二話

 そばかすを散らした好漢は、次の能力の保持者でありエースと言うらしい。一緒にいた青髪はデュース。
 二人はこの無人島に流れ着き、たまたまこの果実を口にしたらしい。
 そして、俺の意識が宿るその果実を、世間では悪魔の実と呼ぶことを知った。
 エースが得た能力を使って完成した小型船――ストライカーでなんとか島を脱出。その後は色んな島を回り、様々な船員が増え、気づけばそれなりに名の知れた海賊団となっていた。
 船長はもちろんエース。
「エースのこと、船長って呼んだ方がいいのかな?」
 新世界に入った頃、今更ながらにそんなことを言ってみた。
 エースの背中から出て、その肩に肘をつくように身体を預けるのがいつものスタイル。
 横目に俺を見たエースは、「あぁ?」と怪訝そうに眉尻を上げた。
「なに言ってんだ急に。別に全員が俺のことを船長って呼ぶわけでもねぇだろ?」
「まあ、確かに」
 船長と呼ぶ者もいれば、エースと名で呼ぶ船員だっている。
 じゃあいいかな、と思った俺に、エースが少し口をまごつかせながら続ける。
「それに、お前と俺は一心同体だ。今更そんな呼び方されたら気力わりぃだろ」
 ――なあ、フィア?
 ニッと笑ったエースの顔に、つい俺の顔にも笑みが昇る。
「そういうもん?」
「そういうもんだ」
「それもそうだね・・・・・・なんか他人行儀みたいだし、俺とエースだもんね」
 出会ってから、それこそ片時も離れることはなく一緒にいた。
 一緒に船を共にする船員たちはもちろん大事な仲間だが、エースとは能力を通じて繋がっているからか、仲間以上に強い気持ちを向けていた。
「お、そろそろ飯の時間じゃねぇか? フィア」
「そうだね・・・・・・ねぇエースそろそろご飯の途中で寝るの止めなよ」
「別にお前がいつも受け止めてくれてんだからいいだろうが」
「食事の時に気を張ってるのが嫌なんだよ。全くもう」
 早足で食堂に向かったエースは、すぐに席について食事を平らげる。
 その途中でも気を失うように急に眠るものだから、フィアはやっぱり気を抜けずにいるのだ。
「お、フィア。ナイスキャッチだな」
「もう、みんな見てないでちょっとは受け止めようとしてよ」
 皿の上に突っ込みそうになったエースの顔面を背後から両手で受け止めたフィアは、周囲の船員に頬を膨らませて言う。
 しかし、エースの悪癖をすでに諦めている船員たちは、その馴染みの光景を見ながらけらけら笑うのだった。
「エースにはフィアがついてんだ。心配する必要はねぇだろうよ」
「もう〜・・・・・・」

 ◇◇◇

 フィア、という名はエースがくれたものだ。
「そういやお前、名前はなんていうんだ?」
 エース、デュース、そしてフィアの三人で海に出てそう経たない頃、エースからそう問われた。
 名を持っていなかったフィアは、それを正直に伝えた。
 すると二人は「名前がないと困るよな」と悩んでくれ、小一時間腕を組んで頭を捻ったところでエースが顔を上げたのだ。
「そうだ、フィアってのはどうだ?」
「なんでフィアなんだ?」
「そりゃ、なんとなくだ!」
 デュースの問いにカラリとした笑みで返したエースに、フィアはおかしくなってクスクスと笑ってしまった。
「いいね、フィア! 気に入った!」
 上半身をエースの身体から伸ばし、宙に浮くフィア。
 その身体の輪郭はゆらゆらと揺らぎ、髪は真っ赤な炎。そして人で言う肌に当たるところは真っ白で無機質。
 炎のように熱い印象を一目で抱かせる姿だが、その表情はどこか冷たく見えてもいた。
 しかし、コロコロと笑う姿は随分と人間味に溢れており、そんなフィアの姿をみたエースとデュースは、どこか人外と対峙するような緊張心を解す。
「お前そうやって笑ってろ!」
「わぁ! 急に叩かないでよ」
「そうだそうだ、もっと表情崩した方がいいぞ、ってあっちぃ!」
 エースに倣ってフィアの背を叩いたデュースだが、その手はたちまち熱さを訴えジュウッと肉の焼けるような音が発せられた。
「デュース! どうした!?」
「デュース! 大丈夫?」
 血相変えたエースとフィアが覗き込むと、デュースはへらリとした顔で手を振ってみせた。
 しかし、手のひらには僅かな火傷の色が見える。
「エースは俺に触ってもなんともないのに・・・・・・」
「うーん・・・・・・俺がお前の悪魔の実を食ったからか?」
「そうなのかな?」
 せっかく身体を持つようになっても、フィアはエース以外とは触れ合えなかった。
 でも、全然そんなことは気にならなかった。
 長い時間、誰かと会話をすることも出来ず一人だったから。それに比べれば話が出来て一緒に笑い合える今の状況は、ずっとずっと楽しかった。
 それに――。
「おいフィア! 見てみろ! 面白そうなもんがあるぞ!」
「エース、わざわざ手を引かなくても俺はエースから離れないんだからそのまま走って行けばいいのに」
 色んなものに目を輝かせて、その度にフィアを振り返って手を引くエースがいたから。
 他の誰かと触れ合えなくても、その分エースがフィアの傍にいてくれたから。
 だからちっとも寂しいなんて思う暇はなかった。