最近じめじめし出したこの時期。少し前まではまだ肌寒かったというのに今は空気がしっとりしている気がする。衣替えのお知らせがくるのもそろそろだろう。

今朝は私のクラスがお花のお世話をする週だから普段より早めに学校に到着し、目的地である花壇へとそのまま向かう。


「桜田さん、おはよう」

『おはよう、幸村くん』


私の足音に気付いたのか、既に到着していた幸村くんが屈んだ状態でこちらに顔を向ける。少し汗かいてる…部活、抜けてきたのかな。


「あのね今日の放課後、時間あるかな」

『大丈夫だよ。どうしたの?』

「桜田さんが来る前に物置を確認していたら肥料がない事に気づいてね。後で先生には確認してみるけど、おそらく買い出しを頼まれると思うんだ」

『うん、分かった』


私の返事を最後にさっそく二人でお花の世話に取り掛かる。

ぱっと見た感じ、運動場に近い一部の花たちが5mくらい先までへしゃげていた。おそらくサッカー部のボールが転がってきたんだろう。直してあげるため、へしゃげている花たちの前に屈み、軍手をせずに優しく花たちを直してあげる。


「軍手しなくて大丈夫?」

『軍手しちゃったら直しにくいし、違う花を手で押さえつけてたらその感覚も感じれないから素手で大丈夫だよ』

「ふふ、そっか」


幸村くんだって軍手せずに作業してるじゃん…私の心配なんか良いのに。って思ってもやっぱり少し嬉しくて頬が緩む。作業しながら何気なく幸村くんの方を見てみたら今まで見たことないくらい優しい眼差しで私の事を見つめていた。

なんでそんな目で私を見つめているの?
まるで愛しいものを見ているような、そんな目つき

幸村くん、私のこの恋は叶わないのに、幸村くんには彼女がいるのに、もっと仲良くなりたいって思っちゃうよ。

ドキドキする胸の奥で何かがちくちく刺さる。甘くて、苦しくて、複雑な言いようのないこの感じ。

これ以上見つめていたらおかしくなりそう。熱があるんじゃないかってくらい火照るこの体、指先も若干震えている気がする。今のこの空間は私にとっては酷く甘い毒で。
毒に侵される前に視線を逸らす。

視線を逸らす行為ですら凄まじいエネルギーが消耗された気がした。視線を逸らしてもまだ感じる彼からの視線。こんな空間、味わった事のない私はどうすれば良いのか分からない。


___ボトッ


不意に聞こえてきた音にこの甘い空間が一気に壊れた気がした。呼吸がだいぶしやすくなったと思う。それにしてもさっき何かが落ちてきた?なに...黒板消し?

疑問は幸村くんもだったらしく、揃って落ちてきた方を見上げる。


「ごめーん!大丈夫?黒板消しをはたいてたら滑って下に落ちちゃった〜!」


___登野城、きらら
態度こそ申し訳なさそうに明るい口調で言ってはいるが、彼女を取り巻く空気は穏やかではない。

まだHRまでは時間があるが、もしかしたら彼女は彼のことを見張っているんだろうか。さっきの幸村くんとの空気感も上から見ていて伝わったのかもしれない。黒板消しもきっとわざとだ、もしあれが私に直撃していたら涙目では済まなっただろう。
これは彼女なりの警告なのかもしれない。


『ゆ、幸村くん。大体終わったし後は私がやっとくから部活戻っていいよ』

「え、でも…」

『大丈夫だから』


何言っても私が折れないと思ったのか、申し訳なさそうに眉を下げた幸村くんはごめんねと謝った。
一瞬幸村くんが怖い顔で上を睨んだ気がしたけど瞬きした後は既にテニスコートへ向かう彼の背中だった。

その背中を見送ったあと、黒板消しが落ちてきた窓を見るが彼女はもうそこにはいなかった。彼女に対しては恐怖という感情しか湧いてこない。

教室に行く前に周りを片付け、足元に転がっている黒板消しを拾ってから教室へと歩みを進めた。




おまけ

「なんなのアイツ」
「私の精市に近づくんじゃないわよ」
「そろそろ我慢の限界だわ」
「精市の為に我慢してあげてたけど」
「警告ならいいでしょ?」