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「動くなァ!!この飛行機は我々が占領した!!ここに居るもの全員ッ!このまま海に消えてもらう!!」
そんな大声が聞こえ、叫び声に近いざわめきが機内に広がる。
なんと言うことだろうか。今日はネタが多い。いや、のんびり構えているところじゃあない。ハイジャックなんぞ今でもあるのか。あれだけ厳重な検査をしておきながら、困ったものだ。
いつの間にか戻ってきた承太郎さんが心底面倒臭いといった様子で、やれやれだぜ、と言っている。全く同意だ。
「動けばこの銃でテメェらのドタマぶち抜くぞ!!!」
そんなのフィクションの中でしか聞いたことがないぞと思い、前を見た。スーツを着て拳銃を手にして、一丁前に脅しをかけている。イタリア訛りの英語だ。銃なんて持ち込めるはずはない。しかもその後ろに何やら変な格好をした者がいる。
「なんだあの変な服の人。趣味が悪いな」
思わず口に出ていたらしく、承太郎さんが勢いよくこちらを振り向く。
「何?今なんて」
「いや、叫んでる人の後ろに変なやつ……」
「見えるのか?!」
「ええ。でもあの、大声出しちゃあ不味いですよ」
私がハイジャック男の方をちらりとみると、頷いた承太郎さんも声を落として言う。
「ルナさんもスタンド使いか?」
「何使い?」
首を捻る私に承太郎さんが小声で説明をしてくれた。
なるほどオカルトチックだが、何やら説得力があった。
そして私にもついている、幽霊か何かだと思っていたものは何やらスタンドとかいうものらしい。
幼い頃から聞こえない筈のものが聞こえたり、見えないはずのものが見えたりした。テディベアが喋ったり、憧れたアニメのキャラクターが目の前に現れたりした。魔法が使えるんだね、と子供の冗談だと思った両親には取り合ってもらえなかった。
それなりに分別もつきだした頃、これは普通では無いのかと知り何も言わないようにした。なにか聞えたり見えたりする時、そういう時にはいつも傍にベールを被った白黒の幽霊のようなものがいた。
〈ワタシハ、マーシレス・カルト。アナタノオトモダチ〉
彼女、昔はカルトちゃんと呼んでいたのだが、本を読んでいる時、私にその風景を見せてくれたり、眠れない時に水のせせらぐ音を聞かせてくれた。
悲しくてたまらない時は優しい夢を見せてくれる。
物語を書くようになってからは、リアリティを求めて幻覚や幻聴でネタを膨らませたりしていたのだ。
いつの間にか膝の上に乗っていた彼女は、機内の前方と後方を指さした。見れば、ハイジャック犯は客室に三人いる。恐らく機長室にも一人はいるだろうな。だからってどうしたんだろうこの子は。
「それがルナさんのスタンドか」
「ええ。マーシレス・カルト、って名前らしいんだけど……」
〈ワタシニマカセテ〉
唐突にそんなことを言い、海月のようにふわりと浮かんだ。
彼女はベールの下から三枚のトゲのついた葉を取り出すと、一枚ずつ銃を持った男たちに向かって投げる。目の前に降り落ちてきた深い緑の葉っぱが触れるや否や、奴らはその場にしゃがみこんだ。
「<息ヲ吸ッテ>」
優しく語りかけるような声がマーシレス・カルトの口から出たと思えば、私の口も動いていた。どうしてだろう、と思うも、目の前の異様な光景に驚く。
男たちは何やら怯えた表情でブツブツ言い出した。やめろ、来るな、とかそういうことを言っているようだ。その変化に乗客がざわつく。
〈デキタワネ〉
「何をしたんだ?」
承太郎さんは私の膝の上に居るマーシレス・カルトを観察しなが聞く。
「よく分からないけれど、多分幻覚を見せていると思う……。私にもちょっと見せて」
そう言って彼女の手に触れると、それはおぞましいものを見せていた。R指定がつく映画のような割とグロテスクな映像が見え、一瞬で手を離した。これはリアリティを超えている。
「Bloody...」
「そんなに酷いのか」
私の顔を見て無表情に承太郎さんが言う。そして数秒思案して、思いついたように私へ指示を出した。
「君のスタンドは恐らく長距離型、しかもピンポイントで攻撃できるようだが、客にも何か出来るか?」
「えーと、あ、恐らく?」
「今から俺のスタンドであれをぶちのめしてくる。その間、客に不自然に思われないようにしてくれないか。頼む」
返事をする前に立ち上がってしまったから、私のスタンドを見ると、親指を上げて任せろと言っている。この子は言うことをよく聞く子だな。
〈ワタシノ名前ヲ呼ンデ。イツモミタイニ想像スルノヨ〉
「マーシレス・カルト、乗客に優しい夢を見せて!」
柔らかく暖かなベッドの中で見る夢の世界を思い浮かべると、彼女はまた空中へと上がると、拡げた腕から、血の雫のように赤い薔薇の花びらを座ったままの乗客とキャビンアテンダントの頭上へと降り注いだ。この花びらもきっとスタンドの見える人の眼にだけ映るのだろう。私の元に降り落ちた花びらを触ると、幸せなイメージを持つ光景が浮かぶ。これなら乗客の眠気も誘うことができると思った。
