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「本当に最近は便利になったよねぇ……そうおもわない?吉良くん」
「テレビ電話なんてめずらしい。なにか見せたいものでもあったのか」
「ほら、この前の女性さ。美しいから君にも自慢したくて」
「ふん、手をもっと映してくれよ。ああ、これは……」
「言葉を失うよねぇ。調べたところ作家だそうだよ。ええっと、伊川ルナさんだと。物書きの手は美しいかい」
「伊川ルナか……いくつか読んだこともあるがこんな手の女性だったんだな」

……


今にも舌打ちをしそうな承太郎は、それでいて状況の把握に神経を尖らせていた。
犯人宅周辺には特別変わったものは見当たらない。突入して人質奪還といきたいところだが、ルナの他にも囚われている子供たちがいる。人質に危害を加えてはいけない。かなりの人数がいるはずなのだが、人のいる気配が全くしないことがどこか不気味さを感じさせる。遮光カーテンが閉められているとは言え、中の明かりは多少見えるはずである。最悪の発想をしそうになりながらも、無意識に握り締めていた拳を緩め、短く息を吐き出した。

「さぁて、どうする」

承太郎の隣で周辺の様子を探っていたホルマジオが尋ねた。彼もこちらで合流した。メローネは建物の反対側にいるらしい。

「……一番無難なのは、お前が侵入する方法だが」

返答の主は承太郎ではなく、先ほど合流したリゾットである。ホルマジオは肩を竦めて、勝率は半々だと示す。

「微妙なところだな。仲間もいるみたいだしよ。ざっと確認したところ、部屋の中にいる子供の人数は行方不明者数より少ねぇなぁ。嬢ちゃんは椅子に座らされてるみたいだったが、カーテンであまり見えなかった」
「既に別の所へやられたか、もしくは最悪の場合を考えなければいけない。全員で挟み撃ちが最適か……」

承太郎がそう言うと、特に隠れるつもりもない様子でジョルノが颯爽と歩いてくるのが見えた。

「おいジョルノッ! 何してんだッ」

ホルマジオとリゾットが思わずといった様子で小声で青年に呼びかける。

「あぁ! ここにいましたか。隠れたって仕方ない相手のようですのでこのまま行きましょう」
「何を無茶言ってんだお前は」
「急いでいたのでフーゴの報告を皆さんに伝えるのはここに来てからでいいかと思って。すぐ終わりますよ。なんたって、ここにいるのは」

とジョルノが続きの言葉を発そうとすると同時か、それよりも早く、地面か大きくうねり、波の下から浮き上がって来るかのように男が飛び出してきた。

「ウチの面汚しヤブ医者と馬鹿の二名ですからね」


……


これは過去の記憶だったろうか。
それとも私の夢なのだろうか。

「ルナ! 今日は早いね。また研究かい」
「はい。おはようございます、ジョースター先生」
「おはよう。熱心なことはいい事だよ。そうだ、僕の友人に海外の資料を多く持っているのがいるから、また聞いてみよう」

古いテレビのザッピングのように目の前を砂嵐が流れる。

「ジョースター先生、今よろしいですか」
「どうした?」
「古英語に関する文献をすこし見ていて、もし何かその時代のことでご存知あればと、質問に」
「そうか。いいよ、ちょうどお茶が入ったところだ。飲んでいくといい」

真っ黒の海に水没していく光景。

「ジョースター先生……何かあったんですか? 大声なんて出して」
「ああ! ルナか! エリナ、いや僕の妻が妊娠したんだ。今連絡が入って」
「そう、ですか。おめでとうございます! 元気な赤ちゃんが生まれますよう…」

また、渦巻きに囚われて暗闇に落ちる。

「みんな、わたしのこと、きらいなのよ」
「楽になりたいな」
「ひとりぼっちなんていや」
ーーこれを突き刺せ。死か力を得よう
「なあにこれ? 杖かしら? きっと神さまが天使さまをここへつかわしたんだわ」
ーー心臓奥深く、刺せ、救いだ…

私は痛みとともに黒いベールに覆われる。

「ルナ、君はとても良い学生だった。僕もとても刺激を受けたよ。これからも励みなさい」
「ありがとうございます。あなたのような、素敵な学者になります。ジョナサン先生」

こだまする、あの忌々しき呪いの声。
ーーわたしに愛などない
私の声だ。
ーー皆、わたしなど見ない
やめて。
ーー操れ、おまえの力で
これは夢だ。
決して、記憶などではない。




霞がかった意識のなかで、男が私にカメラを向けているのに気づいた。誰かと電話をしているみたいだ。スピーカーから相手の声が聞こえている。
ここは、どこだろう。

「おい、モラン。彼女、目を覚ましたみたいだ」
「あぁ、本当だ。じゃあ、切るよ。君もこっちに来る事があればいくらでも愛でていいからね」

男は電話を置いて、私のもとに近づく。何をしているのだ。声を出そうにも出ない。

「そろそろお眠かな? ところで、君を追いかけてきた人がいるよ。でも、私の友人たちが追い返してしまうか、先にお別れをしてしまうだろうね。心配いらない。君は私が永遠に美しいままにしてあげるから」

体も動かない。腕や足に力を入れても一ミリたりとも動く気配がない。

「あらあら、ダメだよ。まだ君の意識も固まってないんだから。私の『フェノメノン』が君をあの子たちのようにしてくれる。君はもう大人だから標本化するのに時間がかかるみたいなんだよねえ。体の大きな子で試したことがないから、少し苦しいかもしれないけど、もう少し我慢してね」

