でさらさらした髪を流す見目の麗しい少年だ。
 そして、少年を困らせているのが足元に引っ付く子供。二つか三つ程度の小さな男の子だ。
「やだ!! アパルも一緒に山に帰る!!」
「エース、俺は村に家があるから無理だって。送ってやるからもう帰ろう?」
「やーだー!! アパルも一緒に家に帰るぅう〜〜!!」
「ああ、こら泣くな泣くな。ほら、抱っこしてやるから」
「うん・・・・・・グズ」
 ひょい、と軽い調子でエースと呼ばれた男の子を抱え、アパルはコルボ山に足を向けた。
(うーん・・・・・・エースって、絶対ロジャーの息子だと思うんだよな〜)
 なんせ面影がそっくりなもので。
 少年の名はアパル。出身はこのフーシャ村の十二になる子供である。
 しかし、何故かここで生まれてくる前の自分の記憶を有しているちょっと変わった子供だ。
(あいつの子の世話をするなんてなんの因果なんだか)
 まあ、知り合ったからには独り立ちするまで面倒を見るぐらいはしてやるか、とのほほんと構えていたアパルは知らない。
 この数年後。あと二人、面倒を見る子供が増えることを。
 そして、二十後半に差し掛かった赤い髪の息子に見つかることを。


 【コソッと裏話。】
 更新された聖母面手配書をたまたま見た天竜人が「これ欲しいえ〜連れてくるえ〜」した結果、さすがに生け捕りは厳しいかとって進言したら「じゃあ剥製にするから死体でもいいえ〜」ってなって、ダメ元で襲ったら勝手に民間人の子供を庇って死んだのでラッキーって思って遺体を持ち帰るサイファーポール。
 ロジャーやニューゲートは、アパルに逃がして貰ったフィッスや子供たちを見つけて事情を聞く。遺体は持ってかれたと聞いてブチ切れ、怒り狂う二つの海賊に襲われて政府の船は沈没。
 フィッスは小さい子供たちがいるのでアパルを置いて逃げた。自分たちがいては逆に足手まといになるので。(これはいつもの戦闘スタイル)死ぬまであの時アパルを一人置いていったことを後悔する。
 遺体はひっそりと埋葬。
 そして何の因果か同じ容姿で記憶を有してフーシャ村に生まれてしまった。
 ガープとは生前から知り合いだったのでめちゃくちゃ頑張って隠れているが、いつかバレる。
 このあとサボやルフィにも懐かれる予定。