ゼア・ゼア2


洞穴の先には狸の姿なぞ見当たらず、程なくして外に出た。

外はまだ薄闇の空であった。千切れた淡い雲が月を覆い隠しており、森に囲まれた地上付近を暗く澱ませている。そんな闇夜にあって、場違いに猛った光を放っている物がある。先ほど洞穴から覗かせた光の正体はこの大きな焚き火であったのだろう。同様に、およそ闇夜には相応しくない喧騒と音楽が、まだ覚醒しきらない身体の細胞を急かすように揺り動かしてくる。

(・・・祭り?何の祭りだろ・・・。私、なんであんな所で寝てたんだっけ?)

それらの因果関係を何一つ思いつけぬまま、ぼんやりと炎を眺めている。よく見ると、炎を取り囲むようにしてそぞろ歩く影達が、自由気ままに揺らいでいる。彼女はそれが湯気に踊る鰹節のように思えて、なんだか可笑しかった。影達の陽気な雰囲気に、彼女が胸を躍らせていると、無数の鰹節の内のひとひらが焚き火に飛ばされて、彼女の前に舞い落ちてきた。

彼女は目を凝らしてその正体を確かめようとするが、逆光になってよく見えない。掌より少し大きいそれは彼女の胸の前でふわふわと浮遊している。彼女は思わず両手を椀のようにしてそれを受け止めた。するとその浮遊体は急激に浮力を失い、彼女の両手にずしりとのし掛った。

その感触はぶよぶよとしていて、とても鰹節のような重さではない。そして時折トク、トクと震えるのである。彼女は気味が悪くなったが、放り出すわけにもいかず、その物体に顔を近づけて一体何なのかを見極めようとした。

丁度その時、雲に覆われていた月が闇夜に姿を晒し、薄光を地上を齎した。彼女は手に持ったそれが徐々に様相を顕にしていくのを固唾を飲んで見つめていた。だが、その物体は全ての姿を現す前に、ぶるっと一度震えたかと思うと、次に鈍い声を放ったのである。

「ヴゥヴゥ・・・。なゆ・タぁ。・・ォは・・ヨぅ?」

彼女は自分が今手にしているのが何らかの生命体である事にようやく気づいたのである。そして、それと同時にその生物が自分の想像を超えた生物であることを予感した。

しかし、それは予感するまでもなく、次の瞬間には月明かりにすっかり照らされてしまうのだ。

ずしりと重いそれは、分厚く透明な皮と肉に覆われており、その内部には周期的に脈打つ臓器とそれを結ぶ管が無防備に浮かびあがっている。胴体の両はしにはその重さに見合わぬ小さな羽のようなものがついており、時折その生命体の意思とは無関係にパタリ、パタリと動いている。そして、その顔と思われる部分には目や鼻などはなく、やや左寄りに赤い核のようなものが浮かんでいた。

彼女は絶句した。その生命体はクリオネを想起させたが、水中に住まう彼らとは一線を画するものである。彼女にはこのような生命体の名を言い表す言葉も、その生命体の存在をすんなりと受け入れられるだけの胆力もない。結果、彼女がその未知の生命体に対する咄嗟の反応というのは、拒絶しかなかったのであろう。

- 2 -

*前次#


ページ: