02

 人間というのは、自分の見慣れないものを「変」「異質」と称する生き物だ。
 そしてその「変」「異質」に対して、攻撃的になり排除しようとする者は一定数存在する。
 残念ながら依織は、その「変」にくくられる側だった。

 男女二つの性別のほか、この世界の人類はα、β、Ωの三種類に区分される。
 人口比が一番大きく一般的な人類とされるのがβであり、この世界の強者の立ち位置につくαやその性質故に疎まれることの多いΩの属性を持つ者は少なく、滅多に見ないが存在するもの、というのが世間一般的な認知だ。
 そして、依織はαとΩの両親から生まれた子どもだった。αとΩのつがいということでさえ珍しく目を引くのに、両者が男性であったが故に依織の家族はさらに周囲からたくさんの視線を浴びた。
 Ωは男女問わず子を腹に宿すことができ、αは男女ともに相手を孕ませることが出来る。その性質上、同性同士での婚姻関係というのもゼロではない。
 しかし、ゼロではないという限りない希少さは、普通に生きるβの人々からすれば、突如目の前に現れた唯一の例外――「異質」になるのだ。
 それを依織が初めて思い知ったのは、幼稚園の入園式のことだった。
 幼稚園に入るまでの依織は、両親や祖父母が面倒を見てくれており、本人があまり外で遊ぶ質でもなかったので、公園などで同年代に会う機会もほとんどなかった。
 だから初めて訪れた幼稚園には、自分と同じ年頃の子どもがたくさんいて、その日は一日中、そわそわと落ち着かなかった。
 体育館での式典を終え、入園生はそれぞれのクラスへと移動した。
 その時、保護者も一緒に教室までついてきて後方で我が子たちを見守る。
 帰宅するまでの短い交流時間だ。子どもたちは思い思いに玩具に手を伸ばしたり、話しかけたりと自由に過ごしていた。
 すると、持参した絵本を一人で読んでいた依織にある男の子が声をかけてきた。
「なあ、おまえんちなんで父ちゃん二人も居るんだ?」
 教室の後ろで並んでいたスーツ姿の依織の両親を指さし、その子は問いかけた。
 きっと依織が二人から離れるところを見ていたのだ。
 そしてその子にとっては純粋な疑問だったのだろう。ほかの夫婦は男女の二人で来ているのに、依織の両親だけが揃って男だから。
 大人であれば察して口を噤むことも、子どもは平気で言葉に出来てしまう。
 子どもの会話に耳を澄ましていた近くの大人が、ハッとして静かに慌て出す。
 依織は依織でどうしてそんなことを聞かれるのか分からなかったから、ちらりと両親を振り返ってから「俺のおとーさんは二人だから?」と首を傾げて言った。
 実際、依織は両親二人の名前に「パパ」と呼称を付けてそれぞれ呼んでいた。だから、本当になんのけなしに言ったのだ。自分の言葉が、それほど強い意味を持っていると幼い依織は自覚がなかった。
 話しかけてきた男の子は依織の言葉に丸い眼を見開いて瞬くと、再び後方の依織の両親を見やり、そうして依織に目を戻して「変なの!」と声を上げた。
「父ちゃんが二人もいるなんて変なやつ! 母ちゃんはいねーのか?」
「変」と言われたその言葉は、小さな依織にはなかなかにショックなことだった。
 幼稚園に入るまでは自分の家族が世界の全てで、変だなんて言われたことも思ったこともなかったのだから。
 放心しつつ、男の子の勢いに気圧されるまま答えてしまう。
 幼くても、男の子の言う「母」が産んでくれた人ではなく女性の親を指す言葉だと分かった依織は、まごつきながら「いないけど」と呟いた。
「父ちゃんと母ちゃんがいないと子どもは生まれないんだぜ? お前どこの子だよ!」
 怪しい人物でも見るような目つきと責めるような口調に、依織は幼い瞳に涙をにじませた。
 この子がなにを言っているのか分からない。だって、依織は尚人なおと晴也はるやの子どもなのだ。
 自分を、家族を否定されている。それがひどく悲しかった。
 泣き出した依織に、男の子が「あっ」と声を漏らし、しまったという様子で焦ると同時に「和樹かずき! なにしてるの!」と、母親と思しき女性が一人、男の子――和樹の元に駆け寄って叱りつけた。
 その声にほかの保護者と談笑していた依織の両親も、子どもたちの様子に気づいた。座り込んで小さな目に涙の粒を盛り上げた依織に駆け寄り、抱き上げてあやす。
「どうした依織? 大丈夫か?」
 抱き上げてくれたのは、依織を生んでくれたΩの父――尚人のほうだ。隣に立って依織を覗き込むαの父――晴也に比べると頭一個分は背が低く、ほっそりとした印象の美しい人だ。
(おれはパパたちの子だよね……? 生んでくれたのは、なおパパだよね?)
