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露伴君へ
君の作品はヨーロッパでも人気ですよ。
イギリス版の翻訳を任せてくれてありがとう。漫画の翻訳は初めてだったが、いい勉強になった。
書評とか推薦文とかも書いたからね。
近々日本に帰るので、また会って話でもしましょう。
ルナ
私はヒースロー空港のカフェで、仕事に関する諸々のメールを書いていた。
ウェブマガジンに連載していた作品も終わり、翻訳の仕事も一段落。昨日には露伴君の『ピンクダークの少年』イギリス版の発売イベントに訳者として参加し、ヘトヘトだ。そして数年ぶりに日本に帰る。ヨーロッパからアジアまではとても遠いため、中々帰省できずにいた。最近、親戚のいる杜王町に引越した両親から、そろそろ顔を見せろと言われ、渋々ながら予定していた南フランスでのバカンスを諦めたのだ。ニースの美しい景色を思いながら、溜息をつき時間を確認する。パソコンを閉じて、カップに残っている冷めきった紅茶を飲み干して搭乗口の方へと向かった。
長距離を飛行機で過ごすため、ゆっくりしたいと思いビジネスクラスを取った。いつもの様に窓側の席でぼうっと整備士たちを眺めている。相変わらず雑に荷物を運んでいるなあ、と思っていれば、アメリカ訛りの英語で声をかけられた。
「Excuse me. Is this yours?」
ペンを差し出されていたので受け取り、キャップの部分を見ると私の名前が刻印されていた。昔、誕生日にある人が贈ってくれた大切なものだ。荷物を棚に入れる際に落ちてしまったのだろう。低い声に柔らかな印象を感じ、礼を言おうと顔を上げた。
「Thank you, Sir. It's obviously mine…」
尻すぼみになりながら答えたのには理由があった。
背が高いその男性は、良い体格で白のコートを着こなしていた。頭には白い帽子。その鍔の下から覗く顔は、柔らかな声色に反して、どちらかと言えば怖いといった印象を持たせるような、無表情であった。
そして、かつて焦がれた瞳と同じ、深い海の色をしていた。
彼は私の隣の席らしく、軽く会釈して座った。
離陸してて暫く経ち、随分とロンドンの街が遠くなった頃、私は何となく隣に座っている男性へ目を向けた。
ビジネスクラスとはいえ、隣の人物とはそこまで離れている訳では無い。私は変な表情をしていたのだろうか。いや、無駄に彼を見過ぎてしまったのかもしれない。その男性は顔をこちらに向けた。どことなく、親戚の男子高校生に似ている。
「作家の伊川さんですか」
流暢な日本語で言われ、驚いて目を見開いた。
「あ、え、ええ。そうです」
「『波寄る星影』、愛読書なんです」
男性は鍔を持って、少し顔を隠すようにする。口の端が僅かに上がっていた。
「そうですか、ありがとうございます。日本でしか出てないですけど……えっと、日本語がお上手なんですね」
「日本人です」
「あぁ、これは失礼」
「いや、あなたも日本人に見えませんでしたよ」
だから、英語で声をかけてきたのか。確かに日本人にしては彫りが深いと言われ、所謂ハーフかと間違われたものだ。両親とも日本人だが。
曖昧に笑うと、例の私の書いた本を取り出してこちらへ差し出してきた。
本当によく読んでいるのだろう。革のカバーの下には日焼けした小口。何せ私が初めて出した本だから古くて当然である。
「図々しいお願いですが、よければサインをいただけませんか」
「ええ、構いませんよ」
ファンだと言われて嫌な気になる作家なんているだろうか。
受け取って、先程のペンのキャップを外した。
「お名前は?」
「空条承太郎です。空に条件の条、承る、に太郎」
「おおざとの太郎ですか」
「はい」
表紙を開けて、空条承太郎さまへ、と書き、その横に日付と私のサインを書く。書きながら、どこかで見たことのある名前だと気になった。
表紙を閉じて返したところでふと思い出した。
「もしかして、東方仗助をご存知ですか」
「仗助、知っているも何もとても近い親戚ですが」
「あなたが噂の承太郎さんか」
「はあ」
「Le monde est petit !(世界は狭いなあ)」
独り言のように言う私をみて、怪訝な表情を浮かべる承太郎さん。
「私、東方の親戚なんです」
仗助と私は又従姉弟であるが、今でもよく連絡をとっている。主に私が仗助に勉強を教えるというものだが、お互いの日常のことなどを話すこともあった。そのメッセージの中に、親戚がアメリカから来たという話があった気がする。仗助の父方の家についてはよく知らなかったが、こんな風にして知るとは、人生何があるかわからないと再認識させられる。
そこから少し話が弾み、非常に歳が近いこと、海洋学者で、イギリスには学会と調査できていたことなども分かった。
「この本がきっかけで今の職に就いている、とでも言うか。表題の話が特に良かった」
承太郎さんは私がサインした本を数ページ捲り、懐かしそうにそう言う。
「そんな大層な文章じゃあないと思うんだけれど、何だか小っ恥ずかしいな」
まだ高校生だった時に書いた作品だ。幼い頃に海の近くで過ごしていたことを元にして書いた短編集。あの時は全然売れなかったのだが、物好きは居るもんだな。
「なんでまたその本を?」
「友人に勧められてな。そいつがくれたんだ」
「へぇ!それはうれしい」
美丈夫と言われるような人と知り合えるなんて小説のいいネタになるじゃあないのか、と思い、承太郎さんが席を外した隙に少しメモをしようとポケットに入れたノートに手を伸ばした。こういうところは、創作仲間の露伴君とも一緒だ。物書きの性である。にやけてないか気になりながらも、良いアイデアを忘れる前にとペンを動かす。
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