何もかもがいつも通りだったのだ。
いつも通り任務を終えてから落ち合ってわたしが一人暮らしをしている家で少し遅めの夜ご飯を食べて、他愛のない話をして、順番にお風呂に入って、ふかふかのベッドの中で自然に身体を寄せ合って。
それがわたしたちにとってはいつも通り。だけどとても愛おしい幸せなひと時であった。



「別れてくれないか」

翌朝目が覚めて身支度もそこそこに寝室を出る扉の前から唐突に投げられた彼の言葉が、わたしには瞬時に飲み込めなかった。…今、彼は何と言った?頭は真っ白で何も言えずに固まっていると見兼ねたようにイタチはもう一度同じ台詞を口にした。そこで漸くわたしは別れを告げられていることを否が応でも理解してしまった。

「……急に、どういうこと」
「…急ではない。前から考えていた。俺とお前は共にいるべきではない」
「だってそんな…。昨日だっていつもみたいに、」
「俺はこれで最後にしようと思っていた」
「………」
「俺は、もう…お前を愛してはいない」

刃のように真っ直ぐと突き刺ささったそれが決定打だった。心臓がじくりと痛んで、頭が真っ白になっていく感覚に襲われた。彼はどうしてこっちを向いてくれないのだろう。もうわたしの顔だって見たくないのだろうか。いつも通りに彼に甘えていた馬鹿みたいなわたしを、それでも最後まで付き合ってくれていたのだろうか。

「………気を遣わせて、ごめんなさい」

溢れるような思いとは裏腹に別れを肯定する言葉が自然と口から溢れ出ていく。強がらなくていいところで強がって、嫌に物分かりの良いフリをするのはわたしの悪い癖だと困ったように笑ったのは目の前のこの人なのに。
惨めに泣きたくないと思いながらも目尻が熱くなりそこから落ちていく雫は止まることなく重力に従って次から次へと流れていく。彼がわたしに背を向けていて良かったのかもしれない。せめて呼吸を荒げないように歯をくいしばるだけで精一杯だった。

「…これでお別れだ。だが、俺はこの世で一番幸せだったよ」

振るくらいならどうしてそんな事を言うのだろう。彼は最後に小さな声でポツリと言うと、結局一度もこちらを振り返らぬままに部屋を出て行ってしまった。少しして玄関の扉を閉める音が聞こえた。この家に残されたのはわたしただ一人。彼はもうきっとここへは戻ってこないだろう。部屋に静寂が訪れた瞬間にわたしは声をあげて泣いた。わたしはまだこんなに愛しているのに、愛して貰えていると思っていたのに、なんて酷い人なのだろう。




あっという間に「いつも通り」は「幸せだった過去」に変わった。
わたしも彼と同じ暗部に所属はしていたものの班は違ったし、控え室も男女で別れていた為顔を合わせることはなかった。特に誰かに話をしたことはなかったがわたしたちが交際をしていた事は暗部内の誰もが知っているようなものであった。だがイタチはわたしと別れた事をどうやら何人かに話していたようで、暗部内でイタチと関わりの深かったカカシさんには「ホントなの?まさかお前たちがね…」と目を丸くされた。一方でわたしもよく相談をさせて貰っていた夕顔さんには報告をした。夕顔さんは一緒になって悲しんで、それから励ましてくれた。
わたしは、わたしの世界の中心は自分とイタチのたった2人なのだという自惚れた感覚に陥っていた。でも周りを見渡せばこんなわたしを気遣ってくれる人がいる。それが今は唯一の救いだと思った。
それからゆっくりと事実を受け入れ始め、せめて次にイタチと顔を合わせた時に気まずくならないように平静を装って過ごそうと思い始めた。辛いけれどきっと時間が解決してくれる、と願うように自分に言い聞かせた。




イタチが里を抜けたのはわたし達が別れてからそう日が経っていない夜の事だ。

わたしは火影様の命により、暗部の班として事件が起きたうちは地区で生存者の救出と被害の確認に当たっていた。これまでに任務でいくつも修羅場は潜り抜けてきたつもりだったけれど、まるで地獄のようなその光景には誰もが息を飲んだ。
イタチは無事なのだろうか。わたしは死臭の漂う道のあちこちに倒れる屍の中にどうか彼が居ないようにと祈っていた。

「なまえ」
「…隊長、残念ですがこちらは生存者が見つかりません」
「この惨事をやったのは、うちはイタチだ」
「え……今、何と」

紡がれた名前に聞き覚えがない訳がないのに、まるで聞き取れなかったかのように受け入れ難い言葉にわたしは立ち尽くすことしか出来なかった。