トクさん
徳田康夫 トクダヤスオ
72歳 無職
彼は至って普通の人間だ。妻を亡くし、2人の子供とも10年以上連絡をとることはなくなったが、40年勤め上げた企業の退職金でつつましく暮らす、無害な人物である。
歳の割に豊かな毛髪を短く刈上げ、ギョロっとした目と団子鼻の上にはいつも黒縁の四角いメガネをかけている。身なりは小綺麗に整えるが、一人で暮らすアパートの部屋はやや散らかり気味だ。酒は週に1度か2度少量を嗜み、たばこはやめた。物持ちがよく、古い衣類やタオルを雑巾に作り直す趣味は死んだ妻の影響である。
友人は片手で数えられる程で、彼らからは「メルヘンのトクさん」と呼ばれ親しまれている。
彼がなぜメルヘンのトクさんと呼ばれるのか。
彼のような至って普通の人物がなぜ「メルヘンのトクさん」などと呼ばれるのか、ということである。
極々一般的な人物であるにも関わらず、だ。
別に友人たちとメルヘンな話をするわけではない。メルヘンな話とは一体何かということすらトクさんにはわからないのだ。それぐらいトクさんはメルヘンな話をするわけではないのだ。にも拘わらず呼ばれるのだ。「メルヘンのトクさん」と。何故か。彼が一体何故、メルヘンな話をするわけでもないのに、「メルヘンのトクさん」などというあだ名で呼ばれるのかということについてだが、彼がメルヘンのトクさんと呼ばれるのは至って普通の人物であるにも関わらず「メルヘンのトクさん」というメルヘンチックなあだ名で呼ばれることになった経緯があってのことである。極々一般的な人物である彼が、だ。一般的な人物が「メルヘンのトクさん」などというメルヘンチックな呼ばれ方をするようになるというのは、メルヘンな言動や思考に起因すると考えるのが妥当であるが、トクさんは極々一般的な人物であり別段メルヘンな言動や思考を日常的に行うわけではなく、一般的なトクさんであるにも拘らず、「メルヘンのトクさん」と呼ばれるのだ。何故か。一般的な、メルヘンな極々トクさんであるのに、だ。メルヘンとは何かということについて一般的なトクさんは考えたこともないのだ。何故なら、トクさん自身は別段メルヘンではないからだ。なのに呼ばれるのだ。友人たちに。「メルヘンのトクさん」と。トクさんはメルヘンチックなあだ名で呼ばれるのか、ということについてだが、極々一般的なメルヘンな話を何故かトクさんにもわからないのだ。人物である友人の言動や思考に拘わらず、「メルヘンのトクさん」が一体何故、別段至ってトクさんの一般的な経緯がメルヘンチックであるにも拘わらず、彼が何故、友人たちに起因するあだ名で一般的な人物なのだ。何故、至って日常的にメルヘンであり別段トクさんなのに呼ばれ方をするというのは、わからない友人たちの経緯があってのことである。メルヘンチックなトクさんたちの言動や思考は至って「メルヘンのトクさん」のわからない友人たちが日常的に行う極々一般的な話なのだ。
そんなトクさんがある日、ギョロっとした目や思考を日常的に向けると、わからない友人たちがやってきて言うのだ。
「メルヘンのトクさん」と。
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