 父の腕の温もりに無条件に安心した依織の目から、ぽろぽろと涙が零れていく。
 晴也は依織のことを気にしつつも、和樹の頭を下げながら謝罪する母親のことを無下にも出来ず、小さく会釈をしながら話をしている。
「依織、そんなに泣いたら眼がうさぎさんみたいに真っ赤になっちゃうよ?」
 はらはらと涙をこぼす依織の赤くなった鼻先を、尚人はつんと指でつついて小さく言う。
 その柔らかな声に吸い寄せられるまま、依織は尚人の首に短い腕を回してぎゅっとつかまる。そうして尚人の首に頭を押しつけながら、くぐもった声で疑問を口にした。
「いおりは、なおパパとはるパパの子だよね?」
 涙でぐずった依織の声に、尚人は息を呑んで目を瞬いた。
 やがて、すまなさそうに目を伏せて「そうだよ。依織は俺とはるくんの子だよ」と小さな依織の身体を抱きしめて囁く。
「ごめんね、依織……」
 と、最後につけ加えられた謝罪の言葉はか細く、依織の耳には届かなかった。
 けれど、自分の言葉で尚人が落ち込んでいるのは分かったので、これは訊いてはいけないことだったのだと気づいた。
 どうして疑ったりしたんだろう――と、中学生になった今でも、依織は後悔の念を覚えている。
 尚人も晴也も依織への愛情を惜しんだことはない。大事な子だと、愛していると、言葉で、表情で、温もりで、全力で教えてくれていた。
 子どもの言葉だと両親は今じゃ気にもしていないが、あの瞬間、たしかに傷ついていたことを知っている。
 とくに尚人は、依織が中傷を浴びたのは自分のせいだと気にしている。自分がΩで、男だったからだと。
 小学校の入学式も卒業式も二人は揃って参加してくれたが、尚人はどこか周囲の目を気にしたふうだった。
 だから、中学校の入学式は依織から来なくていいと言ったのだ。
「二人とも忙しいでしょう? もうそんな年でもないからさ」
 年頃で恥ずかしいのだと、照れ笑いで言うと二人は渋ることもなく頷いてくれた。
「依織もそんな年か〜」
「やっぱり子どもが大きくなると、親の参加って珍しいのかな」
 ダイニングテーブルに腰かけて息子の成長を喜ぶ声に、後ろめたい思いがした。
 入学式に二人が来ない。そう分かって、安心している自分が嫌になった。
 両親のことを気遣ったふりをして、本当は自分が怖かっただけなのだ。
 今まで以上に多くの人が集まる中で、自分の両親が――自分がどういった目で見られるのか。そして、依織が「変」な人間なのだと知った同級生たちが、いったい依織になんて言葉を投げかけてくるのか。
 その先の学校生活を想像しただけで、依織は怖くてたまらなくなってしまった。
 素直に依織の成長だと笑い合う両親を見ていられず、入学前の課題があるから……と部屋に引き返す。
 二人の声が遠ざかっていき、自室の扉を閉めると完全に聞こえなくなった。
 静かな部屋で、依織は膝を抱えるようにカーペットに座り込む。
 聞こえないはずなのに、今も耳の奥で喜色を帯びた両親の声が思い返され、胸が絞られたように痛んだ
 ごめんなさいと謝る頭の中、けれど……、ともう一人の自分が言う。
 これで良かったんだよ。両親を見る機会がなければ、学校のみんなは俺が変な子だなんて気づかない。
 そうすれば、もうあんな思いはしなくて済む。
 ――どうして俺は、二人の子どもなの?
