「ねぇ、燈矢くん」



木漏れ日で優しく照らされている少女を彼──燈矢は見やる。少女の手元には包帯を巻かれた飛べない小鳥。

「もしも、君は自分が死んだら自分は過去になると思う?」

「はぁ?そりゃあ故人は過去の人だろ」

当たり前のように燈矢は少女の言葉に答えた。柔らかな草の上で座る二人は隣り合って仲良さそうにしている。

「なら、その死人が生きていたら、その人は何だと思う?」

可笑しな質問に燈矢は首を傾げた。

「…?死んでるって言ったじゃん。生きてたら死んでないだろ、うーん。何になるの?」

答えを求められた少女はその美しい花の顏をゆったりと緩ませ、長いけぶるような睫毛を少し伏せて透き通るような眼をどす黒く染めて言った。



「─────亡霊、になるんだよ」




◆◇◆◇◆

少女にとっては他人は何でもないものだった。

ただ、少しだけ、「興味」を持った。

ただ、それだけだった。





6歳、もうお父さんが稽古をつけてくれなくなってまぁまぁ経った。火傷なんてへっちゃらなのに。そんな不満を抱えて轟燈矢は学校に来ていた。憂鬱な学校。皆が“ヒーロー”に憧れてて将来なりたいと言う中で、父にそれを否定されている燈矢は息苦しさを感じていた。その日も家に帰ってから瀬古杜岳に行って訓練しようと切り替えるように窓を見た。その時、いつもは空席の席に少女が座っているのが見えた。いつもなら興味がないと思う筈なのだけれども、その日がそういう気分だったのか、それともその少女が原因だったのか。それは、解らないけれど。目を、奪われた。
窓から指す優しい太陽光に照らされて少女は静かに本を読んでいた。パラッとページを捲る手は白く整っていて指先に桜貝のような綺麗な爪が揃っている。文字を追う目は透き通るような青白磁色で髪は絹のような内に向けて胸下辺りから肩程になる長さの錆浅葱色。光に当たると新芽のような黄緑にも見えた。白くまろやかな輪郭にすっと通った鼻筋、そしてつんとした淡い一重梅色の形のいい唇。パーツも神がよりをかけて作ったかのように整っており、どこか触れがたい、神聖で可憐な姿。全てが美しいというに相応しかった。他の生徒も彼女をチラチラと見はするもののその容姿と独特の雰囲気に当てられ誰も近付かなかった。そんな中、一種の気紛れと好奇心、そして期待を持って燈矢は話し掛けた。

「…ねぇ、お前、初めまして…だよね」

「…ん?うん、初めまして」

硝子玉のような目が燈矢を反射して映す。花が綻ぶように笑った少女に燈矢は続けて話をした。

「俺、轟燈矢。お前は?」

現見うつみ桜花おうかって言うの。宜しくね、燈矢くん」

「まぁ…よろしく」

その時丁度教師が入ってきたのでその時一旦二人の会話は途切れた。次に話したのは夕方。帰りの時だった。燈矢はまた彼女に話し掛けた。

「また、本読んでんの?」

子供が読むには分厚くて文字がぎっしり詰まった本。ハードカバーのそれを桜花は中々のペースで読み進めていく。

「うん、面白いもの」

「どんな話?」

「子供達が鏡の中に迷い込んで余命僅かな一人の狼少女と自分達の問題を解決していく話」

「ふーん、帰らないの?」

「あと少し」

「なら、途中まで一緒に帰ろう」

「いいよ、待ってすぐ読むから」

「別にゆっくりでもいーよ」

燈矢自身自分が何故今日初対面の彼女にここまで仲良くしようとするのか分からなかった。だが、何となく、桜花なら、何か他の人とは違うのではとどこかで感じていたのだ。
少しして栞を挟んで本を閉じてランドセルに入れる桜花。そしてそれを背負う。

「お待たせ、帰ろっか」

「ん」

そうして二人は帰路についた。
帰り道、燈矢はたわいもない話をする中で思い切って切り出した。  

「桜花ちゃんは、将来何になりたいの?」
 
それに桜花は変わらない静謐な笑みで答えた。

「うーん、将来…か。小説家かな」
 
「小説家?」

「うん、話を創る人になりたいの」

「何で?」

それに夕日を背にくるりと向き直って桜花は答えた。

「だって、その“小説の中”は私が全てを掌握してるでしょう?」

「………どういうこと?」

「ふふ、命も心も何もかも生かすも殺すも自分次第。それってとても、魅力的でしょう?」

そこに底無しの奈落を燈矢は見た気がした。綺麗な瞳が夕焼けを映して妖しく光る。弧を描く口許は綺麗にそして歪に吊り上がっていた。その歳に似合わぬ妖艶さに、そして周囲との違いに燈矢は引き込まれた。
これが二人の出会い、小学一年生の春の事だった。








轟家に三男が生まれた。それも、父が望む個性「半冷半燃」を持って。最高傑作が、その日生まれた。燈矢は酷く焦っていた。そして火傷をどんどん増やしていき、とうとう父親、炎司に咎められ──三男である焦凍に襲いかかろうとした。幸いにも炎司が止めれたので被害は無かったが、それに重く見た炎司は家政婦を雇い、燈矢を見張るようにさせ、妻である冷にも燈矢を見ておくように言った。そして焦凍は他の兄姉達とは分かれて育てる事となった。また今回のような事が無いように。それに鬱憤を燈矢は溜めて、余計に瀬古杜岳での訓練を続けた。だが、一年生の春に関わり始めた現夢桜花との縁は途切れてはいなかった。友達というには二人の繋がりは不思議なものだった。
その日は二人で近くの山に花を見に行こうという話になり、そして冒頭に戻る。

「亡霊…?」

「ふふ、うん亡霊」

「幽霊とは違うの?そう言う意味だったと思うけど」

「…うーん、少し、違うかな」

桜花は膝の上の小鳥を撫でる。桜花は目線を小鳥にやって柔く微笑んだ。

「それは過去のモノ。そして亡霊は今にあるモノ…かな」

それに燈矢はまたも首を傾げた。

「存在すんのは変わらないの?亡霊は何で今なの?」

それに朧は答えた。

「変わらないかな。でも、自分を過去にせず未練や何かを未来に向けて存在するのが亡霊だって私は定義してるの。まぁ、勝手にだけど」

「ふーん」

燈矢は桜花の手許の小鳥を見た。桜花はいつも救急セットを持ち歩いてる。そして今日のように怪我をした動物を保護する。それの意味が良く分からなかった。痛そうだから、可哀想だから。そんな善意からの行動ではないから。ただ、自分の為だという彼女に訊いた。

「…そいつ、個性使えば治るだろ。なんでわざわざ包帯とかで手当てして個性使わないの?」

その問いにぱちくりと目を瞬かせた後、少女は笑った。艶やかに緩く口許を弛めて。

「初めて話した日にも言ったでしょ?この子は今、私がいないと生きていけないの。つまり、生かすも殺すも私次第。それってとても素敵なことでしょう?私はこういうのが好きなの。私無しじゃ生きていけない、それってつまり私が必要な証でしょう?」

「………?必要な証…?」

「そう、証明。私が存在する意味」

「………!!」

燈矢はそれを聞いて、一つ問うた。

「じゃあ、お前がいなくなった時そいつらにどうなって欲しいの?」

「………………………そう、だねぇ」

桜花は仮面のように歪に、されど酷く麗美に嬌笑した。どす黒く瞳を染めながらも鏡のように燈矢を映し、そして白妙の手をそっと燈矢の両頬に添えて覗き込む。その笑みのまま、囁くように、けれど、毒のように、麻薬のように溶け込む言葉をついた。


「泣いて哭いて、悲しんで悲しいあまりに可笑しくなって───





一緒に、地獄に堕ちてくれると嬉しいわ」










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