一話

 気づけば己は意識だけで揺蕩っていた。
 身体があるわけでもなく、しかし、五感は機能していた。
 周囲の様子もわかるし、音だって届く。匂いもなぜか感じた。
 あ、触覚と味覚だけはなかった。
 身体がないので、どちらもないことが正常なのかもしれないが。
(でも、はるか遠い昔に誰かと話をしたり、触れ合っていた記憶があるんだよなぁ)
 夢だと言われたらそれまで。
 果たして、今の状態で自分が夢を見るのかは知らないけれど。
 ふよふよとただ意識だけが浮かんでいて、けれど、どこにでもいけるわけじゃない。
 そのうち、ある果実を中心として一定の距離以上は離れられないことがわかった。
 判明したのは、果実が人間の手に渡ったからだ。
 意識だけの俺には気づくことはなく、その果実を見つけた人間はかじって見せた。
 すると、この世のものとは思えないような顔色の悪さでげぇげぇと吐き気を抑えている。
(え、なにそれこわ・・・・・・そんな怖いもんなのこれ・・・・・・)
 しかもその人間の身体が発火したのだ。意識しかない俺でも目玉が飛び出るような気分だった。
 だって俺の中の常識では、人から火が出るなんてことはなかったので。
 中の人間は火だるまになって死んじゃったのかと思いきや、なぜかケロリとした顔をしていたのでこれまた仰天。
 そして、何故かその人間が動くと俺の身体も倣って動く。
 そこでピンときたのだ。
 俺の本体はあの実で、それを食べた人間に移ったのだと。
 それからはただその果実を食った人間について回っていた。そばに人がいるのに会話が届かないのはどこか寂しさがあったが、そういうものだと諦めてしまえば気にならなかった。
 たまーに聞こえないのをいいことに、好き放題言ってみたりもしたが、大抵飽きてふわふわ浮いてるだけになる。
 果実を食った人間が死ぬと、またどこかに果実は生まれた。
 そして、俺も必ず一緒にいた。
 色んな人間がその果実を喰らい、その炎の能力を色んなことに使っていた。
 ほとんと能力を使わずに普通の人と同じように生きる者も、その能力で人を傷つけ己の欲望のままに生きる者も。
 数え切れないほどの人間がその果実を食ったが、誰一人として俺に気づく者はいなかった。

 ――だから。

「お前、だれだ?」
 キョトリと瞬くそばかすの散った男。そして、その横で腰を抜かしているマスクをした青髪の青年。
 二人の視線を浴びながら、俺は自分の身体を見下ろした。
 真っ白な肌からゆらゆらと炎の昇る身体。じっと視線を下ろせば、俺の腰の辺りからはそばかす男の腕に繋がっている。いや、俺の身体がそばかす男から生えているようだ。
「え、なにこれ」
 ぽつんと落ちた言葉に、三人は静まりかえった後に驚愕の叫びを上げた。