 同級生から心ない言葉を向けられ、変だ、異質だ、と指をつきつけられ、なんども依織はそう思った。
 もう、あんな恨み言を頭に過(よぎ)らせなくて済むのだ。きっと、昔みたいに後ろめたさも抱えずに二人のことを好きになれる。
 そうなれば、きっと今の後ろめたさもそのうち消えてくれるだろう、とそう願った。

 
 入学してから最初の一週間は、新入生の歓迎会や健康診断、校内見学などで埋め尽くされ、通常の授業が開始されたのは入学式の翌週のことだった。
(理科室って、たしか五階の隅だったよね……)
 まだ折り目もついていない新しい教科書とノートを抱え、依織はほかの生徒たちに続いて席を立った。
 クラスメイトとは、可もなく不可もなくの関係が築けていた。授業中や掃除のとき……班ごとに活動するときなどに気まずさは覚えない程度に話はしているが、こうして移動教室などを一緒に行くような友人は出来ていない。
 けれど、依織には爪弾きにされないだけ良かった。深く関わりすぎると、それだけボロが出てしまう。
 αとΩの番いというだけで珍しいのに、それも男同士だなんて言えない。
 親しくなれば、自ずと家族のことを語る機会が出てくるだろう。そうしたとき、依織は嘘をつくことは嫌だった。
 両親に恨み言を抱くことが嫌で平穏な生活を望んでいる。それはひとえに二人の愛情を裏切りたくないという思いからだ。
 その二人のことを嘘で覆い隠すということは、それこそ裏切りになるだろう。
(だからこの距離感が正解なんだ……近くも遠くもない、そんな曖昧な距離が……)
 胸にほのかに滲む淋しさを、依織は知らない振りをした。
 初々しさの残るクラスメイトの流れに乗って教室をあとにしようとしたとき、ふいに視界を黒い影が過った。
 ちらりと目を向けると、そこには机に突っ伏して眠る学ラン姿の生徒。
(あれは……流川くん、だっけ?)
 初めてのHR(ホームルーム)の授業で一人ずつ自己紹介をしたのだが、流川は自分の番になっても眠ったままで、痺れを切らした担任が手元にあった名簿を彼の頭に落として起こしていた。
 目を覚ましたといってもほんの一瞬で、流川はむくりと顔だけ上げて
「流川楓」
 と、短く名前だけを言い残して再び顔を伏せた。
 もちろん依織も名前や趣味、といった無難なことを言って切り抜けたが、さすがに流川のように無愛想に言ったりはしなかった。
(そっか。今日は起こす人いないんだ……)
 この一週間はクラス単位での移動で担任の引率だった。その都度、担任が起こしていたが、今日のような個々での移動ではそれがない。
 依織は扉を出る直前に、隅に寄って立ち止まった。起こすべきか思案した刹那に、流川に三人の女子生徒が近づく。
 あ、声をかけるのかな……。そう思ったけれど、三人の生徒は互いに目配せし合い、一人が流川に近づいた。
 そうして起こす気もないような、蚊のなくような声で「流川くん」と呼びかけ、肩にそっと触れた。――瞬間、弾かれたように手を引っ込め、「触っちゃったー!」と黄色い声を上げた。
 はしゃいだ声を上げる三人に、ほかの女子生徒もぞろぞろと集まってくる。
 そして我先にと流川の肩や背中に軽く触れ、頬を紅潮させては悲鳴じみた声を上げていた。
(お、起こす気はないのかな……)