すると、ドアを物凄い勢いでノックする音が聞こえる。男は軽く舌打ちすると私に微笑んでから、振り返り何処かへ行く。出て行ったようだ。

「モ、モ、モラン。おれ、チョコラータに、呼んでこいって、い、言われた」
「なァんだ、セッコか。お使いご苦労様。お披露目パーティでたんまり砂糖をあげようね。全くアイツは切り刻むくらいまでしないと落ち着かないのか?」

バタン、と閉じたドアの風が、偶然カーテンを揺らし、光を取り込む。
ガラスケースの内側にまるで人形のように並べられた、幼い子供たちが私の目に映った。


……


「全く、この人たちを放置していた前任の気が知れません」

ジョルノは足元に転がっている二人の男、チョコラータとセッコを一瞥すると、ホルマジオを手を上げて呼ぶ。メローネとリゾットは各方面に連絡を入れているようだった。

「承太郎さん、行きましょう。後片付けは三人がしてくれますので」
「ああ」

承太郎は言われるまでもなく既に、モーリス・モランが籠城している建物の扉を開いていた。薄暗いホールを早足で進み、全ての扉をぶち破っていく。

「流石に一階にはいませんね」
「上階から行く。ジョルノ、お前は地下から頼む」

素早く指示をした承太郎は返事を聞く前に階段を駆け上がっていった。
手摺までよく磨かれた螺旋階段を登る最中、異様な感覚に包まれていった。なぜこんなにも必死に彼女を取り戻そうとしているのだろうという、考える必要もない疑問が突如として湧き上がってきた。


……


どこからか地響きがする。ルナは何とか意識をつなぎとめつつ、スタンドでどうにか出来まいかと、もがいた。体が動かないためにもがこうにも頭の中で躍起になるだけだ。

所在なさげに漂うばかりの半透明の分身、マーシレス・カルトは、ルナもガラスの中の子供たちも興味が無いように見えた。スタンドってのは、私の思うように動くものなんじゃあないの。ルナは苛立ちながら男が出ていった扉を睨む。するとスタンドも同じように扉を見て、静かな浮遊を止めた。

慌てたような足音が近づいてきて、再び扉が開いた。

「困った奴らだ、だからあの妙ちきりんと組むのは嫌だったんだ……」

舌打ちをしながら部屋に入ってきたモランは、正面にある半透明の存在を見て、目を丸くする。そして、椅子に縛り付けられたままのルナに視線を動かすと、小さな子供に言い聞かせるように甘ったるい猫撫で声を出した。

「おっと、ルナさんのかわいいスタンドだね。だがもう気力もないだろうから無理しなくてもいいよ。残念ながら私はソレには興味がないから」

『ワタシノコトキライナノ』

「おやおや、スタンド越しに会話とは。ハハ、いいね。まだ気力があるとは」
「(違う!)」

ルナは深い眠りの淵にありながらも、必死に声を出そうとしていた。彼女の意思では動いていないスタンドに、本人自身も恐ろしくなっていた。

「やっぱり、大人は全身標本には厳しいかな。心音が止まらないし、吉良くんに自慢するのに両腕だけでいいか」

モランは独り言を続けながら、キャビネットを開いて何かを探し始めた。名前には金属の擦れる音しか聞こえなかった。もう視界もぼんやりとしている。

『ワタシイラナイ?』
「うん、興味ないね」

ルナが唯一感じ取れるものはもはや音だけだった。自分自身の鼓動がうるさく、それに被さるようにモランの足音が近づいてくる。

「さてさて、出血は最小限に抑えてあげるからね」

耳元に響く不快な男の猫撫で声と、カチンと響く金属音にルナは覚悟を決めた。止まらない拍動は早くなるばかりである。

不動だったルナのスタンドは、モランの眼前に白い手のひらを差し出している。黄金色のかけらが、鈍い光を反射させていた。古めかしい紋様が施されたそのかけらを見て、モランの顔つきが変わった。

「……どこでそれを手に入れた?」
『ワタシノ、スクイ、ハ?』

マーシレス・カルトの黒いベールが風もなく揺れて広がる。

「何を言っているんだかわからないけど、それ、くれるんだね? まあ、返事がなくとも『矢』はもらうんだけれど……」


……

二階には空のショーケースが並べられていた。美術館にあるような台座付きで、何も書かれていないプレートがガラスの箱の右下、台座部分に付けられている。ショーケースは俺の肩ほどの高さで、湿度調節の機械がそれぞれ備え付けられていた。
人の気配はない。上へ向かうところで、ジョルノも駆け上がってきた。

「ルナさんの気配はないですが、地下に行方不明の子供たちが」
「そうか。生死は?」
「不明です。生きているように見えるだけで」

三階へと向かいながらジョルノが見せる写真には、先ほど俺がいたショーケースにちょうど収まるほどの背丈の少年や少女が写っている。立ったまま眠っているようだった。ルナもこうなっている可能性は限りなく高い。
三階は至って変わったところはない部屋が並んでいた。

「厄介だな……」
「ええ」

互いに駆け足に最上階へ向かった途端、鼓膜を劈く叫びが建物を震わせた。




「やめろおおおぉォォオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」




……


私の頭の中を誰かの声が満たしている。
頭が痛い。

「君を愛してくれる人はいない」

彼はそんなこと言わなかった。

「本当にそうか?」

言わなかった。

「感情的になるな」

わかってる。

「君は特別だったよ」

私が出来損ないだから。

「いい子ね」

ごめんなさい。

「ルナの指摘は鋭かったね。さすがだ」

私が勝手に勘違いしてたのが悪い。

「ないものを求めてどうする?」

ジョースター先生、

「あの子、また一人で」

先生、ごめんなさい。

「君の指導をできてよかった」

これは私が望んでた幸福な結末?

「お前に、愛はない」
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい



……



「ルナ!!!!!!」



私のこと、呼んでくれるのは誰?

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