※息子が出てきますので注意


彼が里を抜けてから、初めて接触をしたのはいつだっただろうか。彼自身はもとより、わたしもかなりの準備をして決して誰にもバレることがないようにしなければならなかった。
暗い真夜中に見るいとおしい彼は、昔と何一つ変わってなどいなかった。困ったように笑う顔も、優しい声色も、うちはイタチはうちはイタチそのままであった。
彼が己の為すべき決意を説き想いを断ち切られた筈のわたしを頼ったのは、その身体を蝕む病に気付いたからであろう。わたしの家は先祖代々名のある医者の一族であり、わたしもまたその一人である。
わたしはまさか彼とまたこうして会うことが出来るとは思いもしなかったから、正直とても嬉しかった。優しく幸せな思い出は忘れようとして忘れられるものではなく、わたしはいつまでも未練を抱えて生きていたのだから。
しかし喜ぶのも束の間、イタチの身体を巣食う病はわたしが予想していたよりも深刻で、既に手遅れな状態にあった。言わば死の病であるそれは、じわりじわりと着実に彼をあの世へ連れ去ろうとしている。それでも、俺にはどうしてもやらなければならない事がある、どうにかならないか、と彼は言った。わたしはもうやめてくれ、行かないでと、泣きついてしまいたかった。それでもわたしがそれを言うことが出来なかったのは、それがイタチや亡くなった彼の一族への侮辱になるとわかっていたからだ。

それから不定期にイタチとあらゆる方法でコンタクトを取り、彼の病状を診るために顔を合わせるようになった。

「これ、薬のストックね。この前より副作用が軽くなるように改善してあるわ」
「迷惑ばかりかけてすまない、ありがとう」
「別に迷惑だなんて思ってない、わたしはただっ、イタチが、………」
「……なまえ」

ずっと泣きそうになるのを我慢して、言葉が喉まで出るのにつっかえる。イタチはまたいつもみたいに困ったように笑ってわたしをゆっくり抱きしめる。温かいその体温は、彼がまだこの世に生きていることを確かに証明している。頭ごとすっぽりわたしを抱きしめて、そのまま簡素なベッドに倒れ込むと、あとは結局未だに切れないでいるこの想いを確かめるように貪り合うだけ。





沈丁花の匂いがする。
息子はそう言って穏やかに微笑んだように見えた。開け放った窓から入り込むこの家の外に植えられたその花の香りが、こうして春を告げに来るのは何度目だろうか。

戦争が終わり、戦で荒れた里は見違えるように復興した。多数の傷を残しはしたが、それでもナルト達を中心に残された人々は力を合わせて里を元の姿に、そして新たな姿に作り変えていった。
その里の隅の、人の気配からは遠ざかった静かな地でわたし達はひっそりと親子2人で暮らしていた。誰かにそうするように言われたわけではないが、この子の父は一族抹殺と犯罪組織への加担という罪を背負い亡くなった。極秘任務はサスケはもとより火影のナルトをはじめとした一部の者にはその真実を明かされており、表立って彼が責められるような事は一切なかった。

息子はイタチが遺していった忘れ形見である。
わたし達の間に新たな命が誕生したと言えば、彼は一瞬目を見開き驚いたそぶりを見せた後に穏やかに目を瞑った。

「なまえ1人に子を任せる事になるのは申し訳ないが、俺の代わりにこの子がなまえに寄り添ってくれる。お前を1人にしないで済む」
「…イタチに似たらきっとわたしすっごく甘やかしちゃうだろうな」
「それは妬けるな。…なまえ、触ってもいいか?」
「いいよ」
「ここに、いるんだな。俺となまえの子が」
「うん……」
「俺が言えた事ではないが、どうかこの子が長く幸せに生きてくれたら嬉しい」

わたしにお腹をあまりにも優しく撫でるものだから、この人は本当にS級犯罪者には見えやしないとわたしは思わず笑ってしまった。





「母さん、オレも豪火球の術を使えるようになったよ」
「まあ…すごいじゃない。でもどこでそれを覚えたの?サスケくんかしら」
「いや、うちはの文献を読んで1人でずっと練習してたんだ。うちは一族はこの術ができるようになってようやく一人前だって。母さん、見てくれる?」
「ええ、もちろんよ」

早く早くとでも言うように手を引っ張る息子は子供の頃のイタチにとてもよく似ていると思う。まだ幼いその顔付きだけでなく、頭が良く大人達の空気から状況を読みとることに長けている。かなりの父似だ。わたしに似ているところといえば、髪の毛が癖っ毛だとか、少々じゃじゃ馬なところがあるとか、その辺りは昔の自分を思い出す。

「火遁・豪火球の術!」

広い湖の上に大きな炎が蠢くその光景は、わたしにはどうにも懐かしくて、愛おしい思い出を呼び起こさせた。

「どう?母さん!…ってなんで泣いてるのさ」
「ごめんね…貴方がとても立派になって、お母さん嬉しくて」
「もう……。それで、どうだった?父さんみたいに出来てた?」
「そうね。とてもよく出来ていたけれど、お父さんが貴方くらいの時はもっと大きな炎を出していたわよ」
「むう…でもオレは独学なんだ」
「その通り。1人でここまで出来るようになったのはお父さん以上よ。流石わたし達の子ね」
「へへ…」

頭を撫でてやると頬を染めて嬉しそうに笑った。
息子は会ったことのないイタチをとても尊敬していた。息子は既に父親の真実を知っている。それから「オレも父さんみたいな立派な忍になる」と言った。

「貴方は立派だけれど、何かあったら1人で背負いこんではいけないわ。お父さんも貴方にはどうか長生きしてほしいって言っていたの」
「うん、わかってる」
「そう…」
「あ、母さん。そろそろサスケさんとサクラさんが来る時間じゃない?俺、2人にも術見てほしい!」
「そうね、きっと驚くわ。じゃあいったん戻りましょう」

息子のまだ小さく柔らかい手を取ってわたし達は帰路についた。
イタチは、見てくれているだろうか。隣で空を見上げながら歩く息子もきっと同じことを考えているだろう。
貴方がここにいたら、きっとわたし以上にぽろぽろ泣いてしまうんじゃないか、なんてわたしは彼のどうしようもなくいとおしい姿を思い描いた。