再炎
大陸がいくつもあって、科学が発展してる。
便利な機械が多くて、平和な世界。
いつの日か聞いたことのある、その世界に生まれ落ちたエースが、まず最初に思ったことは、ただただ、もう一度あいつに会えるのではないか、という期待だった。
中学を卒業すれば、高校に通いながらバイトに明け暮れ、貯まった金で色んな場所に行った。
南は沖縄から北は北海道まで。それでも、バイトだけで貯められるのなんてたかが決まっていて、捜索にさける時間だって高校に通いながらでは限りがあった。
サボやルフィも共に探してくれているが、三年経った今も、めぼしい情報は皆無だった。
(もしかして、いねぇんじゃねーか)
そんな言葉が頭を過る度に、それを振り切るようにバイトに精を出した。
高校生最後の年、大学に進学するサボとは違い、エースは就職組だ。
正式に就職して働けば、バイト時代よりも金の融通はきくだろう。学生に比べれば、長期間の休みをとることは難しくなるが、親愛なるオヤジが開設した会社だ。全力でバックアップをすると、オヤジを筆頭に以前も共に船に乗っていた面々は言ってくれた。
(そうしたら、海外にも足を伸ばすか・・・・・・)
それとも、まだ国内を探したほうがいいだろうか。
隅から隅までくまなく探したわけではない。時間も金も限りがあり、行けていない町のほうが多いのだ。
「・・・・・・もっと割の良いバイトねぇかな・・・・・・」
遠出するには金がいる。掛け持ちしても良いが、成績をおろそかにしすぎると、お袋から雷が落ちる。
今世では、エースは以前は見ることが叶わなかった、実の父親と母親とともに暮らしている。
サボやルフィも同じ地区内に住んでいるため、幼少の頃には再会できた。
オヤジやマルコたちにだって、高校に入ってからだが会うことが出来た。昔の知人は、あらかた揃っている。
それなのに、あの頃、誰よりもそばにいた男だけが、エースのそばにいない。
求人雑誌片手にエースが校門をくぐれば、ちょうど昇降口でサボとコアラに会った。
生徒会の仕事らしく、朝から二人そろって書類を抱えており、ご苦労なことだ。
「お、エース! おはよう」
「おはよう、エースくん」
「よお、サボ。コアラ」
同学年の三人は、クラスこそバラバラだが、教室は同じ階にある。自然と並び立って歩いていれば、ふいにコアラが思い出したように「エースくんのクラスに転校生がくるらしいよ」と言った。
転校生? こんな時期に?
すでに四月も終わり、五月の半ばだ。
しかも高校三年の年に、わざわざ転校してくるヤツなんているのか?
「なんか、事故で入院してたから遅くなっちゃったんだって」
不思議そうにしていたエースに気づいたコアラが、そう続けた。
「へぇ、退院したからようやく登校ってことか」
「うん。しかもその事故で記憶喪失になっちゃって、なにも覚えてないんだって。それでサボくんが親近感沸いちゃって、さっき立ち話してたんだ」
随分と大変だったみたいだな、とエースは他人事のように思った。ここで大きな反応をみせても、前世のこともあって逆にサボが気にするかもと一瞬よぎったのもある。
「ん? おまえら直接本人から聞いたのか?」
「ちょうど職員室行ったら来てたんだよ。同じ学年だからって、担任が声かけてきてな」
「綺麗な人だったよね〜」
「まあ、たしかにな。ほそっこかったしな」
思い出すように眼をきらきらさせて言うコアラに、サボは苦笑しつつも否定はしない。
と言うことは、けっこう顔が良いのだろう。
「女か?」
「男の人! でもエースくんやサボくんみたいに男臭くないかな。細くてすらっとした人だったよ」
綺麗なのに男なのか。
まるで、フィアのようだな。とエースの頭に過った。
ああ、なんでもかんでもあいつに繋げちまう。難しい顔で黙り込んだエースが、ぶんぶんが頭を振る。
サボは、昔からエースのこの仕草には慣れたもので、また思い出してんのか〜と見守るだけだ。
教室につき、まず手前のクラスのコアラと別れるとき、ふいに彼女が前方を指さして「あっ」と声を上げた。
「転校生くんだ」
「ああ、そろそろホームルームの時間だもんな」
エースも早くいけよ、と兄弟に肩を叩かれたが、エースはピクリとも動けなかった。
ただ、眼を開き、離れたところを歩く一人の生徒を見つめていた。
真っ黒な髪も、白く生気のある肌も、おとなしい瞳の色も、記憶にある姿とは何もかも違うのに、エースの心が叫んでいる。
――やっと見つけた。
動かなくなったエースに、サボとコアラが呼びかけるが、二人の声は微塵もエースに届いていなかった。
担任の後に続き、その男子生徒が教室に足を踏み入れるとき。
ふいに、彼の視線が上がり、エースとかち合った。
あの頃と違う。燃えるような赤い瞳ではない。それでも、それでも、エースが間違えるわけがない。
突然走り出したエースに、サボとコアラが驚いて声を上げた。しかし、エースはただ一心に真っ直ぐ、駆けていく。
廊下を歩いていた生徒たちが、なんだなんだ、と驚きながら道を開ける。
教室に辿り着いた末、たたき壊すような勢いで扉を開け放ち、すぐそばで佇んでいたその男に近寄った。
驚いた眼で見つめるその姿を、エースは力強く自身の腕の中に招き入れ――。
己の肌に伝わる温もりに、欠けていたピースが、ようやくはめ込まれた気がした。