ゼア・ゼア4


「はぁ・・・はぁ・・・」

彼女は影達から逃れようと、懸命に走り続けた。

しかし、どんなに走ってもあの焚き火から立ち登る光と煙が一定以上遠ざからないのだ。影達の追跡は撒いたようだが、まだ近くにあの焚き火があると思うと、彼女は安心して立ち止まることができなかった。足を止めた瞬間に木々の合間からまたあの恐ろしい目が覗いてるのではないかと考えてしまうのである。

だが、走り続けるといっても所詮は普段から鍛えているわけでもないただの少女である。生命に危機が迫ったことにより普段の何倍も走ることはできたが、その体力の限界点はとっくの昔に過ぎ去っている。

「げほっ、げほっ」

カラカラの喉に胃液がせり上がってむせ返る。もはや歩くことすらままならぬ。満身創痍の彼女は傍らの巨木に手をついて、頭を垂れたままどうにか呼吸を整えようと努めた。このまま木の根元に座り込んでしまったら、もう立てはしまい。彼女もそれが分かっているだけに、震える膝が折れてしまわぬように、巨木にすがり付くようにして辛うじて立っている状態だった。

「ギ・・ギィ・・・。木ィ・・」

そんな彼女の様子を知ってか知らずか、近くで不穏な音が聞こえてくる。彼女は再び警戒心を強めるが、森の中の闇は彼女の視界から簡単に奥行を失わせる。随分近くに聞こえるようだが、あたりにはそれらしい姿も気配も見当たらない。

「ギ・・木々ィ・・・。ド・・土・・ドコへ・・床へ・・?」

なおも鼓膜を削るような不協音が聞こえてくる。彼女は幻覚かと思い始めながらも、注意深くあたりを見回す。しかし、そんな彼女に警告をもたらしたのは視覚で聴覚でもなく、手をついた巨木から伝わる触覚であった。

その木のザラザラとした表面が、奇妙な音とともに蠢いているような気がするのである。彼女は咄嗟に手を放し、虫でも触っていたのかと掌を確かめるが特に変わった所はない。今度は手をついていた巨木の表面に目を凝らしてみるが、彼女はすぐに後悔をすることになる。

「ク・・キ木ぃ・・茎ィィ!」

なんと巨木の幹には裂けたような口と目が刻みこまれているではないか。さっき彼女が手が触れていた場所は丁度口元あたりである。

「きゃぁああ!」

彼女は再び叫び声をあげる。起きてこの方、叫び声しか放っていないのではないかと思えるほど、息をつく暇もない驚きと恐怖の連続なのであった。

「土っッキリ・・お泥キィ・・」

「いや・・助けて・・・」

腰を抜かした彼女は、もはや逃げることを諦め、その場にへたり込むと、ただただ命乞いをするしかなかった。

「タス・・ケル・・?・・・森デ・・・オマ森ィ・・・?」

「もういや・・・お願いだから家に帰して・・・なんで私がこんな目に遭わなくちゃならないの!?」

「イエ・・?イエ・・・巣。モリガ・・家」

異形の形をした化物は相変わらず訳の分からぬ事を話している。それでも、なゆたの耳には言葉として認識できたようであった。

「森じゃない!街!!私の家がある街に戻して!」

「・・・・マチ?マチ・・ビト?マッチ・・?」

「そうっ!!人がいる街!!お願い・・・!家に帰りたいの!」

彼女は縋るように懇願する。もはや姿への驚きなど意識の隅に追いやられてしまったようだ。とにかく一刻も早くここを離れたい。彼女の意識はその一点に集中しているようであった。

「マチ・・・・・・アッチ・・」

「あっち!?街はあっちなのね!?」

「マ・・・・・・マジ・・・・ィィ」

「あ・・・ありがとう・・・・ありがとうございます!」

彼女は街で出会った親切なおじさんにお礼を述べるような、喜々とした様子で感謝の意を示すと、それが嘘である可能性には露ほども考えが至らぬまま、何の疑いもなく、ただただ言われた方向へと無我夢中で再び駆け出したのである。

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