 意識のない人間を囲ってべたべたと触れ回っている様は、見ていて気持ちのいいものではない。それに、そろそろ授業の開始時間が迫っている。
 女子生徒たちを見ながら、依織は躊躇した。ここで、生徒の合間を縫って流川を引っ張って行けば、女子からあまりいい目では見られないだろう。
 面と向かって声を上げる男子生徒よりも、ひそひそと視線と態度で訴えてくる女子生徒の厳しい目のほうが依織は苦手だった。
(流川くんもよく起きないな)
 微動だにしない流川に、感心すら覚えてしまう。
 依織が尻込みしているうちに、一人の女性生徒が潜めた声で提案した。
「ねえ、今なら写真撮れるんじゃない?」
 校舎内でのスマホの使用は禁止だが、持ち込みは許可されている。教師の目のないところで使用するのは、生徒間では暗黙の了解だ。
 ――けれど、それはさすがに駄目だろう。
 女子生徒の言葉を聞いた途端、依織はつかつかと歩み寄り、女子生徒を押しのけるように流川に声をかけた。
「流川くん! 理科室行かないと遅れちゃうよ!」
 声を上げることなんて滅多にないから少し裏返った。
 女子生徒は依織の張り上げた声に驚いて、慌てて教室を出て行く。悪いことをしている自覚はあったみたいだ。
 さすがに肩を揺すって大きな声を出されると、流川も目を覚ました。
 眠たそうに頻繁に目をしばたたかせる姿を待つ余裕もなく、依織は彼の手を引いて歩き出した。授業開始まで、あと数えるほどしかない。
(しょっぱなから遅刻なんてしたら、それこそ目立っちゃうよ……!)
 それでも眠気の残った流川を置いていくことは出来ない。そもそも流川が理科室の場所を知っているかも怪しいし、置いていったらたどり着けなさそうだ。
「……どこ向かってんだ? これ?」
 それにお前は……? と、背後から不思議そうな声が聞こえてくる。
 ようやく起きたのかと、依織は振り返りつつも早足で答えた。
「つ、つぎ、理科の授業で! 理科室に向かってて……。あ、あと俺はクラスメイトの香坂依織です……」
 尻すぼみに名前を告げれば、流川は涼しげな目元を揺らすこともなく「おう」と短い音を返した。
 分かってるんだか分かってないんだか。曖昧な返答だったが、授業の時間が迫る状況では訊ねる余裕もなくて、「流川くんも走って!」とつい言ってしまうと、流川はきょとりと瞬いてからようやく自分の足で歩き始めた。


 
 流川楓とは、ひどく危なっかしく依織の目に映った。
 ――この子は、本当にαなんだろうか?
 と、そんなことが頭に浮かんでしまうほどに。
 授業中や休み時間に寝るのはもちろんだが、通学中の自転車に乗っているときや、しまいには食べながら寝てしまうことすらある。
 同級生たちより頭一個分は抜けた体躯の良さを誇るくせに、その中身は欲求に素直な赤ん坊のようだ。赤ん坊だって、ここまで素直に眠りに入りはしないだろう。
 その隙をついて女子生徒たちは流川にお近づきになろうとするし、依織はそれを見かねては声をかけて女子の輪から救出してしまう。それが続くうちに、クラスメイトたちは依織が流川の世話係とでも認識したのか、
「香坂ー! 流川がまた食べながら寝てるぞ!」
「こいつ今日、日直だから起こしといてくれ〜」
 と、なぜか依織に報告やらをしてくるようになった。
(なんでこんなことに……?)
 αと思しき男に自分から近づく気なんてなかったのだ。それなのに、今じゃ気づくと流川の手を引いて一緒にいる。
 周囲から悪い目で見られていないのが幸いだった。
 男子は自分から面倒ごとを抱えようとはしないし、依織の存在はいい風よけになっているのだろう。
 女子も女子で、流川にきゃーきゃーと声を上げつつも、同じクラスにいられれば満足なのか、依織が起こして連れ出したところで文句を言われることも、なにあいつ……と剣呑な目を向けられることも今のところはない。
 そして、当人である流川も、なぜかそれを受け入れていた。
「流川くんて、そんなに寝てて飽きないの?」
 昼休み、屋上の隅――教室だと流川見たさに女子が集まってしまう――で昼食を取っていたときのことだ。
 ぽつりと、ずっと疑問だったことを訊ねてみた。
 ランチョンマットの上でお弁当を広げる依織とは違い、流川は購買の惣菜やパンがもっぱらの主食だ。
 今だって、片手で持ったコッペパンを一口で半分ほど頬張りながら首を傾げている。
 そんなことを訊かれるのが意外なのか、いつも眠たげに伏せられた瞳はパチリと見開かれていて、ほんのちょっとだけ可愛らしいなと思ってしまった。
「飽きるってことはねーけど……?」
 寝るのに飽きる? と、まるで未知の言葉でも聞いたみたいにしきりに首を捻っているので、訊いた依織が申し訳なく思ってしまう。
 そんなに考え込ませるつもりはなかったのだ。
「気にしないで! ずっと寝ていられてすごいなって思っただけだから」
 言ってから、(あれ? これって嫌味だと思われるかな)とひやりとしたが、流川にそんな発想はなかったらしい。
「その気になりゃ一日だって寝ていられる」
 ふん、と鼻息を飛ばしてどこか自慢げに言う。「すごい」を、額面通りに受け取ってくれたらしい。
 しかし、すぐに「でも、そうするとバスケが出来ねー」と吐息まじりに言った。
「流川くん、バスケ部だっけ?」
 訊くと、大きな頷きが返ってくる。二つ目のパンを頬張りながらなので、その姿は余計に子どもっぽく見えて、
(バスケ、好きなんだな〜)
 と、依織は微笑ましく思った。
 初めて見たときのあの威圧感や引き寄せられるオーラはどこへ行ったのか。もしかしてαだと思ったのは誤解だったんじゃ……と依織はあのときの自分の直感を疑ってしまう。
 たしかにαは生まれながらに優れた身体機能や知能を持ったエリート体質で、社会に出れば、高い地位にいるものはほとんどがα性の者だ。
 流川だって人並み外れた身体機能を持ってはいるが、それだけならば成熟な一部のβにだって見られる。とくに成長期のこの時期には――。
 依織が弁当を食べ終わるまでに、流川は山のように抱えていたパンたちをあらかた食べ終えてしまった。
 満腹になったからか、そう経たずにうつらうつらと眠たそうに首を揺らし始める。
(本当に赤ちゃんみたい……)
 赤ん坊だって、腹を満たして秒で眠るなんてことはないだろうに。
 昼休みはまだ三十分ほど残っているので、一休みするぐらいの時間はある。
(今日は移動教室多かったし、大変だったよね……)
 頻繁に起こしてしまったので、申し訳ないなと思っていた。今日は午後の授業ギリギリまで寝かせてあげよう、と依織は密かに決意した。
 依織も弁当を食べ終えてランチバッグに片付けた頃に、半分以上眠りに入った流川の身体がゆっくりと横になる。
 どうせ寝るなら横になりたいよね、と眺めていた依織だったが、さらりと揺れる黒髪が自分の膝に着地したので、途端に頭の中に疑問符が飛びかう。
「え、え?」
(なんで俺の膝に? 枕? 枕が欲しかった?)
 それとも眠すぎてなにも考えていないんだろうか。
 流川はすでに寝息を立てていて、起こすのも忍びない。この一ヶ月ほどの交流で、流川の人となりはなんとなく把握していたから、どうせ深い意味はないのだろうと判断し、そのまま好きにさせることにした。
 身動きも出来ず、やることもないので依織はそっと俯いて流川を見下ろした。
 長い睫毛が、流川の白い頬に影を落としている。白すぎる肌に陽が当たって眩しいぐらいで、夏にはまだ早いが、暑くないのかな……と依織は首を傾けて日陰を作る。
 自身に当たる日光が遮られたからか、どことなく流川の表情が和らいだ気がして依織も嬉しくなって小さく微笑んだ。

 

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