「桜田さん」
授業と授業の間の5分の休憩時、私の名前を少し大きめに呼んでクラスの前のドアの方からひょっこり顔を覗かせたのは美化委員担当の先生だった。先生に聞こえるように返事をして前のドアの方へと行く。
「急にごめんなさいね、幸村くんにもさっき言ったんだけど肥料が切れているみたいだから放課後近くのホームセンターで買い出しに行ってほしいの」
『はい、分かりました』
今朝幸村くんが言っていたとおり、肥料の買い出しを頼まれた。さすが幸村くんだ。買い出しは特に苦ではなく、むしろ幸村くんといれる時間が増えたのだから嬉しい限りである。ただあの子の事が気がかりだ、これ以上あの子の神経を逆撫でる行為は私の身が危ない気がする。しかしこれは委員会としての活動、プライベートな事ではないし大目に見てくれる、はず。
そして先生は他にも買ってほしいものがあったみたいで、購入リストが書いてある小さな紙切れを渡された。そのリストに目を通すと明らかに美化と関係ないものまで書いてあった。なんだポテトチップスって。ただのパシリではないか。
私の微妙な表情に先生はウィンクをしてその場から去った。可愛くないよ、先生…。
先生の後ろ姿を見送った後、席に戻り次の授業の準備をしていると、隣でゴソゴソと何やら作業している幸村くんが目に入った。
『幸村くん、何作ってるの?』
「押し花を作ってるんだ」
『へぇ…綺麗なマーガレットだね』
「ああ。枯れてしまう前に押し花として残そうと思って」
押し花のしおりを作っているみたいだった。なんてセンスが良いのだろう。自分用?それとも登野城さんに?ただのクラスメイトの私が一丁前に嫉妬してる、なんて醜いのだろう。
醜さが増大する前に幸村くんとマーガレットから目を逸らし自分の席へと座る。
それから放課後まで特に変わったこともなく時は過ぎていった。何もないことが逆に怖い。嵐の前の静けさってやつだろうか。
「桜田さん、行ける?」
『うん、大丈夫だよ』
待ちに待ったこの時。いくら幸村くんと一緒に居たいからといって、ダラダラ過ごす気は毛頭ない。本来ならば彼は今頃部活へ行っている時間だからさっさとやる事をやって部活へ行かせてあげないと。彼と共に教室を出て目的地へと向かう。ホームセンターまでの距離はそう遠くなく、軽く会話をしながら向かっていたらいつの間にか着いていた。
「先生からのリスト見せてもらって良いかな?」
『うん』
「ありがとう。ここのホームセンターはよく来るから商品の位置なら任せて」
『そうなの?』
「ガーデニングが趣味でね、家で花たちを育ててるんだ。良かったら今度……」
ガーデニングが趣味という幸村くん、軽く想像してみるが全く違和感がなかった。むしろ儚さと可憐さがプラスされて幸村精市という人間にプラスでオプションが着いている感じだ。それにしても途中で言葉を途切らせてしまった彼の続きの言葉は私には到底分かるはずもない。ガーデニングのイロハを教えてくれるとか?それもそれで楽しそうだけど、言葉を途切らせてしまったくらいなのだ、これに関してはあまり詮索しない方が良いかもしれない。
『?…備品、買いに行こっか』
「…そうだね」
自動ドアを抜けると幸村くんが先導して着々と必要なものをカゴに詰めていき、大して混んでいないレジのおかげで30分くらいで買い終えてしまった。後残すのは…
「ポテトチップスだね」
そう、ポテチだ。ただのパシリにさせられたと思った原因物である。
「しかも味の指定までしてある…良い度胸だよね」
ふふっと上品に微笑みながら言ってるけど何だかブラックな感じがする。これが例のブラック幸村という奴なのかな。一部の幸村好きの子が陰で噂しているのを聞いた事がある気がする。情報源は一体どこやら。
『ポテチはコンビニでいっか』
「そうだね、先生に渡すまでに中身が粉々になってないといいね」
未だにブラックな幸村くんだけど、案外嫌いじゃないかもしれない。私もそろそろ末期かな。コンビニでお目当てのものを買い終え、ミッションが完了した。あとは学校に帰るだけである。帰るまでの道中、幸村くんがテニスの事を色々と話してくれた。彼の話で分かった事がある、テニスってかなり危険なスポーツなんだな、と。
「先生、買ったのもは俺たちで入れておきますね」
「あら、そうしてくれると助かるわ。あ、ポテチはこっちね」
ポテチポテチと言ってる先生に幸村くんの動きが少し止まった、かと思えば私が持っていたコンビニ袋を攫って先生に渡す。その時にグシャっと聞こえてきた音は気のせいだと思っておこう。
幸村くんと花壇の近くにある物置に買ったものを詰め込み、ひと段落。
『幸村くんお疲れ様』
「桜田さんもお疲れ様」
『これから部活、頑張ってね』
「ありがとう。桜田さんも気をつけて帰りなよ」
軽くバイバイと手を振って幸村くんはテニスコートへ駆けて行った。それに倣い、私も帰宅する為足を踏み出す。
「なーにが”これから部活、頑張ってね”だよ。人の彼氏に媚びないでくれない?」
一体いつからいたのか、スッと姿を現した登野城さんは腕を組んで壁にもたれ掛かっており、先ほど私が幸村くんに向けて言った言葉を真似して私の方を睨んできた。
『ごめん、そんなつもりは…』
「知ってんだよ、アンタが精市の事好きなの。私から奪えるとでも?」
登野城さんはジリジリと私の方に近づいてきて、私はその分後ずさる。その攻防も長くは続かず、やがて背に壁が当たり逃げ場を失ってしまった。彼女は片手で私の髪を掴み、軽く持ち上げてくる。頭皮が引っ張られる痛みに眉を寄せ髪を掴んでいる彼女の手首を軽く掴む。
「自分の立場、弁えないとあの時と同じ事が起こっちゃうかもよ?」
酷く優しい声色で彼女が耳元で囁く。優しい声が逆に恐怖を煽り、嫌な汗が背中に伝う。
『わ、分かったから、手を…』
「ふん。チャンスはもうないから」
乱暴に手を離され、私はその場に座り込む。彼女は冷ややかな目で私を一瞥した後、私に背を向けどこへ行ってしまった。しばらく動悸が収まらなかったが、いつまでもここにいる訳にもいかず、震える足で立ち上がりやっとの事で学校を出た。
家に着くまで走馬灯のように幸村くんと過ごした少しの時間が脳内を駆け巡った。
『…幸村くん』
おまけ
「…精市、どうした」
「いや、何だか胸騒ぎがしてね」
「お前のそういう勘は当たりやすいからな」
「………」
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