言われたことが成功したのはいいが、承太郎さんの他に立ち上がった人物がもう一人後方にいたようで、その人物の近くへ浮遊していった私のスタンドを不思議そうに見ている。この人もスタンド使いなのか。座っていなかったためにマーシレス・カルトに掛からなかったのだ。切りそろえられたおかっぱ頭の……男性だろうか。
「オラァ!」
という声と共に承太郎さんが彼のスタンドでハイジャック犯のスタンドを殴っているし、後ろを振り向けば、先程のおかっぱ頭の男性がまた別のハイジャック野郎をバラバラにしている。
何が何だかよく分からない。ふよふよと戻ってきた私のスタンドは、また膝の上にお行儀よく座る。
「ちょっと君」
客室にいた三人のハイジャック犯たち、うち二人は承太郎さんに倒され、泡を吐いて縛られたまま寝転んでいる。承太郎さんはそのまま機長の元へいった。首謀者を探しにいったのだろう。ハイジャック犯の残りの一人はバラバラにされているのだが、そのバラバラにした人が私を見つけて声をかけた。この人もイタリアの訛りが入っている英語だなと気づく。
「S, si.」
「イタリア語話すのか、なら早い。さっきの花びらは君か」
「そうですね」
「乗客に何をした?」
「いや、あのちょっと夢見せてるだけですよ。あ、あいつらの仲間じゃあないですからね!」
なかなかの剣幕に若干怯えながら早口に返事をすれば、それに気づいてか、おかっぱ頭の男性は微笑んだ。
「そうか。嘘はついていないみたいだな。驚かせてすまない。俺はブチャラティ。君の名前を聞いても?」
「伊川ルナです」
「日本人か?」
「ええ」
そう言ったところで、機体がぐらりと揺れる。
乗客は皆まだ夢見心地である。
「なッ?!」
「危ないからここに座っていろ!」
ブチャラティさんに肩を抑えられた私は返事のために頷く。
承太郎さんが険しい顔で客室に顔をのぞかせた。
「機械が壊れた!このままイタリアで降りる!」
頬が切れ、血が垂れている。
・・・・・・
「リアリティ抜群。ネタにはなるけどこれは散々だわ……」
ナポリ、カポディキーノ空港のラウンジでうなだれながら呟いた。
ハイジャック犯達は全員スタンド使いだったようだ。金品だけ奪い取り犯人達はスタンドで逃げるつもりだったようだ。金が欲しいなら悪事ではなく、きちんと働けと思う。
承太郎さん曰く、機長を脅して地中海へ突っ込もうとしていたやつは自動運転機能をストップさせてしまったらしく、犯人グループを倒した時にはすでにイタリア方面へと向かっていた。どうやら燃料タンクにも細工をさせられていたらしく、日本に行くには残量が少なすぎたようだ。
したがって、このナポリの空港に降ろされ、他の乗客達はぶうたれながら日本行きのチケットを探している。
さて、私はなぜその列に加わっていないかというと、先ほどのブチャラティさんに捕まっているのである。ついでに承太郎さんも一緒である。
「ああ……わからんが……いや、調査もしていく……そうだな、財団にも……」
少し離れたところで承太郎さんは電話をしている。
問題はこの状況だ。別に急いで帰国しなければいけない理由などないのだが、どうやらなかなか帰してはくれなさそうだ。
「伊川ルナさん、日本出身の小説家および翻訳家。独身。最終学歴はL大学大学院。専門は文学翻訳。マルチリンガル。大学時代からイギリスに在住。帰国は……実に八年ぶりか」
「え?どこからその情報を…」
ブチャラティさんはモデル宜しく、私の目の前に立ってタブレット端末を見て言った。スタイルいいな。ぼんやりと考える。
「調べれば出てくるものだ。それで、さっきの犯行グループは俺が仕事で追っていた奴らでな。こんなに早く捕まえられるとは思っていなかった。少し事情聴取とお礼にうちのボスが君たちを連れてくるように言ってね。急ぎの用はあるかい?」
警察か何かの人なのだろうか。ご苦労なことだ。私はもうこの際だから、南フランスでのバカンスの代わりだと思い頷いた。
「私は構いませんけど、あの方もですか」
「ああ、そうだ」
承太郎さんに目を移す。電話が終わったらしくこちらに来た。
ふわりと青い蝶々が飛んできた。どこから迷い込んだのだろうかと思えば、そのままブチャラティさんの肩に止まった。
「ブチャラティだったな、財団から後で連絡が行くだろう」
「ありがとうございます、空条さん」
「え、知り合いですか」
「ちょっとしたな」
こんなに世界は狭いものなのだろうか。普段あまり人と関わらないが故に、外国でここまで知り合いに会うことに対して不思議さを覚える。
ブチャラティさんは時間を確認すると、ボスからだ、と言って私に四つに折られたメモを渡してきた。青い蝶々はもういない。
「車が来ているから、入国手続きを終えたすぐのところで待っている。では後ほど」
手元のメモにイタリア語で書いてあったのは、突拍子もないものだった。
《僕のもとで働きませんか。G.G.》
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