上司に言われた。
「お前は薬の密売人の方を追え」と。
そして「めんどくさかったら殺せ」と。
「待ちなさい!!」
路地裏に入った密売人の男に叫ぶ。
男は黙って振り向き、叫んだ女を確認すると呆気に取られたように少し口を開いたまま沈黙し、その後返事をした。
「何」
「あっ、あなた、さっき金髪の男の子に薬渡してたでしょ!!お金貰ってたでしょ!!!」
真夜中の路地裏なためよくは分からないが、男は黒の短髪。175〜180くらいの身長。三白眼。歳は彼女よりいくつか年上…20代後半、だろうか。
やや体を振り向かせそちらを見ていたその男は、彼女の身なりを数秒見てまた口を開いた。
「お前ケーサツか」
「ッ…!そうよ!!!」
舐められている、と思った。警戒もしなければ逃げる素振りも見せない。
それは自分が若造だからだろうか、それともケイサツとしての威厳が無いからだろうか。どちらにせよ沸き上がった憤りのままにズカズカと男に近付き、用件も伝えず問答無用で手錠をかけようと、ポケットの中に突っ込まれている男の片腕を掴んだ。
―――ガッ。パシ、ッドン。
"手錠をかけるときは両手を背に押さえつけて" …そんな常識すら忘れてしまう無能なケイサツが彼女。男はポケットから片腕が引っ張られている間に、手錠を持つ片手首を掴み、思い切り彼女を壁に押し付け返した。
「ッは、離しなさいよおっ!!」
ケイサツの方は力も負けている。当たり前だ男と女なのだから。
手錠を持った片手を壁に押し付けられ、それから逃れようと空いた手が男の手を離そうと引っ張ったり叩いたりする。がんがんと思い切り叩くも、男にとっては駄々をこねて手を上げる小憎らしい子供のようにしか見えない。
「可愛いなぁ。久々に薬に漬かってない女見た」
必死な彼女が顔を見上げれば、男は可笑しそうににやついていた。愛でるような色も見える瞳に、馬鹿にされていると怒りが込み上げた彼女はとっさに銃を掴んでいた。
ジャコ、とケイサツとしての重みを掴むと男の肩にめり込ませるように銃口を押し付ける。
「撃つよ!?!」
――「殺す」つもりは無い。抵抗出来ないように、逃げられないように、死なない程度に――犯罪者に対するケイサツとしての威嚇。
が、彼女は「撃つ」つもりすら無い。先月ケイサツに就任したばかりの甘っちょろい思考の持ち主が、そんな度胸と覚悟を持てているはずが無い。
男は、心底可笑しそうに口を歪ませた。くく、と笑って、その銃を這うように触りながらゆっくり掴んだ。
「…やってみろよ。」
彼は麻薬を顧客に売りつけた後声をかけられたにも関わらず、彼女の姿を見るまでケイサツだと認識しなかった。
何故か。
―――出来なかったのだ。
彼が、いやこの世界の人間が知っているケイサツは、犯罪者を見つけたら"殺す"のが当たり前だからだ。
見つけた犯罪者を殺そうとしないケイサツなど、間抜けか無能かのどちらかだ。
そして彼は、彼女がその"どちらでもある"と確信していた。
だからそんなケイサツに殺人道具を向けられても、本物のケイサツに追われ続けて来た彼は一瞬の焦燥すら感じなかった。むしろ、撃てるなら撃ってみろと一種期待すら込めてせせら笑うほどだった。
男は掴んだ銃を、ゆっくり自分の肩から外側にずらしていく。
やがて、気付く。銃を掴んでいる彼女の手が小刻みに震え始めていることに。
グリップを掴む手、引き金に触れる指が、動かないのではないかと思うほど緊張したように固い。
しかしそれを持つ当の本人は、自分がそんな状況になっているかすら気付いていない。彼女の頭の中は今、目の前の犯罪者への焦燥と、"自分に対する"驚怖で真っ白になりそうなくらいに混沌としていた。
身体が震え、瞳が動揺と恐怖で震えている。
――男は、ガラクタと化した鉄の塊を彼女からひっぺがして、地面に投げ捨てた。
女は訳が分からなくなっていた。
生理的に涙は浮かんでいたのに、見開かれた目は乾いていた。
これから自分の身に何が起こるかを想像出来る頭も無かった。
人を殺そうとしない自分の存在意義が、
犯罪者を殺すべき自分の責務が、
頭の中で目の前の人間を殺した自分の姿が、
――??
―――????
(私は、「警殺」にはなりたくない。)
(誰も殺したくない。)