※死


イタチはなんだか、ここ最近はもっぱら上の空である。
本人は上手く隠しているつもりなのかもしれないが、伊達に恋人を名乗ってはいない。ポーカーフェイスのようで実はわかりやすいイタチが、何かを抱えて悩んでいる様子である事にはずっと気が付いていた。

「イタチ、お団子食べないの?」
「ああ…」
「…イタチが団子を食べないなんて、本当にどうしたの?きっと明日は雪が降るわ」
「もう冬はとっくに終わったぞ」

そこは普通に突っ込むのか。思わず心の中で突っ込み返しをしてしまったが、イタチは少し気が抜けたのか柔らかく微笑んでから一息つき、やっぱり頂こうとお団子を手に取った。

彼の様子が変わってきたのはいつからだっただろうか。
シスイさんが亡くなったと聞いた時は随分と冷めた声色をしていた気がする。わたしのあずかり知らぬ所でクーデターだなんだと近頃ピリピリとしているうちは一族の中でも、イタチがシスイさんを死に追いやったのではないかと囁く者がいた。わたしは2人がとても固く、それこそ兄弟のような絆で繋がっている事を知っているからそれは違うと声を大にして言った。きっと2人は何かとんでもない事に関わっているのではないか。そしてそれに巻き込まれてシスイさんは亡くなったのではないか。中忍止まりで2人と同じ目線には立つ事ができないわたしには真実を知る由はない。きっと2人は教えてくれないし、わたしには分かち合う為の力が圧倒的になかったのだ。
とにかく、イタチの様子が変わってきたのはその頃だったかもしれない。




その夜、わたしはホットミルクを片手に自宅で何をするでもなくただぼんやりとしていた。すると次第に外から断末魔のような人の悲鳴とバタバタと暴れるような激しい物音がするものだから、外で何かが起きていると確信した。わたしも一応忍の端くれであるし、最低限の場数は踏んできたつもりだ。だから家の外から聴こえる悲鳴や血の匂いからおびただしい数の人が何者かに惨殺されているという事を瞬時に理解した。
わたしは状況を察するとともに自分が軽装のままであった事を思い出し、急いでクナイや手裏剣などの忍具をポーチに突っ込んだ。わたしは木の葉の忍だ。里の人たちを、うちはの人たちを助けなければいけない。ただ事ではないと震える身体を無視しながら玄関口へ向かった。無意識に上がる息を抑えながら扉に手を伸ばすと、わたしが触れるより先に扉が開かれた。突然の事に「あ、」と思わず声が出してしまう。
扉の前に立っていたのはオレンジ色の渦を巻いた面で顔を覆った男。わたしの拙い感知能力でも目の前の男が、わたしには到底敵いっこない強者である事はわかった。誰だ、里の外の忍?何故わたしの家に。次々と疑問が浮かぶが、わたしは男から目を逸らないようにしながらも反射的にクナイを手に一定の距離を取った。

「やはり残るはイタチの恋人か。思ったより賢いな、お前は。相手と己の能力差をよく測っている」
「イタチを知っているの?貴方は何者」
「教える道理はないだろう。お前にはここで死んでもらう」
「っ、」

距離を取っていたはずなのに瞬きをした次の瞬間には男はわたしの目の前にまで近付いていた。死ぬ、ここで終わりだ。イタチは大丈夫なのだろうか。男の硬い手がわたしの首を掴みあげた。呼吸が出来なくなり徐々に意識が遠のいてゆく。

「……彼女を離せ」
「何をしに来た?俺がやってやると言っただろう。先は長い、お前にここでこれ以上背負わせる必要はない」
「…いや、俺がやる」
「……良いだろう。計画は乱すなよ」
「分かっている」

酷い目眩とぼんやりとした意識の中で、確かにイタチの声がした。彼の名を呼ぼうとするが喉が痛すぎて声がうまく出せない。首を締められていたはずの手はおろか、気付いた時には面の男は姿を消していた。
イタチは力の抜けたわたしを抱えて慣れた手つきでベッドへ運んだ。ようやく目眩と喉の痛みが落ち着いてきた頃、イタチの暗部装束に返り血が付いている事と、彼が酷く苦しそうな顔をしている事に気が付いた。


「…貴方が、やったのね。外はどうなっているの」
「うちは一族を抹殺した」
「………さっきの面の男は仲間?」
「……」
「何か、事情があるんでしょう?シスイさんと同じ。貴方がこんな事を進んでやるわけがない。最近様子がおかしかったのはこのせいね」
「なまえ、」

わたしも殺さなければいけないのだろう。彼の悲痛に歪められた顔を見ればすぐにわかった。それに、手が震えているのがバレバレだ。

「俺は一族の皆を、父と母を、殺めた。あとはお前だけだ」
「…うん」
「冷静だな…何故命乞いをしない…何故俺を責めない?」
「イタチは責められたいのかもしれないけれど、わたしにそれはできないわ。だってわたしはイタチを愛しているもの。もう馬鹿になってしまうくらい。だから貴方がどんな道を選んでも、わたしがどうなろうとも貴方を責めるなんてできないよ」
「なまえ……」
「だから違う、わたしがもっと強くて優秀だったらイタチにそんな顔をさせないで済んだのかなって自分を責めてるの。本当に、なにも分かってあげられなくて、駄目な恋人で、ごめんなさい」
「やめてくれ、違う…お前はそれでいいんだ。これは俺がやらなきゃいけない事だ」
「ごめん……ごめんねイタチ…」

わたしたちはお互いの気持ちを通わせるように強く抱きしめ合った。イタチの胸からは少しの血の匂いと、いつもの優しい匂いがする。トクントクンと鳴る心臓は尋常じゃない速さで脈を打っていて、きっと彼はとても悲しんでいるのだと感じた。
大丈夫、大丈夫だから。わたしは慰めるみたいに背中を撫でると、抱きしめられる力が強まった。身体と身体とぴったりとくっついて、まるで一つになったみたい。

「このまま貴方の一部になれたら良いのに」
「俺がした事にも、これからする事にもきっと幻滅するさ」
「そんな事はないわ。貴方はずっと木の葉の立派な忍で、わたしの自慢の恋人だから」
「……ありがとう」

くっ付いた身体を離し、イタチの片手がわたしの頬に触れる。もう片方の手に、きっとこれからわたしを眠らせる為の武器を持っている。迷う事なく彼に目線を合わせるように顔を上げると、赤い瞳。
その瞬間に流れるように今までの思い出が脳裏を駆け巡った。初めて出会った場所、2人で行った甘味処、稽古を付けてくれた森の中、ちょっと狭いわたしの部屋、それから。
イタチとの思い出を一つ一つ刻みながら意識が遠くなっていく。痛みや苦しみはなくて、ただただ幸せな心地だった。こんなに優しい彼に愛されたわたしはきっとこの世で一番幸せだ。

「イタチ……がんばってね」
「なまえ………、なまえ、なまえっ」

貴方が役目を終えるまでちゃんと待っているからね、と口に出す事は出来なかったが、きっと伝わったはずだ。
わたしは涙を流すイタチの顔を見ながら、あの世にも団子屋はあるのだろうか、そうしたら貴方が来た時にお疲れさまって真っ先に案内してあげるのに。なんて仕方のない事を考えてから意識を手放した。