フォー・ストロング・ウィンド


初秋の涼やかな大気が山肌を撫でる毎に街は枯れた影に埋もれていく。隆々たる自然の逞しさは、やがて来る冬に備え、凝縮した幸となって人々に恵みをもたらす。シルクイ港で水揚げされた新鮮な人面魚のソテーに、木の実ときのこを添え合わせ、濃厚なサルビソースと共に口に運べば思わず舌鼓を打つことであろうこと。そんなスマイルの看板メニューの魚料理に無我夢中でむしゃぶりつく猫が一匹。

ムグムグ・・・ムチャヌチャ・・・。ちゅるり!はんむ、っっっく・・・ぅらったい。ぢゅぢゅ・・・!!ンッグゾッス。

奇妙な咀嚼音と共に、瞬く間に料理が飲み込まれていく。その食べっぷりは猫というよりは犬畜生に近いが、活気に満ちた店内でそれを咎める者もいないようである。

「こんばんは。シンディさん」給仕のなゆたが皿を舐めるシンディに声を掛けた。

「ん・・む。ごくごく・・・。ぷはぁっ。ふぅ。はは。こんばわ、なゆた。今日も仕事?」鈍色の怪しげな飲み物で料理を流し込んだシンディは、どこから出したのか純白のナプキンで口元を丁寧に拭いている。

「はい。スマイルはほとんど毎日やってますから」スマイルで働き始めてから休みという休みを取ったことのないなゆたは、シンディに対してにこやかにそう答える。

「はは、そりゃお店はやってるだろうけどさ。なゆたは毎日仕事してるわけじゃないでしょ?」

「いえ、店が空いている日は毎日お仕事させてもらってます」なゆたにはシンディの質問の意図が汲み取れないらしい。よく飼いならされた社畜の目をしてやはりにこやかにシンディにたいして微笑んでいる。

「え、ちょっと、ちょっと。なにそれ。超ブラックじゃん。労働基準法的に大丈夫なの?私みたいな研究者と違って、なゆたは雇われ従業員な訳でしょ?あんまり働きすぎると役所がうるさいよ?」AIの台頭により、人間の労働環境は大幅に改善し、残業なし、年間休日は150日が当たり前の時代である。近頃この店によく通うシンディはなゆたが休んでいるところを見たことがなかったので、働きすぎに見えたようである。

「えーと、どうなのでしょう。私も詳しくは分からないです。でも、私は好きで働かして貰ってるだけですし、それに、ビリーさんだって毎日仕事していますよ?」SLSの仕組みについて疎いなゆたにとっては、自分がどのような条件に基づいて働いているのかも知らない。そもそもあのお人好しのビリーが自分を不当な労働条件で働かせるとは思いも至らないのである。

「そりゃ、ビリーさんの本業は・・・いや・・・。それよりも、ちゃんと雇用契約を結んでるの?もしかして、まともな雇用契約も結ばず、ボランティア活動みたいな脱法的手法で働かせてるんじゃないよね」シンディはなゆたがあまりにも自分の労働環境に対して無頓着であるのが心配になってきたようである。

「いえ・・・ボランティアは寧ろビリーさんがしているくらいで、私みたいなのをここに置いてくれているだけで十分過ぎる程です。それに、私は好きで仕事をさせて貰ってるだけで、お給料とかも本当はいらないくらいなのです」勿論なゆたは本心からそう言っているのである。しかし、SLSで暮らす人々にとってそれは、啓蒙セミナーを受けて感化された知人が、酒も飲んでないのに突然人間の活力だとか人生の目標だとかを熱弁してきた時のような、妙な苛立ちと歯がゆさを覚えるでことであろう。

- 21 -

*前次#


ページ: