◆
13歳になった燈矢はその日、初めて桜花を瀬古杜岳に呼んだ。理由は自分でも分かりきっていないが、きっと否定ではなく肯定をくれると期待したからだろうか。その日もまた、彼女は動物を連れてやって来た。鴉。大きな彼女の顔より遥かに大きなそれを肩に乗せて。
「おはよう、燈矢くん」
「おはよう、桜花ちゃん…そいつは?」
「久留」
「ふーん」
そう言う燈矢に桜花はいつものように自然な笑みを浮かべながら問うた。
「今日は何かを見せてくれるの?」
それに燈矢は「見てて」と言って腕から炎を出す。そして的に向けて炎を放った。炎を放ち終わると個性を解除し桜花に向き直った。
「…俺の個性、どう?」
桜花は純粋にそれに答えた。
「とっても綺麗な炎。聖者の灯火か、地獄の業火か…それはまだ判らないけれど、とても鮮麗で目を奪われたわ」
「……そっか。ねぇ、桜花ちゃん」
「なぁに?燈矢くん」
燈矢は何となく察していた。桜花は人を基本苗字や「〜のお父さん、お母さん、お姉さん、お兄さん」と基準にした人間から見た関係性で呼んでいる意味を。認識する。人が個々を見るのに必要な事だ。それを朧は興味がないと思うのだ。基本的には。彼女は“普通”に溶け込んでいるけれど、誰よりも異端なのだと燈矢は感じていた。そんな彼女なのに自分の事は“轟家の燈矢くん”ではなく“轟燈矢”という個として認識している事に、気が付いた。何が自分と他で違うのかは良く判らない。けれど、その“特別”な扱いが確かに燈矢を酔わせていた。だから、思い切って自分の問題を疑問をぶつけてみることにした。父は目を逸らすから、母は窘めるばかりで自分の生き方を自分にも強要するばかりだから。妹弟も自分を理解してくれないから。
腕を差し出し見せる。そこには真新しい火傷。
「…俺さ、体質があってなくて火傷すんの、自分の個性で………それで、ヒーローを目指すのは、可笑しい?」
それに艶やかな笑みで桜花は答えた。
「別に、燈矢くんがしたいようにすればいいと思うよ。ただ…ヒーローって何だと思う?」
「え?」
唐突な質問に目を丸くする。そして考えた。
「ヒーロー免許を持ってて…人を救ける人?」
「じゃあ、救けられない人は人じゃないのかな?」
「…ごめん、わかんない。でも、救けるのがヒーローの“仕事”でしょ?」
「………………うん、そうだね」
彼女はそう肯定した。暫くの沈黙の後に。肯定されたことで燈矢は次々と問いをぶつけていった。止まらなかった。ただ、答えが誰かから欲しかった。そして一つ一つの質問に彼女は答えて、最後にこう言った。
「────自分が亡霊になったと思ったら、一緒に地獄へ堕とせばいいんだよ」
それが焼き印のように燈矢の脳裏に焼き付いた。
◆
輪廻転生。
良くある言葉。それを体感するとは思いもしなかった。だってきっと地獄に堕ちてしまうと思っていたから。あの子が死ぬのに私が何もしないで生きるのは私が私を赦せなかった。
「赤根サクラ」、それが私の前世。その私には双子の妹/姉がいた。「赤根スミレ」。6歳で村の為の生贄──巫に選ばれた存在。私と同じで少し違う私の片割れ。私達はよく似ていた。感性も趣味も性格も、容姿も。色味は違ったけど、それ以外は双子の性か、互いに互いの事が判った。巫にするのはどちらか、それを二人で聞いていた。
醜い大人の討論に、自分達の命が賭けられている。そう思うと少し笑えてしまった。神様に嫁ぐと言っても贄なのは変わらない。判ってないとでも思ってるんだろうか。知ってるよ、って言ったらきっとどうなったんだろう。スミレも私も生を望んでいた訳では無かったから、死ぬのはどうでも良かったけれど。ただ、スミレの方が良い子だったと思う。冷徹でもあった。私は情が少しだけあったと思う。何処か恐れられていた私は選ばれず、スミレが「巫」に選ばれた。その時、私は将来を決めたのだ。あの子と一緒に死ぬ事を。盛大に、あの子の望みを叶えた後で。
前世では「怪異」という存在があった。人ではない妖のモノ。彼岸のモノだ。此岸に生きる私達人間に“基本的には”害を加えるモノ。だが、「欠陥品」の鬼がいた。祓い屋の「源家」の先祖が契約したたった一人の鬼。無垢で無欲で従順な、鬼。その人が巫を見張る役目を持っていた。だから、スミレは彼に育てられた。育てられたといっても私が補助しに行っていたが。だって彼、ろくに家事が出来ないからスミレが困ってしまっていたもの。双子だから、分けっこして、補って。私は彼が村の“人間”よりも好きだった。スミレが確かに愛していたからかも知れないが、確かに好感は持っていた。彼ならスミレの事を消費しないでスミレの望み通りになってくれると思ったからかもしれない。そして、私の願いも叶えてくれると思ったからかもしれない。
私はサクラ。美しさの為に、醜いモノも美しいモノも何もかもから奪い取って満開の花を咲かせて散り逝く陰の者。スミレの将来を、村人の未来を、鬼の彼の従順さを奪う者。そしてこの命を以て華々しく咲き誇り散り逝く者。私は大樹にはなれないけれど、その花のように美しく咲き誇り散り逝くのだ。そう、私は決めたから。
『………君ら本当に仲がいいんだね』
『あら、だって双子ですもの。ねえサクラ?』
『そうだねえ、私達は双子だからね』
『ぼくにはよくわかんないけど…今までも双子は見たことあるけど君らみたいなのは初めてだよ』
『まぁ!ねぇサクラ聞きました?わたくし達が初めてですって!』
『うん聞いたよ、初めて貰っちゃたねスミレ』
『『ふふふ!』』
『本当に君ら何かおかしいよ…』
『まぁ酷い旦那様ですこと』
『そうだよ、こんな可愛くて優秀なお嫁様と義姉/義妹がいるのにね〜』
『ハァ………』
身勝手な村人。不器用ながらも優しい鬼。どちらに天秤が傾くかなんて決まりきったことだった。でも、怨んではいなかったの。幸せにはしてあげられないけれど。それは、ただの私のエゴだから。未来を奪うことになるのは結果論で、間違いなのだから。
巫様と敬いながら、石を投げつけ命を捧げろと言うのならば、私も貴方達に取り立てましょう。
ある日はスミレの悪口を言った初老の男を。
またある日は鬼の彼の事を侮辱した若い男を。
またまたある日はスミレに石を投げつけ罵倒した若い女達を。
殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して、殺した。
武器は斧。たった一つを大事に取って、頸を切ってある時は川に流して、またある時は神の元──彼岸と繋がる穴の中に。村人達は余計に私を遠巻きにして恐れるようになった。
そしてとうとう、スミレが嫁ぐ/死ぬ日が来た。可笑しなお面を皆でつけて、神に祈る。頭の中で二人でさようなら、またねと言って、スミレは後ろに控える鬼の彼に小さく笑って言った。
『そこは嘘でも悲しむ素振りを見せるところだわ』
そうして彼女は奈落に堕ちていった。
その後盛大な宴が催された。それを私は抜け出して、錵を手向けた。そして、短刀を隠し持つ。長年術を込めた私だけの今日この日の為の短刀。
宴の席に戻りに向かう途中で彼に会った。だから、後一押しの呪いをかけたのだ。
『ねぇ、スミレの旦那様』
『………なに?』
『私とスミレの
『え?』
『それじゃあ、“さようなら”』
『は、ちょっと待っ────』
カタンと障子を開いて中に入る。しんと静まり返った中で短刀を抜いて頸を、掻き切った。驚愕に目を捲る人々と慌てて追ってきた鬼の彼に艶やかに笑いかけて術を展開して………事切れた。そして幽霊となって彼が村人を皆殺し近くしたのを見届けたのが最後だった。
だから、この社会は難しい。ヒーローと敵。そんな簡単には人間は出来ていない。善悪もあやふやで、正義はなくて、溢者しかいない。人の醜さを、愚かさを、残酷さを知っているから馴染めない。血の繋がり?スミレを差し出したのは両親だった。だから、わからない。そんな中、スミレと同じように命を費やすように見えた彼に少しだけ「興味」を持った。
轟燈矢。
No.2ヒーロー、エンデヴァーの息子。
轟家の長男。
個性と体質が合っていない。
ヒーローを目指す少年。
私のクラスメイトで仲の良くなった子。
肩書きは簡単にはこんなものだろう。
識別して、認識する為に「燈矢くん」と呼ぶ。
そうすると少し嬉しそうなのは秘密。
彼はヒーローになりたいのではない、ならなければいけないという強迫観念に近いもので目指している。だからきっと、白と黒がくるりと裏返る事があると思う。それでも、私は肯定しましょうか。
間違いだとしても、正解なんて、無いのだから。ただ、自由に、生きたい。とっくの昔に私は人殺しなのだから、敵なのかもしれないけれど。
私は人殺しを“悪”とは言わない。神に捧げるという大義名分を得て人は人を殺す事を知っているから。
正義はないと知っている、いや、正義は善でないと知っている。それぞれの信じる義が正しいのだと武器として持って、勝ったモノが正義と呼ばれるのだから。それは善であって悪である。だから、私は信じていない、本当の救けがあることを。燈矢くんの話はきっと常人が聞いたら悼ましいことかもしれないけれど、あの記憶がある私からすればまだ親心があるなと言わないが思ったから。
───ねぇ、燈矢くん。『地獄』というのは人が創りあげるものだと知っていて?
◆
燃える燃える、一人の少年を炎が包んで焼き殺そうと熱量を上げる。その炎は、少年から発せられていた。焼かれる激痛に悶えながらも懸命に少年は水を求めて川に身を投げた。そして黒焦げながらも微かな息を取り留めた。そしてその命を掬い上げた者がいた。
三年後、とある養護施設で少年は目を覚ました。そこは子供達が沢山いた。「おねむりくん」と呼ばれた少年は声を出して自分の声が変わっていることに違和感を抱くも園長のサンサン晴明に会いに行き、家に帰ると言った。でも、現実は非情だった。
〈─────手を尽くしたが残念ながら…失敗だ〉
失敗。その言葉が突き刺さる。そこに甘い誘惑が持ちかけられるが燈矢はそれをはね除けた。
「……うるさい…」
〈ん?〉
「俺は、他の人間から教えを乞う気はない」
その後揉み合いになり、施設を燃やして燈矢は施設を抜け出した。そして、家へと向かった。走って走って走って走って。期待した。弱体していたが期待した。期待したものがあるはずがないと何処かで分かりながらも、希望を持っていた。変わっていてほしいと。だが、変わりはしなかった。自分が生まれた意味を、知りたかった。ただ、それだけだったのに。改めて突き付けられたのは自分が失敗作で意味がなく、家族はもう、自分を過去にした事を。そして限度を超えて形づくっていたものが白黒反転していく。自分の仏壇に手を合わせる。そして新たに「 」が生まれた。その時、燈矢だった者は思い出した。現夢朧という少女の言葉を。
『─────亡霊、になるんだよ』
確かに、自分は“亡霊”だと青年は、思い知った。
◆
青年は『かつての我が家』を出て路地裏に入った。そこで、血が滴る音を聞いた。恐る恐ると足音を逸る鼓動押し殺して近付いていく。そしてそこで見た光景に、目を剥いた。
「………あれ、帰ってきてたんだ。お帰り燈矢くん」
血が滴り落ちる。畜生の解体のように“人間”を吊るしている少女がいた。あの頃よりも歳を重ねたことで凄艶な少女、現夢桜花の姿が。その場の異様さと生臭さに似合わない清廉さで佇んでいた。そして、自分を迷いなく呼んだ。まるで、生きていたことを知っていたかのように。
「………桜花ちゃん、」
「ふふ、驚いた?この人ね、酷い人だから教えて上げたの」
「…そう、なんだ………ねぇ、桜花ちゃん」
青年はその壮絶な場所に気にすることなく近付いていく。ピチャリと血が跳ねた音がした。青年は見下ろすように桜花を見つめた。救けを求めるように、迷子のように。
「………亡霊はさ、なんて名前になるのかな?」
それにゆるりと桜花は微笑んだ。
「………………………そうだねぇ、燈矢くんなら、『荼毘』ってどう?「荼毘に付す」からとって」
「ねぇ、何が俺の生まれた証かな?」
「それは君がしたいと思うことを成し遂げて出来るよ。生まれた意味は人にはないの、そこから積み重ねた人生がその人を価値付けるから」
「…そっか、うん。そうだよな…」
青年──荼毘はその時、決めた。
そしてその様子を見ていた桜花はするりと荼毘の両頬を包んで昔のように微笑んだ。
「───ねぇ、荼毘くん。私と一緒に人が創る『地獄』で踊ってくれますか?」
その手を上から包んで荼毘は答えた。
「……うん、だから、教えて。俺が生まれた証の為に。どうしていけばいいか」
「もちろん、ようこそ荼毘くん。人が創りあげる『地獄』へ。歓迎するわ。さぁ、一緒に地獄へ堕としてみましょうか?」
その手を荼毘は取った。
たとえそれが死神の手だったとしても。彼は迷うことはなかっただろう。
◆
「荼毘くん」
見下ろす彼女に目を細めて見つめ返す。
昔の夢を見ていたようだ。少し寝過ぎたのか身体が痛い。
「…はよ」
「うん、おはよう荼毘くん」
あの後、俺は桜花ちゃんに保護されて彼女が一人で暮らしている家に居候させて貰っていた。彼女の『個性』は基本借りず、桜花ちゃんの家のインターネットで父、エンデヴァーの事をずっと見て、路地裏や陰となる場所で火力を上げ直すのに専念した。一年した時に身体が動かなくなりきった時、その時だけは桜花ちゃんの個性の力を借りた。
朧ちゃんの個性は『夢現』。夢を現実にする個性。チートともいえる彼女の個性は彼女にとって見合った対価があれば現実をねじ曲げる。それで俺は生き延びた。だが、その力には極力頼らず皮膚が爛れようと構うことなくエンデヴァーの技を見て、真似して身に付けた。継ぎ接ぎだらけになっていく身体に何も思うことはなかった。桜花ちゃんもまた、目を逸らす事もなく手当てだけをして助言をくれた。冷たいのに暖かい手。桜花ちゃんの本性を知っても俺は何も思うところがなかった。ただ桜花ちゃんは俺を過去にしていなかった。それだけで、充分だ。彼女が手を下す事はそんなに多くない。彼女はお金を稼ぐのに裏サイトに『desire 』という願いを叶えるという仕事をしている。対価があるのでヒーロー全てを地に堕とす等は“まだ”しなかったが金が欲しい、あのヒーローを失脚させたい、あの人間を殺して欲しい等の願いを叶えた。個性が成立したら自動的に叶えるので桜花ちゃんが手を出す必要がない。ただ、契約内容に、桜花ちゃんに頼んで叶えて貰った。そんな存在がいるなどと第三者に教えるのは契約違反。勿論対価を払わないのは論外だ。その時、その人間は“死”をもって代償を払う。そしてその人物の個性は桜花ちゃんにストックされていく。そうして安全に自由に桜花ちゃんは生活していた。俺もそれについて別に何も思わなかった。人が死んでいく事にはもう興味が無くなっていた。そんな中、『ヒーロー殺し』ステインの映像を見た。保須で捕まった彼だがステインの意志は俺が目指すものだった。だから、俺がステインの意志を全うする。その為に敵連合に…昔、あの時の場所に戻ることにした。朧ちゃんにはどうするかと聞いた。
「…あぁ、敵連合ね。いいよ。一緒に行こうか」
「いいのかよ?この先は地獄だぜ?」
「ふふ、地獄は人がいる限り何処にでもあるもの、それは恐れるものではないの。それに、一緒に地獄で踊ろうって約束したでしょ?」
「………そうだな」
白魚のような華奢な美しい手を取り引き寄せる。硝子玉のように自分を映す瞳を見下ろして言った。
「どうか、俺の為の地獄への片道切符になってくれ」
それに彼女は艶やかに壮絶に緩やかに嗤った。
「ええ、勿論」